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第五章 妖怪攫い事件
第三十話 暗闇の地下
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暗い、大きな地下室。
通路の左右に並ぶ、頑丈で冷たい鉄格子の牢屋。
格子の向こうには、恐怖で体を畏縮させる複数の異形人物がいた。
それは、妖怪攫いの二人に拉致された妖怪たちだった。
「ひっく……。お兄ちゃん……怖いよ」
その一つの牢屋では、幼い少女が周りの唸り声に怯えてしまい、嗚咽を漏らしながら一緒に閉じ込められている男性に寄り添って泣いている。
「大丈夫だから……」
彼はしがみついている少女を優しく抱き締める。
少女を宥めている間、彼は耳を研ぎ澄ませ、地上の音を聞き取る。
「今なら、奴らは来ない。よし……」
彼は少女から離れると、牢屋の端っこに置いてあった木箱を動かした。
木箱をどかし、蜘蛛の巣を取り払うと、そこには、風が通った鉄格子の小窓があった。
「お兄ちゃん……?」
少女は不思議そうに、彼の行動を見る。
彼はやることを終えると、腰を低くし、少女と目線を合わせる。
そして、真剣な顔で少女の両肩に手を添えた。
「いいか。俺がこれから言うことよく聞いて」
「え……?」
「お前は、この小窓から外へ出ろ」
「……!」
彼の言葉に、少女は驚いて目を見開く。
この牢屋で監視も知らない小窓を見つけた彼は、足に仕込んでいた錣で鉄格子を切り、抜け道を作っていた。
監視の目が光る中で最前の注意を払いながら、彼はようやく抜け道を完成することができたのだ。
「待って……お兄ちゃんは……?」
「俺はこの小窓からは出られない。丁度、子供がギリギリ通り抜けるくらいだからな……」
「そんな……」
俯いて泣く少女を、彼は宥めるように頭を撫でる。
「お前は、ここにいる皆の希望なんだ。だから、ここから抜け出して、助けを呼んで来て」
「わたし一人で行くの? 嫌だ……怖いよ」
「時間がないんだ。大丈夫、俺は信じて待ってるから」
「お兄ちゃん……」
彼の言葉に、少女は勇気づけられたかのように、瞳が決意に染まる。
「わかった。わたし、頑張る!」
「いい子だ」
彼はにっこりと口角を上げ、自身が羽織っていた黒いマントを少女に着せる。
「少し大きいけど、これなら、夜闇に紛れることができる」
「ありがと……」
その時、地上への階段から、誰かが下りて来る足音が聞こえた。
「誰か来る……!」
彼は動かした木箱を元の位置に戻し、抜け道を隠した。
足音が牢屋に近づくにつれ、二つの人影が現れた。
地下に下りて来たのは、闇色のマントを羽織った刹那と紫雨だ。
「たく……何で牢屋の見回りなんか。こいつらがどうこうしても逃げれるわけねぇのに」
両腕を頭に回しながら歩く刹那は不服そうに呟く。
「仕方ないよ。万が一の場合があるんだから」
刹那を宥める紫雨。
刹那は左右に並んでいる牢屋を見渡す。
「見張りの他に何か言ってたか?」
問い掛ける刹那に、紫雨は「聞いてなかったのかよ……」と言いたげに口を開く。
「生き血が必要なのは、後一人で十分らしい。これで妖怪を攫う必要はないみたいだ。とは言っても……ほとんど衰弱しきっているからな。動けないどころが、霊力も回復してない」
夕凪が妖怪を拉致する必要がなくなったのは、順調に力が戻ってきたことなのだろう。
「んなもん、ガキでいいんじゃねぇか。牢屋に放り込んでから、それほど血を吸ってねぇんだし」
そう言って、刹那は隣の牢屋に視線を向ける。
鉄格子の向こうには、脱走計画を企てていた彼と幼い少女がいた。
刹那は「こいつでいいか」と言うと、入り口に貼っていた結界であろう札を剥がし、牢屋の中に入る。
