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第一章 出会い

第二話 出会いは突然

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「何で、子犬が人の姿に……」

 沙希は突然のことで思考がついていけなかった。
 その様子に彼は不服そうに口を開く。

「こっちが本来の姿だ。てか、犬じゃねぇし。狼なんだけど」

「え? 狼? 犬じゃないの?」

「犬と違って、鼻がシュッとしていただろ。お前は犬と狼の区別もつけられねぇのかよ」

 言い方が馬鹿にしていてムッとする沙希。
 でもそれは一瞬で、彼の正体に背筋が凍りついた。

「狼って……まさか! 狼男! その姿で私を食べる気じゃ!?」

 沙希は狼狽ろうばいで顔を青ざめる。

「あ? 人間なんか食うかよ。俺をホラー映画のモンスターと一緒にすんじゃねぇよ」

「え……そうなの?」

 安心と同時に拍子抜けする沙希。

「人間から与えられた供物くもつを食べて生きているんだ。だから、お前が想像する魑魅魍魎ちみもうりょうじゃねぇから安心しろ」

 彼は億劫そうに、沙希に視線を向ける。

「そんなことより……。朝から体を動かしたから腹が減ったな……何か食わせてくれ」

「本当に狼なのか!?」

 ツッコミが追いつかず、沙希は思考がまとまらないまま混乱する。


  ✿ ✿ ✿


「えっと……名前は何て言うの? 私は西山沙希」

 自己紹介をすると、彼は沙希が作ったオムレツを頬張りながら短く答える。

ふう

「風夜君ね」

「〝君〟はいらねぇ」

 そう言いながら、風夜は無表情のまま黙々とスプーンを進める。
 風夜が食べ終える前に、沙希は学校に行く準備をする。

「ある〝鬼神おにがみ〟を追って、この町に?」

 沙希は姿見鏡すがたみきょうから斜めに振り返り、ブレザーに袖を通しながら返答する。
 風夜は面倒そうに自分が何者なのか、どうして森の中で怪我をしていたのか一つずつ説明していく。

 自分は〝大口真神オオクチノマガミ〟という聖獣の神使で、簡単にいえば、神様の使いだということ。
 そして、時には下界をおびやかし、あるいは人間に取り憑いて悪事を働かせる妖怪の成れの果て。
 通称〝鬼神〟を狩る存在だということ。

「最近ニュースとかで、植物の枯れる事件が多発しているだろ?」

「うん」

「あれは、鬼神絡みだ」

 風夜の口からオカルト的な言葉が出て来た。

(令和の時代に妖怪なんて……でも……)

 普通なら信じ難い話だが、沙希はすんなり受け入れられた。
 現に目の前でオムレツを頬張っている彼は人間ではないのだから。

「俺はようやく鬼神を見つけて、しようと激しい闘争になった。けど……途中でしくじっちまって……ついには霊力が保てなくなった。結果、あのチビ狼の姿になったってわけだ」

 風夜はスプーンで空になった皿の上でつんつんと鳴らす。

「元々〝陰〟の象徴である俺の一族真神マガミは、〝陽〟の象徴を持つ人間とコンビを組んで、奈落した妖怪を狩るっていう……俺の一族代々の習わしなんだ。昔は陰陽師の家系が栄えてたけど……血と信仰が薄れて、俺らは目に見えない守護獣として扱われてる」

 風夜は嘆息たんそくを吐く。

「人とコンビ……ね。風夜にはいないの?」

「いないっていうより……もう交わしている……」

 何故なぜか風夜は気まずそうに、沙希から目を逸らす。

「交わしているって、契約人がいるの? じゃあ、その人と一緒に鬼神を倒せば……」

「お前だよ……」

 短い間があった。

「……は?」

 風夜の言葉が冗談に聞こえたのか沙希は苦笑する。

「あはは、ごめん。私、耳おかしくなったかな~?」

「何度も言わせんな。お前が俺の契約人だ。俺に契約の証の物を与えただろ。それで契約は成立するんだ」

「え? 私、そんなものあげた覚えなんか……あ!」

 風夜の首元を見ると、黒い革紐でできたチョーカーがあった。
 それは昨夜、子犬だと思い込んでいた時にあげた物だった。

「あれで契約成立になるの⁉︎」

「怪我をした俺に同情して、知らず知らずのうちに契約を交わしていたとか、お前も運悪いな……」

「契約解除する方法はないの!?」

 沙希は風夜の肩を掴んで前後に揺さぶる。

(風夜の話の通りなら、私は鬼神と戦うってことじゃない! 嫌だよ、だって私、高校生だよ!)

