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第十一話 揺蕩

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 あれから一時間が経つと作文に清書する文章が書き上がった。

「うん、誤字脱字もないし、いい文章だよ」

「よかった。後は写すだけだな」

 結羽の評価に綾樹は手元に置いていた作文用紙を広げ、下書きの文章を写し始める。
 書き終えるまでに、結羽は電子漫画でも読んで待っていようとスマホで漫画アプリを開く。

「お前さ……学校でいつも一人でいるよな」

 綾樹はシャーペンを動かした手を止めたかと思いきや、唐突に言葉を発した。

「何……悪い?」

「いや、そうじゃなくてさ……一人でいつも何考えてんのかと思ってさ」

 スマホから視線を上げ、不満を露わにする結羽の顔を見て、綾樹は弁解する。

「別に大したこと考えてないよ。ゲームの続きがしたいとか、音楽聴きたいとか……後一人でいるのは好きでしているだけ」

「誰かと会話したいとか思わねぇのか?」

「思わない。めんどくさいし……私、流行りとか疎いから同年代の子と話が噛み合わないから」

「昔っからそうなのか?」

「いや……小さい頃はこんな性格じゃなかったよ。その頃は友達とか普通にいたし」

「何かきっかけがあったのか?」

「やけに質問してくるね。なんなの……?」

「単純に好奇心」

「あっそ……」

 結羽は呆れ顔を浮かべ、「聞いてもつまんないよ……」と前置きしてから自分について話し始めた。

「きっかけは小学校に上がった頃からかな……私の好きなものって、周りの同性たちとは合わなくていつも『変わってるね』って言われていたんだ」

「天野の好きなものって?」

「周りの女子とかさ、恋愛ドラマとか少女漫画とか好むじゃない? 私、そういうの全然興味が湧かなくて、どちらかというと男子が好む特撮ヒーローとか少年漫画が好きなんだ」

「え、マジで」

「あー……そうそう。そんな風に驚かれてたよ。私たちが小学生の時って、男の子はこう女の子はこうって一般的だったじゃない? だから、最初は恥ずかしくなって周りの『好きなもの』に合わせてみたり、相手の顔色を伺いながら会話をしていたんだ」

 でもね……と結羽は声を落とす。

「次第に相手に合わせるのがしんどくなって、学年が上がるを機にクラスメイトとつるむのをやめた。そこからかな、一人でいるのが心地良いって思い始めたのは」

「そうなのか……」

「でも、一人でいると目は付けられるものでね……小学生の頃はホント苦痛だったよ」

「いじめられてたのか?」

「ううん。なんていうか……私みたいな強く言えない人間はいいように利用されがちなんだよね。一人の女子……名前を思い出すのも嫌だからAちゃんにするよ」

 そう言って、結羽は話を続ける。

「最初の頃はAちゃんといい友達だったよ。でもね、その子宿題を毎日忘れるくらい私の宿題を写させてってせがんできたり、無意識なのか上から目線で私のことを人格否定したんだよね」

 その時のことを思い出したのか、結羽の表情が険しくなる。

「Aちゃんは『友達』って言葉を免罪符に私をいいように利用してさ、もうストレス溜まりまくったよ」

「先生とか親に相談しなかったのか?」

「そう思ったある日のことだったよ。私、その日にお母さんから誕生日に貰ったクマのマスコットをランドセルにつけて学校に行ったんだ。それを見たAちゃんが『ちょうだい!』って言って、マスコットを奪い取ったんだよ」

「マジかよ……」

「もちろん私は嫌だって言って、取り返そうと引っ張り合いになったんだ。その拍子にマスコットが破れちゃってね……」

 結羽はハァ……と溜め息を吐く。

「Aちゃん……悪びれた様子もなく、『結羽ちゃんは友達だから許してくれるよね』って言ったんだよ。その瞬間さ……今まで蓄積していた怒りが爆発しちゃって、Aちゃんの頬を引っ叩いて泣かせちゃったんだよね」

「最低だな……そいつ。その後どうしたんだ?」

「クラスの皆は普段の私たちの行動を見ていたのか、全員が私の味方をしてくれたよ。中ではAちゃんに不満を持っていた子もいたらしくて……多分私と同じことされたんだと思う」

「そのAって奴、どうなったんだ?」

「泣きながら教室を飛び出して、次の日から不登校になったんだ。そして、学年が上がった頃に別の学校に転校した」

「そっか……」

「あれ以来、私は人から距離を取るようになったんだ。中学に上がる頃には、話し掛けられないように壁を作ることも覚えた。もう自分を押し殺して我慢することも、他人にいいように利用されたくないからね」