「……!」
予想外の事態が起き、牢屋に入って来た刹那に彼は狼狽する。
少女を連れて行かれると、そのまま牢屋には戻らない可能性もある。
そうなれば、脱走計画は水の泡になってしまう。
彼は少女を護るように、後ろに隠れさせる。
「お兄ちゃん……」
少女は怯えながら、彼の袖を強く掴む。
「この子には手を出すな……。血が欲しいんなら、俺だけでいいだろ」
「面倒くせぇなぁ……。とっととガキを寄越せ!」
「う……!」
「お兄ちゃん!」
刹那は強引に押し退けると、彼は壁に打ちつけられる。
その隙に刹那は、座って縮こまっていた少女の腕を無理やり引っ張り上げる。
「お前はこっちだ」
「い、嫌ぁー! やめて! 離して!」
少女は大声で泣き叫び、刹那から腕を振り解こうと必死に抵抗する。
「っ! やめろ!」
彼は急いで体を起こし、少女の腕を掴んでいる刹那の手を引き離す。
「っ!」
力強く引き離した反動で、刹那はコンクリートの床に背中を打ちつける。
彼は刹那に覆い被さり、身動きを防ぐ。
「早く外に行って!」
少女に視線をやりながら彼は叫ぶ。
企てていた脱走計画とは異なってしまったが、この状況は少女を逃がすことに最優先だった。
「で、でも……」
「いいから!」
「わ、わかった……!」
彼の叫びに、少女は抜け道を隠していた木箱を震える手で退かす。
「……!?」
牢屋の出入り口で、少女が逃げられないよう佇んでいた紫雨は、現れた小窓を見ると驚いて目を見開く。
まさか、こんな何もない牢屋に抜け道があるなんて思いもしなかったのだろう。
「待て!」
状況を理解した紫雨はすぐさま牢屋に入り、抜け道を通ろうとする少女に手を伸ばす。
「……! させるか!」
「く……!」
彼は咄嗟に刹那から離れ、少女に手を伸ばす紫雨の足に飛びつく。
両足を押さえつけられ、紫雨は前のめりに倒れる。
「……この! 放せ!」
紫雨は自身の両足にしがみついている彼の体に拳を振り下ろすが、彼は放さまいと両腕に力を込める。
少女は紫雨の身動きが取れないうちに抜け道を通る。
「くそ……!」
紫雨の伸ばした手は少女には届かず空を切った。
逃げられた少女に、紫雨は悪態つきながら彼に拳を振り下ろす。
その反対に彼は、無事に抜け道を通った少女に安堵する。
その時、彼の背中に鋭い衝撃が襲った。
「ぐぁっ!!」
絶叫を上げるのと同時に、彼の背中から血飛沫が舞う。
振り返ると、ナイフを構えた刹那の姿があった。
先端は血が滴り落ちていて、彼の背中は刹那によって斬りつけられていたのだ。
「あんま動かない方がいいぜ。弱い毒だが、だんだんと体が痺れて動けなくなる」
そう言って、刹那は血のついたナイフに舌を這わせる。
「離せよ……!」
紫雨は彼の腕の力が緩んだ隙に足で蹴り飛ばす。
彼の手は離れ、そのまま紫雨と刹那に囲まれるよう床へ這いつくばる形になる。
「お兄ちゃん!」
少女は涙声で叫ぶ。
彼に駆け付けようと、通って来た抜け道を戻ろうとする。
「来るなッ!! 早く行けッ!!」
彼は痛みに耐えながらも、少女に声を発する。
「できないよ! お兄ちゃんを置いて行けない!」
「行けッ!!」
「……!」
彼の叱咤する勢いに、少女の肩はびくりと震わせた。
目に涙が浮かび、少女は躊躇しながら数歩後退する。
そして、彼のマントのフードを深く被ると、踵を返して走り去った。
「逃がすかよ!」
刹那は瞬時に大鎌を出現させ、牢屋の壁を破壊しようと大鎌に風の霊力を纏わせる。
だが、妖術を発動する直前、刹那の目の前にシュッと何かが横切った。
「っ……!」
刹那の両手から鮮血が飛び散る。
唐突に襲った鋭い衝撃に、刹那は両手で構えていた大鎌を床に落とす。
「ハァ……ハァ……」
彼は痛みで体を小刻みに震わせながら立ち上がる。
