歪な繋がり ~始まりはほんの出来心だった~

海空 蒼

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第八話 勝敗

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 テスト週間が明け、ついに本番当日がやって来た。
 校門を潜っていく生徒たちは「絶対に赤点だぁ……」「全然やってないわ……」とテスト前に聞くフレーズの言葉が飛び交う。
 その中で結羽は緊張な面持ちで靴を履き替えて学校に入る。

(前回の時より緊張が増すなぁ……)

 結羽は今まで赤点を取りたくない思いでテストを受けていたが、今回は違う。
 綾樹からの命運の奪還は、この期末テストにかかっているのだから。

(テストが始まる前に早く復習しよう……)

 結羽は一歩踏み出そうとした時、背後からポンと肩を叩かれる。

「よ、調子はどうだ?」

 振り返ると、綾樹がいた。
 生徒たちが憂鬱な空気を漂わせる中で、綾樹は楽しげな表情を浮かべていた。

「……絶好調」

 結羽は抑揚のない声で言う。

「へぇー、随分余裕だな」

「この日のために頑張ってきたんだから。私が勝ったら約束守ってもらうよ」

 睨みつけるように結羽が言うと、綾樹はふっとほくそ笑む。

「頑張ったって、どうせ勝つの俺だけどな。今までだって俺の上行ったことねぇだろ?」

 綾樹の余裕綽々な物言いに、結羽は苛立ちを覚える。

「今回のテストで追い抜いてみせるから」

 結羽は苛立ちを鎮めるように息を吐き、くるりと踵を返す。
 これ以上、綾樹に関わりたくなく、結羽はすぐにでもテストに出る復習をしたいと思った。

 背後から「せいぜい頑張れよー」と綾樹の間延びした声が聞こえてくる。
 結羽は聞こえないフリをして、教室に繋がる階段を上がって行くのだった。


 ◇ ◇ ◇


 結羽は暗記で何度も頭に叩き込んだお陰で順調に問題がスラスラと解けていく。
 でも、中では予想もしていなかった問題があったが、ほとんどの問題が解けた回答で埋め尽くしている。

 明確な答えが出ない問題は勘に頼り、全ての空欄を記入した。
 そして、長いようで短いとも思える三日間のテスト期間を終え、それぞれの教科のテスト返却日が始まった。

 生徒たちは緊張な面持ちで先生から答案を受け取ると、絶望で項垂れる生徒もいれば、喜びでガッツポーズをする生徒もいた。
 三日後に全てのテストが返却されると、結羽と綾樹は放課後の空き教室でお互いにテストの点を言い合い、その点を足して総合点を表していく。

「…………」

 電卓アプリに表示された自分の総合点を見て、結羽は何も言葉が出てこなかった。
 その向かいでは、綾樹がにっこりと笑みを浮かべている。

「宣言通りにいかなかったな」

「ぐっ……」

 結果は綾樹の勝利で、結羽は五点差の惜敗せきはいだった。

「なんか言うことある? 負け惜しみならいくらでも聞くぜ」

「……ない。負けは負け……認める」

「んじゃ、俺の条件は継続ってことで」

「……わかった」

 一度決めた約束をたがえることはできない。

(まぁ……そのうち飽きるよね)

 それを期待に待つことが結羽の唯一の希望だ。
 その希望がいつ訪れるのか不明だが、それまで結羽は甘んじて綾樹の条件を受け入れることにした。

「お前、この後用事とかある?」

「……特にないけど」

「じゃあ今日、俺んちに来いよ」

「……え」

 この時、結羽は嘘をついてでも用事があると言えばよかったと後悔した。
 いや、仮に嘘をつけてその場を切り抜けられても、また別の日に同じことを言われる可能性もあった。

「天野。俺には絶対に?」

 戸惑う結羽に、綾樹はクイズのように問い掛ける。

「……逆らわない」

「じゃあ行くぞ」

 結羽がポツリと答えると、綾樹は椅子から立ち上がる。
 続いて結羽も立ち上がると、前を歩く綾樹について行き、空き教室を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 学校から二十分くらい歩くと、綾樹の自宅であろう二階建ての一軒家に辿り着く。
 外観はシンプルなコンクリート造りで、その上に白く塗装されており、その隣には小さな芝生の庭が広がっていた。

「入れよ」

 呆然と家を見上げる結羽に、玄関の扉の鍵を開けた綾樹が声を掛ける。

「あ、うん……」

 綾樹に続いて、結羽は「お邪魔します」と言いながら玄関に入る。
 パタンと扉が閉まると、電気の点いていない薄暗い廊下が結羽の視界に入る。

「……えっと、親は?」

 人の気配もなく、物音も聞こえない静けさに違和感を覚える結羽。

「父親が去年の春に転勤が決まって、母親と一緒に京都に行った」

 綾樹は言いながら、玄関の扉の鍵を閉める。

「アンタは一緒に行かなかったの?」

「学校あるし、住み慣れた街から離れたくなかったからな。一、二年は帰って来ないから、実質一人暮らし状態」

「そうなんだ……あ、兄弟とかいないの?」

「一人っ子。お前は?」

「私も一人っ子……」

「ふーん。まぁ、中に入れよ」

「あ、はい……」

 結羽は緊張しながら靴を脱いで、フローリングの床に足を乗せる。
 掃除しているのか、床には埃がなくピカピカで、換気も行き届いて空気が爽やかだった。
 白で統一された壁を見れば、額縁に入った花の絵が飾られていた。

