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第五章 妖怪攫い事件

第二十六話 妖怪攫い

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 竹林道を抜けると、前方に一軒の茶屋が見えた。
 木製でできた看板には『またたび』と墨書で記されていた。
 中に入ると、お客は誰もいなく、お客と言えるのは、打ち合わせしていた沙希たち五人だけだった。

「今お茶持ってくるね」

 そう言って、和葉は厨房に向かう。
 厨房に入って行く和葉を見届けると、沙希たちは席に着く。

 沙希の両サイドは凛丸と風夜。
 向かいの席は祐介と陽向と言った形で座る。

「それじゃあ、全員揃ったことだし、本題に入ろうか」

 陽向は凛丸の顔を見返す。

「はい。今日、裕介たちを呼んだのは、異界で起きた事件のことを伝えたいと思いまして」

「事件?」

 沙希は首を傾げる。

「風夜と沙希さんもお耳に入れておいた方がいいですね。実はここ最近、異界で妖怪の拉致事件が多発しているのです」

「!?」

 凛丸の口から出た言葉に、沙希たちは絶句する。

「今月に入って、二十人……さらわれました」

「二十人……」

 被害者の人数を聞いて、祐介は怪訝けげんな表情になる。

「最初に起きたのは、稲荷神社に棲む妖狐ようこの男女が二人。そして、ここから離れた山に棲む妖狸ようりの男性一人です……」

 あまりにも驚愕きょうがくな事件に、沙希は言葉を失った。

「あたしの家族も攫われたの……」

 そこへ、沙希たちの会話が耳に入ったのか、和葉がお盆に五人分のお茶を乗せて、厨房から出て来た。

「初めは、あたしの妹でね……くれって言うの。開店時間前に表の掃除しに行った日だった……。それで、いつまで経ってもお店に入って来なくて、心配になって表を見に行ったの。そしたら……」

 和葉は涙声で話の続きをする。

「……表は倒れたほうきしかなくて、妹はどこにもいなかったの……」

 和葉は瞳に涙を浮かばせ、悔しそうに歯を噛み締める。

「その後、和葉さんは恋人のそうさんと一緒に捜し回ったみたいなんですけど、途中で彼も行方不明になってしまったんです……」

 凛丸は深刻な表情を浮かべ、そう説明した。

「あの時……紅葉を外に出さなければ……まだ小さいのに」

「和葉ちゃん……」

 沙希は返す言葉が見つからなかった。

「大丈夫だよ」とか「きっと無事だよ」と言うのは、無責任に感じたからだ。

 それから、和葉は行方不明になった二人を捜して奔走ほんそうしているのだ。

「これは外部の妖怪の仕業に違いありません」

 凛丸はそう断言する。

「下界のはぐれ妖怪か……」

 ポツリと祐介は呟く。

「あの……その犯人の特徴とか掴めていますか?」

 沙希がそう聞くと、凛丸は首を横に振る。

「いいえ……僕の眷属と駆けつけた時には、もう妖気が消えていて、痕跡こんせきも残っていませんでした……」

「そうですか……」

「我々も引き続き犯人の捜査を行います。祐介たちには下界の捜索を願います」

 凛丸はその場の四人の顔を見渡し、軽く一礼をする。

「わかった。西山さん、いきなりこんなことになってしまったけど……協力してくれるか?」

 異界へ行く前に、きちんと説明しなかったことを申し訳なく思っているのか、祐介は戸惑いの顔を見せる。

「もちろんです! 風夜も頑張って犯人を捕まえようね」

「俺に振るなよ……。第一その犯人がどこにいるかもわかんねぇじゃん」

「それをこれから、南雲さんたちと協力し合って、犯人の居場所を突き止めるんでしょう」

「面倒くせぇことになったな……」

 やる気満々な沙希に反して、風夜は気怠げに呟く。

「あたしも協力させて」

 振り向くと、真剣な顔をした和葉の姿があった。

「お願い。皆にとっては、足手纏いになるかもしれないけど……」

 和葉の懇願に、凛丸は反対する素振りもなく、微笑を浮かべてこう言う。

「そんなことはありませんよ。大切な人を思う気持ちはよくわかります。こちらこそ、ぜひお願いします」

「っ! ありがとう!」

 和葉はパッと顔を明るくすると、深々と頭を下げる。
 次の日から、沙希と風夜は祐介たちと協力して、下界の捜索が始まった。


  ✿ ✿ ✿


 あれから一週間。
 異界に続いて、下界に棲んでいる妖怪も次々に失踪し、事態は悪化していた。
 今まで事件が起きた場所をまとめると、犯人は人間が多い町に棲む妖怪を襲っていることがわかった。

