上 下
19 / 19

第十九話 恋人

しおりを挟む
 屋上での出来事から綾樹と結羽は付き合い始めるようになった。
 その日の休日。

 映画を見に行く約束していた綾樹は、待ち合わせ場所である駅前で結羽を待っていた。
 早めに家を出たこともあり、三十分くらい前から待ち合わせ場所に来ていた。

 結羽との初デートの高揚感に包まれて心が躍っている。
 綾樹は少しドキドキしながら、スマホで時間を確認する。

 もうすぐ集合時間が近づいていた。

「綾樹!」

 名前を呼ばれ、綾樹はスマホから顔を上げる。
 振り返ると、結羽が笑顔を浮かべて近づいて来た。
 結羽は白いワンピースに柳葉色の上着を羽織っており、その姿は秋のイメージにぴったりだった。

「ごめん、待たせちゃった?」

 結羽が少し息を切らしながら言った。

「いや、全然。俺も今来たところ」

 本当は三十分前に来ていたが、綾樹はあえてベタな返答をした。

「じゃあ、行くか……」

 綾樹は緊張しながら、結羽にそっと手を差し出す。

「うん……」

 同じく結羽も緊張していて、照れくさい笑みを浮かべながら綾樹の手を取った。
 そして、お互いの手の温度を感じながら駅通りを歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 チケットの販売機に辿り着き、二人は見たかった映画のチケットを購入する。

「上映時間まで三時間あるな……どっかで時間潰すか」

「そうだね」

 綾樹の提案に結羽は賛成する。

「どこ行くか……あ、結羽の行きたいところでもいいぞ」

「私は綾樹の行きたいところでもいいよ」

「そう言われてもな……結羽は休みの日、どこに出掛けてんだ?」

「私はいつも家で過ごしているからな……あ、テスト期間明けにストレス発散でカラオケやゲーセンとか行くかな」

「カラオケにゲーセン⁉︎ え、マジで! 俺、カフェでお茶するイメージしてたわ」

 結羽の意外な一面を知り、綾樹は吃驚する。

「へぇ、私ってそういうイメージなんだ」

「そうだよ。普段は大人しい感じだけど、実はアクティブなんだな」

 結羽は少し嬉しそうに笑い、照れ隠しに髪をかき上げた。

「ちなみにカラオケで最高得点はどのくらい?」

「九十二点かな」

「九十二点⁉︎ は⁉︎ 俺なんか八十点の壁を越えたこともないんだぞ!」

「たまたまだよ」

「たまたまで取れる点じゃないぞ」

 そこで綾樹は閃いた顔をした。

「なぁ、映画まで時間あるし、カラオケに行こう。そこで俺と勝負しないか?」

「勝負?」

「そう。退室時間までどっちが最高得点取れるか。そんで、負けた奴が勝った奴に好きな物を奢る。どうだ?」

「いいね! 面白そう! たまには歌ってストレス発散したい気分だし!」

「よし、じゃあ行くか!」

 二人は手を繋ぎながら、近くのカラオケボックスへと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「…………」

「ふふっ」

 ベンチで項垂れる綾樹の隣で結羽は嬉しそうにクレープを頬張っていた。
 あれからカラオケボックスで二人は二時間歌い、勝負の結果は結羽の勝利となった。

「綾樹、そんなに悔しかった?」

「悔しいに決まってるだろ! てか、結羽歌上手すぎだろ!」

「そうかな? 綾樹も上手かったよ」

「ホントか?」

「ホントホント」

 綾樹の問いに、結羽はうんうんと彼が奢ったクレープを頬張る。

「お前……合唱コンで独唱あったら立候補しろよ」

「えー、嫌だよ。目立ちたくないし」

「じゃあ、俺が推薦する」

「だから、嫌だってば!」

「何でだよ! そんなに良い声持ってんのに!」

 綾樹の言葉を聞いて、結羽は照れくさそうにしていると、ふと笑いが込み上げた。

「何だよ……俺が負けたのそんなに可笑しかったのか?」

「ふふっ。ううん、そうじゃないの。テスト以外で綾樹に勝ったの初めてだなって思って」

「あー、言われてみればそうだな。あ、なんならまた勝負するか?」

「いいね! テスト勉強のモチベーション上がりそう!」

 綾樹の提案に、結羽はテンションが上がる。

「じゃあ、決まりだな。負けた方が罰ゲームってことで」

「罰ゲームかぁ……いいね! 内容何にする?」

 問い掛ける結羽に、綾樹は「んー……」と考え込む。

「自分が苦手なものを体験するのはどうだ?」

「苦手なものか……私はジェットコースターかな。あの身体が引っ張られる感じ苦手なんだよね……綾樹は?」

「俺はお化け屋敷……恥ずかしながら」

「え、そうなの? 何か意外」

「急に飛び出してくるのが心臓に悪いんだよ……」

「あー……なるほどね。私、ホラーは得意な方だけど何かわかる」

「じゃあ、お互い苦手なものを暴露したことだし、結羽、負けないからな」

「私も。今度は負けないよ」

 二人は新たな約束に心を躍らせながら、少しずづ時間が経つのを忘れてしまった。

「じゃあ、そろそろ行かないとな。上映時間が迫ってきた」

「あ、ホントだ。行こう!」

 綾樹がスマホで時間を確認してベンチから立ち上がると、結羽も続いて立ち上がる。
 結羽の笑顔が一層輝き、綾樹も心を躍らせながら、二人は手を繋いで映画館へ向かった。

 そして、映画が終わった後、二人は帰り道で感想を言い合いながら、夕暮れの街がどんどん明るくなっていくのを見つめていた。
 次のデートプランを話し合いながら、自然と明るい未来を思い描いていることに気づくのだった。



【了】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

処理中です...