(綺麗だな……)

 結羽は素直にそう思った。
 清潔感に溢れた空間で、結羽の緊張した心を少しばかり和ませていく。


 ◇ ◇ ◇


 短い廊下を歩き、綾樹はリビングに結羽を通した。

「そこのソファに座って。今、飲みもん取ってくるから」

「あ、えっと……お構いなく」

 隣にあるキッチンへ向かう綾樹に、家へ招かれた時に使う無難な言葉を返す結羽。
 取り敢えず座ろうと、結羽は肩に掛けていた鞄を床に置いて、ソファに腰掛ける。

(まさか、おもてなしされるなんて……)

 先ほど学校で見せていた態度と打って変わって、結羽は何とも言えない気持ちになる。
 座っているだけではもどかしく、結羽はリビングを見渡す。
 綺麗に物が整えられている室内から落ち着いた雰囲気を感じ、隣を見ると大きい窓があり、暖かい陽光を注いでいた。

「麦茶だけど、いいか?」

 しばらくすると、ガラスコップに注いだ麦茶を手に綾樹が戻って来た。

「う、うん……ありがとう」

 結羽は差し出された麦茶を受け取る。
 いただきます、と言ってから麦茶を口に流し込み、緊張で渇いていた喉を潤す。

「俺、風呂入ってくるから。その間にテレビで何か見ていいぞ」

 綾樹はそう言って、リモコンでテレビを点け、チャプターで動画配信サービスを画面に表示させる。

「え……何でお風呂?」

 結羽は思わず聞き返すと、綾樹は呆れるようにふっと笑みを浮かべる。

「それ、聞くだけ野暮じゃね?」

「…………」

 綾樹の心遣いと落ち着く空間に警戒心が薄れていて、結羽は何事もなく帰れるのではと思っていた。
 でも、先ほど発した綾樹の言葉によって覆されてしまった。

「じゃあ、行ってくるわ」

 結羽の傍にリモコンを置き、綾樹はリビングを出て行った。
 一人残された結羽は不安な表情を浮かべて膝に視線を落とすのだった。


 ◇ ◇ ◇


 それから結羽は早まる鼓動を落ち着かせようと、綾樹がテレビの画面に表示させた動画配信サービスで今夢中になっているアニメを再生させた。
 しかし、これから起きる不安に心を掻き乱し、内容が頭に入ってこなかった。

「おーい、上がったぞー」

 アニメ一話分を見終わった頃、リビングの出入り口から間延びした声が聞こえた。
 結羽は振り返ると、そこにはシックなモノトーンの部屋着を着た綾樹がいた。

「次入っていいぞ。後、風呂にあるやつ好きに使っていいから」

 そう言って促す綾樹に、結羽は戸惑いながら立ち上がる。

「私……着替えないけど」

「俺が用意しとくから」

「……わかった」

 結羽が返事をすると、綾樹はリビングに入り、ソファにドカッと腰掛ける。
 テーブルに置いてあるリモコンを手に取ると、画面に表示されている動画を選択していく。

「風呂場は廊下を出て右」

「……わかった」

 綾樹は画面を見ながら風呂場の場所を言うと、結羽は先ほどと同じ返事を返す。
 そして、結羽は選択した動画を眺める綾樹に一瞥してから、入れ替わるようにリビングを後にした。


 ◇ ◇ ◇


 風呂場から上がった結羽はバスタオルを身体に巻き、ドライヤーで髪を乾かす。
 そして、綾樹が用意したであろう着替えに手を掛ける。

「え、これは……」

 結羽は少し驚いた表情で、籠の中に入っている着替えを持ち上げる。
 畳まれていた服を広げると、それは男性用の白い長袖シャツだ。

 籠にはそれしか入っていなく、結羽はこれに着替えるの……と不安な表情を浮かべながら、綾樹が用意したシャツに袖を通す。
 目の前にある洗面所の鏡を見ながら、シャツのボタンを上まで止め、裾が曲がっていないか手で整える。

 男性サイズだからか、結羽の身長的にオーバーサイズでまるでワンピースのようだ。

「んー……落ち着かないな」

 太腿ふとももが露出していて、結羽は隠そうと裾を引っ張る。
 その行動を何回かして無意味だとわかると、結羽は諦めたようにハァと息を吐いた。
 結羽は脱いだ制服を手に脱衣所を出て、綾樹のいるリビングに向かう。


 ◇ ◇ ◇


「お風呂……いただきました」

 結羽はリビングの出入り口で控えめに声を掛けると、ドラマを視聴していた綾樹がこちらへ振り返る。

「ははっ、やっぱダボダボだな」

「あ、あんまりジロジロ見ないでよ……」

 綾樹の視線で羞恥心が増し、結羽は手に持っていた制服で前を隠す。

「なぁ、それ……わざとやってる?」

「……? 何が?」

 自分の行動にどこでそう感じたのか、結羽は疑問符を浮かべる。

「え、マジで素? あー、お前……男慣れしてなさそうだもんな」

「意味不明なんだけど……何が言いたいの?」

「あー……わからねぇならいいや」

 綾樹はテレビを消すと、ソファから立ち上がる。

「じゃあ、行くか。俺の部屋」

「…………」

 綾樹はリビングの出入り口に向かうと、結羽の肩をポンと叩く。
 結羽はこれからすることが脳裏に浮かび、恐怖と不安で抱えている制服をぎゅっと握り締めた。
 そして、踵を返し、先頭を歩く綾樹の後をついて行くのだった。
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