いつの間にか、丸型だった爪が針のように細くて長い鋭利な形に変えていた。
彼の能力の一つなのか、その手で刹那の両手の皮膚を切り裂いたのだ。
「うっ……くっ……」
それが精一杯の一撃だったのか、彼は力が尽きたように膝から崩れ落ちる。
刹那のいう毒が体に回ったのだろう。
「へぇー……まだそんな力が残ってたのか。面白れぇ……」
刹那は痛がる素振りもなく、傷付けられた皮膚はすぐさま塞がっていく。
「どのくらいもつかなぁ……霊力が足りない状態でテメェの血を吸い続けたら」
刹那は不気味に言いながら、倒れている彼の上で馬乗りになる。
そして、彼の肩越しに顔を埋め、皮膚に思い切り牙を突き立てた。
「――ッ‼︎」
焼けるような激痛に襲われ、彼はバタバタと暴れる。
「んッ!! んんッー!!」
今にも肉が噛み千切れそうで、彼は自分の口を押さえつけている刹那の両腕を引っ掻き回し、渾身の力で抵抗する。
だが、霊力が減少している彼は傷を治すこともできず、次第に抵抗する力が弱々しくなっていく。
「言っとくけど、テメェの血ごときで逃げたガキの報いになれると思うなよ」
「おい、殺すなよ。こいつは周囲の奴ら同様に利用価値があるんだから」
肩を掴んで制止する紫雨を無視し、刹那はそのまま彼を嬲り続けた。
「殺しやしねぇよ。二度と逆らう気が起きないようにするだけだ」
刹那はまるで玩具で遊ぶ子供のようで、酷く楽しそうな笑みを浮かべた。
そして、再び彼の皮膚に牙を立てようとした時だった。
「――何してるのかな」
不意に背後から、柔らかい温和な声が聞こえた。
その声に刹那は彼の肩から口を離し、不機嫌そうに振り返る。
「刹那」
牢屋の出入り口に微苦笑を浮かべた夕凪の姿があった。
「何って……こいつに懲罰を与えているだけだけど」
刹那は口元に染まった血を拭い、彼の上から降りる。
「僕は見張ってほしいって言ったつもり何だけどな……。そんなことより……この牢屋にいた子供はどうしたの? 姿が見当たらないけど」
夕凪は床に倒れている彼の傍に歩み寄る。
「あーあ。こんなに散らかして……」
夕凪は倒れた彼と向い合わせに膝を折り曲げて、身を屈める。
「夕凪さん。子供は逃げられました。まさか……こんなところに小窓があるなんて……」
夕凪は紫雨の視線の先を追い掛けると、鉄格子の外された小窓があった。
その小窓を見た夕凪は状況を察し、再び彼に視線を戻す。
「紫雨、逃げた子供の追跡を頼むよ。奴らに情報を洩らされたら、大変だからね」
「わかりました」
紫雨は駆け足で牢屋を出る。
「行かせ……るか……」
「?」
くぐもった呻き声が聞こえた。
すると、彼の体がもぞりと動き、牢屋から出て行った紫雨を追い掛けようと手足を動かす。
だが、毒と出血のせいで体が思うように動かなかった。
「驚いたな。まだ喋れる気力があるなんて」
「……アンタらの……目的は……何だ? 俺たちを使って一体何を企んでいる……」
ぎこちなく発する彼に、夕凪は微笑を浮かべながら返答する。
「君に話す義理はないよ」
「今すぐ……ここにいる人たちを解放しろ……」
彼は毒のせいか、声量がなく、か細い声しか出なかった。
「残念だけど、その要望は聞き入れないよ」
笑みを湛えながら言うと、夕凪は彼の顎を掴み、無理やり目線を合わせる。
「すごいね。刹那の毒刃で傷つけられてもなお、妖術を発動する力が残っていたなんて。これは使える……」
「……? どういう意味だ……?」
彼の疑問に答える間もなく、夕凪の瞳が紅に染まる。
お互いの視線が交わると、彼の瞳がぼんやりと赤い光を放った。
次第に意識が闇の中に堕ちていく。
口も回らず、瞼も開けていられない。
(無事でいてくれ……。後は頼んだぞ……紅葉――)
薄れていく意識の中、彼が願った言葉だった。
通路の左右に並ぶ、頑丈で冷たい鉄格子の牢屋。
