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第三話 追想
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掃除の時間が終わり、掃除当番の生徒は掃除用具を片付けていく。
「天野さん!」
結羽が掃除用具を片付けていると、同じ掃除当番の女子生徒に声を掛けられる。
「何?」
「天野さん、ゴミ捨てお願いできないかな? 私、この後バイトがあって……他の子は部活や家の用事で帰っちゃって……」
「あ、そうなんだ。私特に用事はないから行って来るよ」
「ありがとう! あ、もう一人いた方がいいかも……今日金曜日だから結構な量だし」
女子生徒は残っている生徒がいないか周囲を見回していると、ゴミ袋の口を固く結んでいる男子生徒がいた。
冬真だ。
「俺が行く」
冬真はそう言って、パンパンに詰め込まれたゴミ袋を両手で軽々と持ち上げる。
「え、篠崎くん……今日、部活あるんじゃ……」
心配顔をする結羽に、冬真は屈託のない笑みを見せる。
「大丈夫。少し遅れるって伝えてあるから」
「篠崎くん、助かる! じゃあ、二人共よろしく頼むよ!」
女子生徒は二人に申し訳なさそうに微笑み、早足で教室を出て行った。
冬真は女子生徒を見送った後、結羽に声を掛ける。
「天野さん、行こうか」
「あ、うん!」
結羽は教室の隅に置かれているゴミ袋に近づく。
冬真は「そっちのゴミ袋を持って」と教室の隅に置かれているゴミ袋に視線を向ける。
結羽は言われた通りにゴミ袋を手に持つと、あることに気がついた。
結羽の持つゴミ袋が、冬真の持つゴミ袋より一回り小さいことに。
(紳士だな……)
冬真のさりげない優しさが、身に染みる結羽。
そして、二人はゴミ袋を両手で持ち、教室を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「篠崎くん……何かごめんね。部活あるのに手伝ってもらっちゃって……」
冬真の隣を歩きながら、申し訳なさそうに言う結羽。
「いいって、女子一人にこんな大荷物持たせるわけにはいかないだろ」
冬真は大きいゴミ袋を余裕で上に持ち上げ、ガッツポーズを見せる。
「あの、さ、篠崎くん……」
「何?」
「さっきは心配してくれてありがとう。でも、もう私に話し掛けない方がいいよ……」
「え、何で?」
「男女が話しているだけで、勘違いの噂が立つことあるじゃない? もしそうなった時、篠崎くんだけじゃなくて、森西さんにも迷惑掛けちゃうから……」
掃除の時間、結羽と冬真が親しげに話していた時、離れたところにいた女子生徒たちが二人を見ながら甘い妄想をしていたのだ。
もし好奇心と妄想で膨らませた噂がクラスに広まって、冬真と花梨の間を引き裂いてしまうのではないかと結羽は恐れていた。
「大丈夫だよ。花梨は嘘か本当かもわからない噂は鵜呑みにしないから」
「どうして言い切れるの?」
そこで、ゴミ置き場に辿り着く。
冬真はスペースが空いている場所にゴミ袋を置くと、続いて結羽も積み上げるようにゴミ袋を置く。
そして、冬真は結羽と向き合うように先ほどの話の続きをする。
「天野さん去年、花梨と同じクラスだっただろ」
「うん、それがどうかしたの?」
「その頃さ、花梨はクラスでハブられてたんだよ。天野さんは知ってたかわからないけど……」
「あー……何か避けられてるなって感じはしたよ。しばらく経って、良くない噂とか小耳に挟んだりはしたけど……」
そこで、結羽は去年の夏休み明けから、花梨がクラスメイトに避けられていたことを思い出した。
いつも周りに人が集まっていた花梨が急にクラスで浮くようになって、当時の結羽は不思議に思っていた。
しばらく経つと、クラスメイトの誰かが花梨に対し、『何人の男子生徒と関係を持っている』や『すごい男好きの性悪女』などの悪意を持った噂話をするようになった。
その時の結羽は現在も同様、他人の噂話に興味なかったので、「ふーん、そうなんだ」という反応だった。
「でも、何でそうなったの?」
問い掛ける結羽に、冬真は話の続きをする。
「当時、花梨と天野さんと同じクラスの女子が別のクラスの男子に告白したんだ」