 結羽は自嘲に「これが私の全て」と言って、話を終わらせた。

「満足した?」

「あ、ああ……」

 結羽の問い掛けに、綾樹は何とも言えない曖昧な返事をする。
 それを見た結羽は言葉を紡ぐ。

「でもね、時々……八代みたいな人たちが羨ましいって思う時があるよ」

「え?」

「いつも楽しそうに笑って、相手の顔色伺わないで本音で言い合えたりしてさ」

「いや、そうでもねぇよ。ムカついたり、喧嘩する時もあるぞ」

「でも、居心地良いでしょ?」

「まあな……」

 結羽の言葉に、綾樹は照れくさそうに頬を赤らめる。

「私は本音で言う勇気ないからさ……周りから大人しくてクールだって言われたことがあるけど、実際は臆病者なんだよ」

「それって、お前が優しいからだろ?」

「私が?」

「じゃなきゃ、相手に気を遣ったりしない。そうだろ?」

 綾樹に『優しい』と言われ、結羽は目を見開く。
 結羽は今までそんなこと一度も考えたことがなかったのだ。

「優しくない。角を立てたくなくて、ただ空気を読んで合わせているだけ」

「じゃあ、今しているこの会話も空気を読んで合わせているのか?」

「え?」

「実際、お前……俺と本音で話しているだろ」

「それは……」

 綾樹に言われ、結羽は思い返していると今まで発した言葉たちは自然と溢れたものだと気づく。

(何だろう……これじゃあまるで……)

 ――八代に心を開いている。

 相手と会話をする時の息苦しさがなく、不思議と綾樹との会話に結羽は心地良さを感じていた。
 散々自分をいじめてきた綾樹に諭され、結羽は複雑な感情を抱いた。

「あー、もうこの話はおしまい。それより、感想文終わらせなよ」

 先ほどの言葉をどう返していいのかわからず、結羽は強引に話を終わらせる。

「へいへい」

 綾樹はどこかつまらなそうに止めていたシャーペンを再び動かし、読書感想文を書き始めたのだった。


 ◇ ◇ ◇


「じゃあ、帰るね」

「おう、ありがとな。手伝ってくれて」

 結羽は読書感想文の手伝いを終え、綾樹に玄関まで送られているところだった。

「ううん、役に立てたならよかったよ」

 綾樹に礼を述べられ、何だか変な気持ちになる結羽。

「天野」

 玄関の扉に手を掛けた時、綾樹に呼び止められ、結羽は振り返る。

「何?」

「えっと……俺さ」

 綾樹は何か言いたげに言葉を選んでいた。
 その様子に結羽は怪訝に思いながらも、綾樹の言葉を待つ。

「いや、何でもねぇ。気をつけて帰れよ」

「あ……うん。じゃあね」

 綾樹が何を言いたかったのかわからず、結羽は胸中にわだかまりを残したまま玄関を出るのだった。


 ◇ ◇ ◇


 綾樹の家から徒歩十分歩くと最寄りの駅に着く。
 結羽はSuicaを手に改札を通り、時間通り到着した電車に乗る。
 ドアの真横の隅を確保し、結羽はワイヤレスイヤホンを耳に取り付け、スマホで音楽を再生させる。

「…………」

 結羽は音楽を聴きながら窓の景色をぼんやりと眺めていると、綾樹のことを思い出していた。
 考えたくもない相手なのに、それでも気になってしまうのは今日の綾樹がいつもと雰囲気が違ったからだろう。

(自分の話をするのは初めてだったな……)

 結羽は誰かに自分の話を知ってほしいと思わなかった。
 どうせ話しても忘れられるから意味がないと思っていたからだ。
 でも、綾樹が自分の話に共感し、結羽は不思議と言葉が自然と溢れ、気づけば綾樹のことを知りたいと思うようになっていた。

(何だろう……今日の私、変だ……)

 今まで他人に興味がなかったのに、まさか嫌いな相手のことを知りたいと思っていることに結羽は驚いた。

(八代って、時々よくわからないところがあるな……)

 綾樹と身体の関係を築いてから、結羽は彼の色々な一面を知った。
 綾樹は行為の最中や終えた後に身体の気遣いし、心地良い優しい言葉を掛ける。

 結羽はからかい相手にここまでする綾樹に疑問に思った。
 同時に時々見せる綾樹の辛そうな顔に引っ掛かりを覚えた。

(何であんなに寂しそうだったんだろう……)

 考えるのも嫌なのに、結羽の頭の中は綾樹のことでいっぱいだった。
 綾樹にとって、自分は何なのか。
 友達でもなければ、恋人でもない。

 ――セフレ?

(ううん……違う)

 結羽は不本意で綾樹と身体の関係を築いているだけで、『セフレ』という言葉は相応しくないように感じた。
 でも、今日みたいに心地良いと感じる時間を過ごした。

(この関係って……なんだろう)

 結羽は胸中にモヤモヤとした感情を抱えたまま、西に傾く夕日を眺めるのだった。
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