格子の向こうには、恐怖で体を畏縮させる複数の異形人物がいた。
それは、妖怪攫いの二人に拉致された妖怪たちだった。
「ひっく……。お兄ちゃん……怖いよ」
その一つの牢屋では、幼い少女が周りの唸り声に怯えてしまい、嗚咽を漏らしながら一緒に閉じ込められている男性に寄り添って泣いている。
「大丈夫だから……」
彼はしがみついている少女を優しく抱き締める。
少女を宥めている間、彼は耳を研ぎ澄ませ、地上の音を聞き取る。
「今なら、奴らは来ない。よし……」
彼は少女から離れると、牢屋の端っこに置いてあった木箱を動かした。
木箱をどかし、蜘蛛の巣を取り払うと、そこには、風が通った鉄格子の小窓があった。
「お兄ちゃん……?」
少女は不思議そうに、彼の行動を見る。
彼はやることを終えると、腰を低くし、少女と目線を合わせる。
そして、真剣な顔で少女の両肩に手を添えた。
「いいか。俺がこれから言うことよく聞いて」
「え……?」
「お前は、この小窓から外へ出ろ」
「……!」
彼の言葉に、少女は驚いて目を見開く。
この牢屋で監視も知らない小窓を見つけた彼は、足に仕込んでいた錣で鉄格子を切り、抜け道を作っていた。
監視の目が光る中で最前の注意を払いながら、彼はようやく抜け道を完成することができたのだ。
「待って……お兄ちゃんは……?」
「俺はこの小窓からは出られない。丁度、子供がギリギリ通り抜けるくらいだからな……」
「そんな……」
俯いて泣く少女を、彼は宥めるように頭を撫でる。
「お前は、ここにいる皆の希望なんだ。だから、ここから抜け出して、助けを呼んで来て」
「わたし一人で行くの? 嫌だ……怖いよ」
「時間がないんだ。大丈夫、俺は信じて待ってるから」
「お兄ちゃん……」
彼の言葉に、少女は勇気づけられたかのように、瞳が決意に染まる。
「わかった。わたし、頑張る!」
「いい子だ」
彼はにっこりと口角を上げ、自身が羽織っていた黒いマントを少女に着せる。
「少し大きいけど、これなら、夜闇に紛れることができる」
「ありがと……」
その時、地上への階段から、誰かが下りて来る足音が聞こえた。
「誰か来る……!」
彼は動かした木箱を元の位置に戻し、抜け道を隠した。
足音が牢屋に近づくにつれ、二つの人影が現れた。
地下に下りて来たのは、闇色のマントを羽織った刹那と紫雨だ。
「たく……何で牢屋の見回りなんか。こいつらがどうこうしても逃げれるわけねぇのに」
両腕を頭に回しながら歩く刹那は不服そうに呟く。
「仕方ないよ。万が一の場合があるんだから」
刹那を宥める紫雨。
刹那は左右に並んでいる牢屋を見渡す。
「見張りの他に何か言ってたか?」
問い掛ける刹那に、紫雨は「聞いてなかったのかよ……」と言いたげに口を開く。
「生き血が必要なのは、後一人で十分らしい。これで妖怪を攫う必要はないみたいだ。とは言っても……ほとんど衰弱しきっているからな。動けないどころが、霊力も回復してない」
夕凪が妖怪を拉致する必要がなくなったのは、順調に力が戻ってきたことなのだろう。
「んなもん、ガキでいいんじゃねぇか。牢屋に放り込んでから、それほど血を吸ってねぇんだし」
そう言って、刹那は隣の牢屋に視線を向ける。
鉄格子の向こうには、脱走計画を企てていた彼と幼い少女がいた。
刹那は「こいつでいいか」と言うと、入り口に貼っていた結界であろう札を剥がし、牢屋の中に入る。
「……!」
予想外の事態が起き、牢屋に入って来た刹那に彼は狼狽する。
少女を連れて行かれると、そのまま牢屋には戻らない可能性もある。
そうなれば、脱走計画は水の泡になってしまう。
彼は少女を護るように、後ろに隠れさせる。
「お兄ちゃん……」
少女は怯えながら、彼の袖を強く掴む。