でもな……と冬真は声を落とす。
「その男子は花梨が好きだったらしくて……」
「え? まさか……そんなことで?」
「きっかけはそれだったんだけど……ほら、花梨って見た目が華やかだろ。その女子さ、元々花梨を妬んでいたらしくて、今までの嫉妬が爆発したんだと思う」
そこからだよ……と冬真は言う。
「クラス中に花梨の根の葉もない噂が流れ出たんだ」
「…………」
「俺、花梨と同じ中学だったから、あんな噂デタラメだってすぐ気づいたんだ。花梨と付き合う前は友達という間柄で、何度か相談に乗ったんだ」
「親とか先生には相談しなかったの? それ……明らかにいじめじゃない?」
「俺も最初はそう言ったんだけど……花梨、知られたくなかったらしくてさ。かなり前に、花梨が女子たちに嫌がらせされているのを目撃して、咄嗟に庇ったことがあるんだ……でも、それが返って逆効果しちゃってさ……」
「…………」
冬真の言いたいことに、結羽は察しがついた。
よく思われていない女子を男子が庇ったりしたら、攻撃している女子の嫉妬心を煽ってしまう。
「それから、花梨は俺を避けるようになって……その時クラスは違ったし、もうどうすればいいのかわからなくなったんだ……」
そんな時だよ、と冬真の暗かった表情が一変して、希望の光が差したような表情で結羽を見る。
「天野さんはそんな噂を気にしないで、花梨に教科書貸したことがあっただろ? 花梨から聞いたよ」
「え? あー……」
冬真にそう言われ、結羽は確かにそんなことあったな……と去年の記憶を遡る。
「噂を気にしないっていうか、興味なかった方が正しいかな。あの時体調が優れなくてね……森西さんからその日の授業のコピーを取らせてもらう口実として教科書を貸しただけだよ」
別に親切心なんかないよ、と付け加えていう結羽に、冬真は落胆することなく話を続けた。
「その方が花梨にとってよかったと思う。天野さん、先生に頼まれて花梨に声掛けたわけじゃないだろ? 花梨さ、そういう同情とか嫌いだから、天野さんみたいに自然と話し掛けられて嬉しかったみたいだよ」
「そう、だったんだ……」
すると、結羽は唐突に記憶が蘇る。
花梨に教科書を貸したあの日から、彼女は休み時間の度、結羽の机に来て話し掛けるようになったのだ。
最初は一人の時間を過ごしたいのに……と結羽は鬱陶しく思っていたが、意外にも趣味であるゲームに意気投合した。
忘れかけていたが、クラスメイトの中で自然と心を開き、花梨との会話が一番楽しかったのを思い出した。
そして、度々絡んで来る綾樹を追い払ったりしてくれたのだ。
「そこから天野さんが花梨と楽しく話す姿を見たクラスの皆は、花梨に対する印象が変わったんだ。天野さんのお陰で、花梨はクラスで浮くこともなくなったんだよ」
「いや……そんな大したこと……」
まさか自分の些細な行動が花梨を救っていたとは思ってもみなかった結羽。
「花梨、天野さんと同じクラスになれなくてすごく残念がってさ。迷惑じゃなかったら……友達になりたいとか言ってたよ」
「…………」
『友達』
悪くない響きだが、結羽にとって複雑な気持ちだった。
元初恋相手の彼女と友達になるのは、少々抵抗がある。
花梨のことは良い人だと結羽は思っている。
もし、冬真への想いがなかったら友達になれたかもしれない。
「天野さん……人とツルむの苦手だろ? 自分から一人でいるようにしているみたいだし」
「え? まぁ……そうだね」
自分の性格を言い当てられ、結羽は気まずそうに冬真から視線を逸らす。
「別に一人が好きなのは悪いことじゃないよ。俺も一人になりたいって思う時があるし」
「…………」
――こういうところだ。
結羽は周りから寂しいとかいじめられているんじゃないかと噂され、変な目で見られたことがあった。
でも、冬真は憶測で人を判断せず、結羽の性格をありのまま受け入れて接している。
結羽はそんな冬真の柔軟なところに惹かれたのだ。
「あ、そうだ。話戻すけど、花梨が噂話を鵜呑みにしないのは、噂された経験があるから理由。だからさ、また機会があったら話そうよ。今度は花梨と三人で」
「うん……あ、結構長話しちゃったね。篠崎くん、部活大丈夫?」
「お、そろそろ行かないとな。じゃあ、天野さん、またな」