 沙希と風夜、祐介と陽向で二手に分かれて下界に棲む妖怪たちの聞き込みを始めた。
 凛丸の情報によると、秋葉原のカラオケ店で働いている妖怪が犯人を目撃したらしい。

 沙希はその妖怪に連絡を取り、夜の時間帯に待ち合わせをした。
 カラオケ店の場所を聞き終わった後、風夜と一緒に秋葉原へ向かった。


  ✿ ✿ ✿


 秋葉原に着くと、沙希が住んでいる都会よりも、高層ビルや人通りが多かった。
 まさに大都会だ。

「妖怪と言ったら、人間がいない静かな森の中に棲んでいるのを想像したけど、まさかこんな大都会にいるなんて驚いたよ」

「まあ、こういう場所は色々と便利だからな」

 風夜と雑談している間でカラオケ店に到着する。
 待ち合わせはカラオケ店の中ではなく、従業員がゴミ出しを使用する裏口にした。

「すみません。お時間取らせてしまって……」

「いいえ。今の時間帯お客さんは少ないので、ずっとカウンターに立っていただけですから」

 裏口ドアを背にして立っている二十代くらいの男性が、沙希の前で軽く両手を振る。
 人間に見えるが、れっきとした妖怪だ。

「あの事件が起きてから、この町も最近物騒になってきましたよ。新宿と池袋に棲んでいる妖怪たちも怯えてしまって……」

「そんなにですか?」

「はい……。あれだけ騒ぎになると、こちらの方面にも噂が流れてきます」

「そうですか……」

 本題に入ると、彼は犯人を目撃した時の状況を詳細に教えてくれた。

「あれは……バイト帰りのことでした。いつも使っている道を歩いていると、人通りのない路地裏の方から悲鳴が聞こえたんです」

「悲鳴……ですか?」

「はい……。すぐ目の前にあったので、俺は壁の陰から一部始終しました。路地裏の方で全身に黒いマントを羽織った二人組がいて、地面にうずくまっている妖怪をボコボコにしていたんです……。その中の一人は、相手が気を失うまで痛めつけた後、そのままさらって行きました……」

 そこまで話すと、彼は顔を青ざめ、震える体を抑えようと両手で抱き締める。
 よっぽど残虐ざんぎゃくな光景だったのだろう。
 少し落ち着きを取り戻した彼は話の続きをする。

「一人だけ、大鎌を持った特徴的な妖怪でした。助けたかったのですが……恐ろしくて体が動きませんでしたよ」

「!」

『大鎌』というワードが出て来ると、沙希はあることを思い出した。
 隣でずっと無言だった風夜も同じく気づいたらしく、沙希と風夜はお互いに顔を見合わせる。

「まさか……」

 沙希は二ヶ月前に起きた連続通り魔事件を思い出す。
 その事件の犯人は人間ではなく、鎌鼬の刹那の仕業だとわかった。
 祐介が深手を負わせたまではよかったが、刹那はそのまま逃避した以来姿を現さなくなったのだ。

「あの。その人物の顔とか見ましたか?」

 確証はないが、もしその黒マントの正体が刹那だったら、また動き出した可能性が高い。

「すみません……。その二人組は顔に仮面をつけていたので、素顔までは見られませんでした……」

「そうですか……。ありがとうございます」

 この短時間でいい収穫ができた。
 聞き込みを終え、沙希たちはこの情報を祐介たちに報告した。


  ✿ ✿ ✿


 カラオケ店を後にした沙希と風夜は、ネオン街を歩いている。

「妖怪に情報を貰えるなんて……なんか新鮮だな」

 沙希は今までにない経験に感動する。

「そう言えば気になっていたんだけど。下界に棲んでいる妖怪って、異界の住民なんだよね? どうして下界で人間みたいに暮らしているの?」

 沙希はずっと疑問に思っていたことを風夜に訊く。

「大昔に人間の世界に興味を持った一部の妖怪が下界に降りたんだ。昔は緑の自然が多かったから、妖怪たちはそれぞれ自分たちの住処を作って暮らして、子孫繁栄を繰り返したんだ」

「へぇー」

「その頃の人間からして、妖怪がいることは当たり前だったんだ。けど……文明開化の発展で人間たちは妖怪の存在を忘れていき、高層ビルとか住宅地とか作っていった。そのせいか、妖怪たちの住処が失って、下界では棲みにくい状況におちいったんだ」

「そう、だったんだ……」

 それだけ言って、沙希は押し黙った。
 他に言いたいことはあったが、何て言えばいいのかわからなかった。
 そんな沙希を見て、風夜は話を続けた。

「それを見兼ねた異界の住人たちが、住処を失って途方に暮れた妖怪を棲まわせたんだ。もう下界にいるほとんどの妖怪は異界の住民として生活しているけど、中ではごく一部の妖怪が下界に留まっている者もいる」

