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第十五話 変化

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 十月に入り、秋風が吹きすさぶ時期になる。
 門を潜り抜ける生徒たちは寒さに備えて、衣替えを始めていた。
 その中で、結羽もカーディガンに袖を通していた。

(今日はやけに冷えるな……)

 結羽は外靴を脱いで、自分の下駄箱に入れる。

「天野」

 上履きに履き替えたところで声を掛けられ、結羽はハッと後ろを振り向く。
 そこには綾樹がいた。

「おはよう……」

 気まずそうに挨拶をする綾樹。

「あ……おはよう。風邪、治ったんだね」

「ああ……看病、ありがとな」

「ううん。じゃあ……先に行くね」

「おう……」

 重い空気に居た堪れなく、結羽は早足で昇降口から去った。
 結羽は何故か綾樹の顔が見られなかったのだ。
 心臓が痛いくらい早鐘を打ち、秋風で冷えていた肌に熱を帯びた。

(何で私……ドキドキしてるのよ)


 ◇ ◇ ◇


 一日の授業を終え、放課後になる。
 結羽は帰り支度をしている中、スマホを表示させる。

(八代からの連絡はなし……か)

 画面には通知が表示されてなく、結羽は胸を締め付けるような苦しみに包まれる。

(何なのよこの感じ……八代の連絡がないなら安心するところでしょ……)

 前まで感じていた恐怖がどこにもなく、結羽はどこか寂しさを覚える。
 その感情の意味が理解できなく、結羽は戸惑った。

(疲れてるのかな……)

 結羽はそう結論づけて、鞄を肩に掛けて教室を出た。
 早く家に帰ってゆっくり休もうと、結羽は昇降口に向かって階段を下りていく。
 やがて下駄箱に辿り着き、結羽は上履きから外靴に履き替えて校舎を出た。

「お願い! 考え直して! 私には綾樹しかいないの!」

 門を通り、そのまま帰路につこうとした時、聞き覚えのある名前と共に甲高い声が聞こえた。
 結羽は驚いて声をした方に振り返ると、そこには綾樹と他校の制服を着た女子生徒がいた。
 様子を見る限り、口論しているようだ。

「八代……?」

 結羽が声を掛けると、綾樹はこちらへ振り返る。

「天野!」

 綾樹は女子生徒から離れ、結羽の元へ駆け走った。
 すると、綾樹は結羽の肩に腕を回し、密着するように身体を引き寄せた。

「え⁉︎ ちょ、ちょっと⁉︎」

 いきなりのことで結羽は、綾樹と女子生徒を交互に見る。
 混乱している結羽の心情を知らず、綾樹は衝撃の言葉を口にする。

「これでわかっただろ? こいつが前に話した俺の彼女だよ」

 その言葉に、結羽は「ええぇ――⁉︎」と叫び出しそうになるが、肩に込められた綾樹の手で阻止される。
 おもむろに視線を上げれば、綾樹は「合わせてくれ……」と訴えるような顔をしていた。
 それを見て、状況を察した結羽は女子生徒の顔を見返す。

「えっと……私の彼氏に何か……――え?」

 取り敢えず合わせようと言葉を発した時、結羽はハッと目を見開いた。
 同じく女子生徒も結羽と同じ反応をしていた。

「結羽ちゃん……」


 ◇ ◇ ◇


(えっと……何でこんなことになったの?)

 その後、結羽は綾樹と他校の女子生徒と共に近くのファミレスに入店した。
 理由は、学校の前で騒ぎを起こしたくないと思った綾樹が揉めていた女子生徒を落ち着かせるためだった。

 結羽は内心帰りたかったのだが、あの時点で関わってしまった以上、帰るわけには行かなくなった。
 そして、結羽は流されるまま綾樹の隣に座った。

「こいつは、神山椿かみやまつばき。俺の元カノ」

「別れてないッ!」

 綾樹の『元カノ』という発言に、向かいの席に座っている椿が過剰反応を示す。

「俺らは二年前に終わっただろ。というか、天野。椿と知り合い?」

「知り合いっていうか……同じ小学校の同級生で……」

 結羽は気まずそうに椿から視線を逸らす。

「……前に話したAちゃんだよ」

「え……マジかよ」

 結羽は綾樹だけ聞こえるようにボソッと呟く。

「綾樹……結羽ちゃんと付き合っているの嘘でしょ?」

「嘘じゃねぇよ」

「嘘ッ! さっきの明らかに私に諦めさせる行動だったじゃないッ! 本当に付き合っているなら結羽ちゃんのどこに惚れたのよッ!」

 椿の質問のような発言に、結羽は背筋に冷や汗が伝う。

(げっ……これはまずい。こんなの八代が答えられるわけ……――)