「うん、部活頑張ってね」
二人は別れを告げて、その場を後にしたのだった。
「天野さん!」
結羽が掃除用具を片付けていると、同じ掃除当番の女子生徒に声を掛けられる。
「何?」
「天野さん、ゴミ捨てお願いできないかな? 私、この後バイトがあって……他の子は部活や家の用事で帰っちゃって……」
「あ、そうなんだ。私特に用事はないから行って来るよ」
「ありがとう! あ、もう一人いた方がいいかも……今日金曜日だから結構な量だし」
女子生徒は残っている生徒がいないか周囲を見回していると、ゴミ袋の口を固く結んでいる男子生徒がいた。
冬真だ。
「俺が行く」
冬真はそう言って、パンパンに詰め込まれたゴミ袋を両手で軽々と持ち上げる。
「え、篠崎くん……今日、部活あるんじゃ……」
心配顔をする結羽に、冬真は屈託のない笑みを見せる。
「大丈夫。少し遅れるって伝えてあるから」
「篠崎くん、助かる! じゃあ、二人共よろしく頼むよ!」
女子生徒は二人に申し訳なさそうに微笑み、早足で教室を出て行った。
冬真は女子生徒を見送った後、結羽に声を掛ける。
「天野さん、行こうか」
「あ、うん!」
結羽は教室の隅に置かれているゴミ袋に近づく。
冬真は「そっちのゴミ袋を持って」と教室の隅に置かれているゴミ袋に視線を向ける。
結羽は言われた通りにゴミ袋を手に持つと、あることに気がついた。
結羽の持つゴミ袋が、冬真の持つゴミ袋より一回り小さいことに。
(紳士だな……)
冬真のさりげない優しさが、身に染みる結羽。
そして、二人はゴミ袋を両手で持ち、教室を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「篠崎くん……何かごめんね。部活あるのに手伝ってもらっちゃって……」
冬真の隣を歩きながら、申し訳なさそうに言う結羽。
「いいって、女子一人にこんな大荷物持たせるわけにはいかないだろ」
冬真は大きいゴミ袋を余裕で上に持ち上げ、ガッツポーズを見せる。
「あの、さ、篠崎くん……」
「何?」
「さっきは心配してくれてありがとう。でも、もう私に話し掛けない方がいいよ……」
「え、何で?」
「男女が話しているだけで、勘違いの噂が立つことあるじゃない? もしそうなった時、篠崎くんだけじゃなくて、森西さんにも迷惑掛けちゃうから……」
掃除の時間、結羽と冬真が親しげに話していた時、離れたところにいた女子生徒たちが二人を見ながら甘い妄想をしていたのだ。
もし好奇心と妄想で膨らませた噂がクラスに広まって、冬真と花梨の間を引き裂いてしまうのではないかと結羽は恐れていた。
「大丈夫だよ。花梨は嘘か本当かもわからない噂は鵜呑みにしないから」
「どうして言い切れるの?」
そこで、ゴミ置き場に辿り着く。
冬真はスペースが空いている場所にゴミ袋を置くと、続いて結羽も積み上げるようにゴミ袋を置く。
そして、冬真は結羽と向き合うように先ほどの話の続きをする。
「天野さん去年、花梨と同じクラスだっただろ」
「うん、それがどうかしたの?」
「その頃さ、花梨はクラスでハブられてたんだよ。天野さんは知ってたかわからないけど……」
「あー……何か避けられてるなって感じはしたよ。しばらく経って、良くない噂とか小耳に挟んだりはしたけど……」
そこで、結羽は去年の夏休み明けから、花梨がクラスメイトに避けられていたことを思い出した。
いつも周りに人が集まっていた花梨が急にクラスで浮くようになって、当時の結羽は不思議に思っていた。
しばらく経つと、クラスメイトの誰かが花梨に対し、『何人の男子生徒と関係を持っている』や『すごい男好きの性悪女』などの悪意を持った噂話をするようになった。
その時の結羽は現在も同様、他人の噂話に興味なかったので、「ふーん、そうなんだ」という反応だった。
「でも、何でそうなったの?」
問い掛ける結羽に、冬真は話の続きをする。
「当時、花梨と天野さんと同じクラスの女子が別のクラスの男子に告白したんだ」
でもな……と冬真は声を落とす。
「その男子は花梨が好きだったらしくて……」
「え? まさか……そんなことで?」
「きっかけはそれだったんだけど……ほら、花梨って見た目が華やかだろ。その女子さ、元々花梨を妬んでいたらしくて、今までの嫉妬が爆発したんだと思う」