「どうして?」

「生まれた故郷を離れるのが名残惜しいからだろ」

「なるほど」

 風夜の話によると、下界に留まっている妖怪はそれぞれ二つの生き方に分かれている。

 一つは、下界で暮らす手段として、人間の真似をするように就職やバイトをしたり、自分の稼いだお金で必要最低限の家庭で生活をしているのだという。

 二つは、人間社会に縛られることを嫌悪する妖怪も存在し、人間が立ち入らない廃屋や路地裏でひっそり暮らしているのだという。


  ✿ ✿ ✿


「手掛かりは掴んだものの……犯人は一向に姿を現さないな……」

 沙希はリビングのテーブルに頭を突っ伏した。

「そうだな」

 風夜は他人事のように座布団の上で子狼の姿でゴロゴロしていた。
 祐介たちの方も未だに犯人は捕まらず、痕跡こんせきすら掴めなかった。
 下界に棲んでいる妖怪にも聞き込みをしているが、有力な情報は手に入らなかった。

 聞こえてくるのは、闇色のマントを羽織った二人組の妖怪が下界を騒がせている声が多かった。
 中では、その二人組の妖怪が一般妖怪を上回るほどの上級妖怪だと噂が立っていた。

 ――ピロリロリン

 テーブルに置いていた沙希のスマホに着信ベルがなった。
 沙希はスマホを手に取ると、画面には『南雲さん』と表示されていた。

「もしもし」

『ああ、西山さん』

「南雲さん。どうしたんですか?」

『ある妖怪から有力な情報が手に入ったんだ。すまないが早急に俺のマンションに来てくれ。今、車で西山さんのマンションに向かっているから』

「本当ですか! わかりました。すぐそちらに向かいます」

 返事をすると、通話が切れる。

「風夜、行こう」

「おう……」

 風夜は駆け足で玄関に向かう沙希を追う。
 離れた所から高く飛び、沙希の肩の上に風夜は見事に着地した。
 バタンと玄関の扉の閉まる音が誰もいなくなった自室に響くのであった。


  ✿ ✿ ✿


 祐介が運転する車で、彼が住居するマンションに到着する。
 玄関の前で陽向が待っていて、沙希と風夜はリビングに案内された。

 リビングに入ると、長机の前で正座している二十代前半の女性がいた。
 彼女を見て、この人は祐介が電話で話した妖怪だとわかった。

「凛丸さん!」

「沙希さん、風夜。待っていましたよ。そちらの席が空いています。どうぞ」

 数歩前に進むと、長机の横に座っている凛丸がいた。
 凛丸はいつも着用している山伏装束ではなく、人間の私服を着ていた。

 集まったメンバーが揃うと、今起きている事件の協議が始まった。
 祐介が始めに、少し前まで何があったのか話してくれた。
 祐介の向かい側に座っている彼女は、バイト帰りに例の黒マントの二人組に襲われたところを夜回りしていた祐介と陽向に助けられたらしい。

「黒マント一人の正体がわかりました。沙希さんの予想通り、鎌鼬の刹那でしたよ」

「わかるんですか?」

 沙希は問い掛ける。

「はい。僕の眷属の情報と祐介と沙希さんが話していただいた刹那の特徴と一致していたので、間違いありません」

 凛丸は断言する。

「やっぱり……」

「それと、もう一人の黒マントのことだ。話してくれますか?」

 祐介は視線を彼女に向ける。

「はい」

 彼女の話によると、もう一人の黒マントに攫われる直前まで必死に抵抗していたらしい。
 そして、抵抗していた拍子に、もう一人の黒マントが顔につけていた仮面を不可抗力で払い落したのだ。

 もう一人の黒マントの素顔を見た彼女は、所持している鞄からスケッチブックを取り出し、白い画用紙に鉛筆を走らせる。
 彼女は美術の専門学校に通っていることもあり、自身を襲った人物の肖像画をこと細かく描いた。

「特徴は……紫紺色の瞳で、短い紺色の髪をした男の子でした。後、被っていたフードから犬の耳が見えました。犬の妖怪だと思います」

「!」

 彼女の完成した肖像画と口から出た言葉に、沙希は言葉を失った。
 紫紺色の瞳で、短い紺色の髪をした男の子。
 そして、犬の妖怪。

「この人……」

「お嬢、どうしたの?」

 驚いた表情で固まっている沙希に、陽向は心配顔で声を掛ける。

「なぁ、沙希……」

 同じく風夜も気づいたらしく、沙希に目配りをする。

「あの。私と風夜、その妖怪に心当たりがあります」

 そう言うと、その場の全員の視線が沙希に集まる。
 沙希は先月戦った犬神の紫雨のことをその場の全員に話した。
 紫雨が生徒たちにしてきたことや呪術を得意とする妖怪だということを……。

「まさか、眼帯野郎とグルとか……」

 風夜はポツリと呟く。

「人間に続いて、妖怪も襲っているとは……奴らの目的は一体何だ?」

 祐介は腕組みをして、険しい表情になる。

「それが謎だけど、きっとろくなことじゃないよ」

 陽向は長い溜め息を吐き、テーブルにひじをついて頬杖をする。

「ひとまず、彼女はしばらく異界で避難した方がいい。奴の素顔を見たからには、また狙われる可能性がある。皆もこれからはお互いに連絡取って、なるべく警戒をおこたらないようにすること」

 祐介はその場の全員を見回すと、一同は強く頷く。
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