「この子には手を出すな……。血が欲しいんなら、俺だけでいいだろ」
「面倒くせぇなぁ……。とっととガキを寄越せ!」
「う……!」
「お兄ちゃん!」
刹那は強引に押し退けると、彼は壁に打ちつけられる。
その隙に刹那は、座って縮こまっていた少女の腕を無理やり引っ張り上げる。
「お前はこっちだ」
「い、嫌ぁー! やめて! 離して!」
少女は大声で泣き叫び、刹那から腕を振り解こうと必死に抵抗する。
「っ! やめろ!」
彼は急いで体を起こし、少女の腕を掴んでいる刹那の手を引き離す。
「っ!」
力強く引き離した反動で、刹那はコンクリートの床に背中を打ちつける。
彼は刹那に覆い被さり、身動きを防ぐ。
「早く外に行って!」
少女に視線をやりながら彼は叫ぶ。
企てていた脱走計画とは異なってしまったが、この状況は少女を逃がすことに最優先だった。
「で、でも……」
「いいから!」
「わ、わかった……!」
彼の叫びに、少女は抜け道を隠していた木箱を震える手で退かす。
「……!?」
牢屋の出入り口で、少女が逃げられないよう佇んでいた紫雨は、現れた小窓を見ると驚いて目を見開く。
まさか、こんな何もない牢屋に抜け道があるなんて思いもしなかったのだろう。
「待て!」
状況を理解した紫雨はすぐさま牢屋に入り、抜け道を通ろうとする少女に手を伸ばす。
「……! させるか!」
「く……!」
彼は咄嗟に刹那から離れ、少女に手を伸ばす紫雨の足に飛びつく。
両足を押さえつけられ、紫雨は前のめりに倒れる。
「……この! 放せ!」
紫雨は自身の両足にしがみついている彼の体に拳を振り下ろすが、彼は放さまいと両腕に力を込める。
少女は紫雨の身動きが取れないうちに抜け道を通る。
「くそ……!」
紫雨の伸ばした手は少女には届かず空を切った。
逃げられた少女に、紫雨は悪態つきながら彼に拳を振り下ろす。
その反対に彼は、無事に抜け道を通った少女に安堵する。
その時、彼の背中に鋭い衝撃が襲った。
「ぐぁっ!!」
絶叫を上げるのと同時に、彼の背中から血飛沫が舞う。
振り返ると、ナイフを構えた刹那の姿があった。
先端は血が滴り落ちていて、彼の背中は刹那によって斬りつけられていたのだ。
「あんま動かない方がいいぜ。弱い毒だが、だんだんと体が痺れて動けなくなる」
そう言って、刹那は血のついたナイフに舌を這わせる。
「離せよ……!」
紫雨は彼の腕の力が緩んだ隙に足で蹴り飛ばす。
彼の手は離れ、そのまま紫雨と刹那に囲まれるよう床へ這いつくばる形になる。
「お兄ちゃん!」
少女は涙声で叫ぶ。
彼に駆け付けようと、通って来た抜け道を戻ろうとする。
「来るなッ!! 早く行けッ!!」
彼は痛みに耐えながらも、少女に声を発する。
「できないよ! お兄ちゃんを置いて行けない!」
「行けッ!!」
「……!」
彼の叱咤する勢いに、少女の肩はびくりと震わせた。
目に涙が浮かび、少女は躊躇しながら数歩後退する。
そして、彼のマントのフードを深く被ると、踵を返して走り去った。
「逃がすかよ!」
刹那は瞬時に大鎌を出現させ、牢屋の壁を破壊しようと大鎌に風の霊力を纏わせる。
だが、妖術を発動する直前、刹那の目の前にシュッと何かが横切った。
「っ……!」
刹那の両手から鮮血が飛び散る。
唐突に襲った鋭い衝撃に、刹那は両手で構えていた大鎌を床に落とす。
「ハァ……ハァ……」
彼は痛みで体を小刻みに震わせながら立ち上がる。
いつの間にか、丸型だった爪が針のように細くて長い鋭利な形に変えていた。
彼の能力の一つなのか、その手で刹那の両手の皮膚を切り裂いたのだ。
「うっ……くっ……」
それが精一杯の一撃だったのか、彼は力が尽きたように膝から崩れ落ちる。
刹那のいう毒が体に回ったのだろう。
「へぇー……まだそんな力が残ってたのか。面白れぇ……」