そこからだよ……と冬真は言う。
「クラス中に花梨の根の葉もない噂が流れ出たんだ」
「…………」
「俺、花梨と同じ中学だったから、あんな噂デタラメだってすぐ気づいたんだ。花梨と付き合う前は友達という間柄で、何度か相談に乗ったんだ」
「親とか先生には相談しなかったの? それ……明らかにいじめじゃない?」
「俺も最初はそう言ったんだけど……花梨、知られたくなかったらしくてさ。かなり前に、花梨が女子たちに嫌がらせされているのを目撃して、咄嗟に庇ったことがあるんだ……でも、それが返って逆効果しちゃってさ……」
「…………」
冬真の言いたいことに、結羽は察しがついた。
よく思われていない女子を男子が庇ったりしたら、攻撃している女子の嫉妬心を煽ってしまう。
「それから、花梨は俺を避けるようになって……その時クラスは違ったし、もうどうすればいいのかわからなくなったんだ……」
そんな時だよ、と冬真の暗かった表情が一変して、希望の光が差したような表情で結羽を見る。
「天野さんはそんな噂を気にしないで、花梨に教科書貸したことがあっただろ? 花梨から聞いたよ」
「え? あー……」
冬真にそう言われ、結羽は確かにそんなことあったな……と去年の記憶を遡る。
「噂を気にしないっていうか、興味なかった方が正しいかな。あの時体調が優れなくてね……森西さんからその日の授業のコピーを取らせてもらう口実として教科書を貸しただけだよ」
別に親切心なんかないよ、と付け加えていう結羽に、冬真は落胆することなく話を続けた。
「その方が花梨にとってよかったと思う。天野さん、先生に頼まれて花梨に声掛けたわけじゃないだろ? 花梨さ、そういう同情とか嫌いだから、天野さんみたいに自然と話し掛けられて嬉しかったみたいだよ」
「そう、だったんだ……」
すると、結羽は唐突に記憶が蘇る。
花梨に教科書を貸したあの日から、彼女は休み時間の度、結羽の机に来て話し掛けるようになったのだ。
最初は一人の時間を過ごしたいのに……と結羽は鬱陶しく思っていたが、意外にも趣味であるゲームに意気投合した。
忘れかけていたが、クラスメイトの中で自然と心を開き、花梨との会話が一番楽しかったのを思い出した。
そして、度々絡んで来る綾樹を追い払ったりしてくれたのだ。
「そこから天野さんが花梨と楽しく話す姿を見たクラスの皆は、花梨に対する印象が変わったんだ。天野さんのお陰で、花梨はクラスで浮くこともなくなったんだよ」
「いや……そんな大したこと……」
まさか自分の些細な行動が花梨を救っていたとは思ってもみなかった結羽。
「花梨、天野さんと同じクラスになれなくてすごく残念がってさ。迷惑じゃなかったら……友達になりたいとか言ってたよ」
「…………」
『友達』
悪くない響きだが、結羽にとって複雑な気持ちだった。
元初恋相手の彼女と友達になるのは、少々抵抗がある。
花梨のことは良い人だと結羽は思っている。
もし、冬真への想いがなかったら友達になれたかもしれない。
「天野さん……人とツルむの苦手だろ? 自分から一人でいるようにしているみたいだし」
「え? まぁ……そうだね」
自分の性格を言い当てられ、結羽は気まずそうに冬真から視線を逸らす。
「別に一人が好きなのは悪いことじゃないよ。俺も一人になりたいって思う時があるし」
「…………」
――こういうところだ。
結羽は周りから寂しいとかいじめられているんじゃないかと噂され、変な目で見られたことがあった。
でも、冬真は憶測で人を判断せず、結羽の性格をありのまま受け入れて接している。
結羽はそんな冬真の柔軟なところに惹かれたのだ。
「あ、そうだ。話戻すけど、花梨が噂話を鵜呑みにしないのは、噂された経験があるから理由。だからさ、また機会があったら話そうよ。今度は花梨と三人で」
「うん……あ、結構長話しちゃったね。篠崎くん、部活大丈夫?」
「お、そろそろ行かないとな。じゃあ、天野さん、またな」
「うん、部活頑張ってね」
二人は別れを告げて、その場を後にしたのだった。
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