 結羽がそう思った時だった。

「顔が可愛い。笑顔も可愛い。お前と違って他人に思いやりがあるところ」

 綾樹は淡々と即答で返した。

(え、ええぇ……⁉︎)

 思いもよらない言葉に結羽の顔が真っ赤に沸騰するが、すぐに冷静を取り戻した。

(お、落ち着いて……自惚れちゃダメ。これは八代の演技。そう、演技よ)

 そう自分に言い聞かせ、結羽はふぅと息を吐く。

「私だって他人に思いやりがあるじゃないッ!」

「どこが? 天野から聞いたけど、お前小学生の時、天野に散々迷惑掛けたそうだな」

 椿の自信満々な物言いに、綾樹は疑問な面持ちで言う。

「何よそれ……違うわよ! 私はただ、結羽ちゃんがいつもぼっちで可哀想だなって思って友達になってあげたのに!」

 椿はアピールするように言い放つが、結羽はその言葉にこめかみがピクッと動く。

(ぼっちで可哀想……? 椿ちゃんが一方的に付き纏ってきたんじゃない……)

 結羽はそう言い返したかったのだが、周囲の場を考えると騒ぎを起こしたくなかった。

「おい……」

 綾樹の声が低く落ちる。

「お前の思い込みで、天野を『可哀想』って言葉で括り付けてんじゃねぇよ」

「あ、綾樹……?」

 綾樹の鋭い視線に、傲慢にアピールしていた椿の身体が竦む。

「そ、そんな怖い顔しないで……私、綾樹にも思いやりがあったでしょ。ほら、綾樹が心配でLINEや電話したり……」

「それ、はっきり言って迷惑だった。俺が忙しいのも考えないでよぉ……お前の言っているのは思いやりじゃなくて、全部独り善がりだろ」

「そ、そんなこと……」

 つうか……と綾樹は呆れるように息を吐いて、椿の言葉を遮る。

「お前、俺のこと好きじゃないくせに、いつまでも彼女ヅラしてんじゃねぇよ」

「綾樹……何言ってるの? 私は綾樹が好きだよ……好きじゃなかったら、会いに来ないじゃない!」

「違うね。お前は俺に依存したいだけだろ? だから、新しい彼氏にも振られたんじゃねぇの?」

「……っ! それ、何で知って……!」

「相談されたんだよ。その彼氏、俺の友達でさ、『椿の束縛がキツい』って悩んでたんだ」

「っ……!」

「お前はただ依存したい男が欲しいだけ」

 すると、綾樹は結羽の身体を引き寄せる。

(え……?)

 突然、結羽の唇に柔らかい感触が走る。
 目の前には綾樹の顔がある。

「なっ……!」

 綾樹と結羽のキスする光景に、椿はガツンと頭を殴られたような衝撃を襲った。

「俺は天野一筋だから。わかったんなら、もう二度と関わってくんな」

 結羽から唇を離し、綾樹はそう告げる。

「…………」

 椿はおもむろに立ち上がり、ふらふらとした足取りでファミレスを出た。
 カランと扉の閉まる鈴の音が店内に響き渡る。

「お、追い掛けなくていいの……?」

 突然のキスに呆然としていた結羽はハッと我に返り、綾樹に問い掛ける。

「放っておけ。どうせまた次の依存相手を探すんだろ」

「そう……じゃあ、私はお役御免かな?」

 結羽は席から立ち上がり、ファミレスから出ようとする。

「待てよ。何か奢るから」

 綾樹はファミレスから出ようとする結羽を引き止める。

「え、いいよ……そんなの」

「お前に不快な思いをさせたからな。詫びくらいさせてくれ」

 申し訳なさそうに眉を下げる綾樹に、結羽は断るのも悪い気がしてきた。

「じゃあ……お言葉に甘えて」

 結羽は席に戻り、綾樹と向かい合う形で座る。

「好きなの頼んでいいぞ。給料入ったから、何でも奢る」

「それじゃあ、このいちごパフェ」

「りょーかい」

 綾樹は店員を呼び、結羽の要望のいちごパフェを注文する。

「あのさ……さっきはありがとね」

「何が?」

「私が色々言われたのを庇ってくれて……演技でも嬉しかったよ」

「…………」

 結羽に『演技』と言われ、綾樹の胸がチクリと痛んだ。

「八代……? どうかした?」

 不意に寂しそうな表情を浮かべた綾樹を見て、結羽は心配顔をする。

「あ、いや……何でもねぇよ」

「そう……」

 綾樹の心情を知らず、程無くして届いたいちごパフェを結羽は食べ始めるのだった。
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