刹那は痛がる素振りもなく、傷付けられた皮膚はすぐさま塞がっていく。
「どのくらいもつかなぁ……霊力が足りない状態でテメェの血を吸い続けたら」
刹那は不気味に言いながら、倒れている彼の上で馬乗りになる。
そして、彼の肩越しに顔を埋め、皮膚に思い切り牙を突き立てた。
「――ッ‼︎」
焼けるような激痛に襲われ、彼はバタバタと暴れる。
「んッ!! んんッー!!」
今にも肉が噛み千切れそうで、彼は自分の口を押さえつけている刹那の両腕を引っ掻き回し、渾身の力で抵抗する。
だが、霊力が減少している彼は傷を治すこともできず、次第に抵抗する力が弱々しくなっていく。
「言っとくけど、テメェの血ごときで逃げたガキの報いになれると思うなよ」
「おい、殺すなよ。こいつは周囲の奴ら同様に利用価値があるんだから」
肩を掴んで制止する紫雨を無視し、刹那はそのまま彼を嬲り続けた。
「殺しやしねぇよ。二度と逆らう気が起きないようにするだけだ」
刹那はまるで玩具で遊ぶ子供のようで、酷く楽しそうな笑みを浮かべた。
そして、再び彼の皮膚に牙を立てようとした時だった。
「――何してるのかな」
不意に背後から、柔らかい温和な声が聞こえた。
その声に刹那は彼の肩から口を離し、不機嫌そうに振り返る。
「刹那」
牢屋の出入り口に微苦笑を浮かべた夕凪の姿があった。
「何って……こいつに懲罰を与えているだけだけど」
刹那は口元に染まった血を拭い、彼の上から降りる。
「僕は見張ってほしいって言ったつもり何だけどな……。そんなことより……この牢屋にいた子供はどうしたの? 姿が見当たらないけど」
夕凪は床に倒れている彼の傍に歩み寄る。
「あーあ。こんなに散らかして……」
夕凪は倒れた彼と向い合わせに膝を折り曲げて、身を屈める。
「夕凪さん。子供は逃げられました。まさか……こんなところに小窓があるなんて……」
夕凪は紫雨の視線の先を追い掛けると、鉄格子の外された小窓があった。
その小窓を見た夕凪は状況を察し、再び彼に視線を戻す。
「紫雨、逃げた子供の追跡を頼むよ。奴らに情報を洩らされたら、大変だからね」
「わかりました」
紫雨は駆け足で牢屋を出る。
「行かせ……るか……」
「?」
くぐもった呻き声が聞こえた。
すると、彼の体がもぞりと動き、牢屋から出て行った紫雨を追い掛けようと手足を動かす。
だが、毒と出血のせいで体が思うように動かなかった。
「驚いたな。まだ喋れる気力があるなんて」
「……アンタらの……目的は……何だ? 俺たちを使って一体何を企んでいる……」
ぎこちなく発する彼に、夕凪は微笑を浮かべながら返答する。
「君に話す義理はないよ」
「今すぐ……ここにいる人たちを解放しろ……」
彼は毒のせいか、声量がなく、か細い声しか出なかった。
「残念だけど、その要望は聞き入れないよ」
笑みを湛えながら言うと、夕凪は彼の顎を掴み、無理やり目線を合わせる。
「すごいね。刹那の毒刃で傷つけられてもなお、妖術を発動する力が残っていたなんて。これは使える……」
「……? どういう意味だ……?」
彼の疑問に答える間もなく、夕凪の瞳が紅に染まる。
お互いの視線が交わると、彼の瞳がぼんやりと赤い光を放った。
次第に意識が闇の中に堕ちていく。
口も回らず、瞼も開けていられない。
(無事でいてくれ……。後は頼んだぞ……紅葉――)
薄れていく意識の中、彼が願った言葉だった。
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ファンタジー
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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