 けど、その思いは風夜の一言で裏切られた。

「知らねぇ……」

「え? 知らないって……」

「そのままの意味」

「ちょっと待って‼︎ 契約方法は知っているのに解除方法は知らないってどういうこと⁉︎」

「いや、契約方法はお前がこれを渡した直後に思い出したんだ」

 風夜はチョーカーに触れながら言う。

「付ける前に思い出してよ……」

「人間と協力し合う機会がなかったからな」

「つまり……気づいたら、忘れてたとか?」

「そういうことだ。あ、でも……何か解除方法があったような……」

 風夜は片手を頭に添える。

「だったら思い出してよ!」

 沙希は再度、風夜の肩を前後に揺さぶる。

「あ~、何だったかなぁー……」

 ブランブランと首が揺れる中、風夜は瞑目めいもくしながら言う。

「早く思い出してよ!」

「あ……」

 すると、風夜はパッ目を見開く。
 沙希は思い出したのかと思い、風夜の肩を離す。

「手っ取り早い解除方法が一つだけある……」

「本当! どんな⁉︎」

「俺とお前のどっちか死ねば、契約が解除できる」

「え? ちょっと待って。何サラッと怖いこと言ってんのよ……!」

「と言っても……俺、人間じゃねぇし。そう簡単には死ねないからな。包丁で刺して試したいなら別に構わねぇけど、俺は痛いのは嫌いだからなぁ……」

 そう言って、風夜は沙希に視線を向ける。

「い、嫌だよ、絶対に嫌……!」

 沙希は慌てて首を横に振り、ジッと見据える風夜から後退する。

「お前と同意見だから、そう警戒すんな。ま……なっちまったものは仕方ねぇからな。俺も、こんなチンチクリンが主人しゅじんになるとか思いもしなかったからな」

「失礼ね! ……というより、主人って?」

 理解不能な発言にいぶかしげな沙希に、風夜は気怠けだるげになりながら順を追って説明する。

「……さっきの言葉通り、お前は俺の契約した主人。面倒だけど、俺はお前の式神しきがみとして、主人であるお前の命令に従わないといけない。契約した人間のことをこう呼ぶ〝陰陽師おんみょうじ〟だ。陰陽師くらいわかるよな?」

「陰陽師って、妖怪とか悪霊の退治屋みたいなやつだよね……。じゃあ、私、陰陽師になったってこと?」

「いや。契約はしたが、お前はまだ鬼神に対抗する神器しんきを持ってないからな。まだ完全な陰陽師になったわけじゃない」

「神器って……。待ってよ。私、普通の女子高生だし。それに、学校もあるし……ん? 学校? あぁー‼︎」

 電子時計を見ると、八時前になっていた。

「ヤバい! じゃあ、私、学校行くから!」

 沙希は鞄に手を伸ばし、素早く肩に掛け、勢いよく玄関を飛び出した。

「行ってきまーす!」

 言いたいことがたくさんあったが、それどころではなくなってしまった。
 沙希はマンションの階段を全速力で駆け下りて、学校へ繋がる道のりに向かって走り出したのだった。


  ✿ ✿ ✿


 沙希は無事にギリギリで学校に到着し、午前の授業を受けているところだった。
 今朝の出来事で混乱していた沙希は少しずつ冷静を取り戻すと、今更ながら風夜をマンションに置いてきたことに後悔していた。

(まぁ……家に盗まれるような物は置いてないから大丈夫だと思うけど……)

 風夜が家にいるのか気になっていたが、彼の口から発せられた非現実的な内容が頭から離れずにいた。

(風夜はまだ完全な陰陽師じゃないって言ってたけど……風夜が言うような鬼神退治をしないわけじゃないんだよね……)

 沙希はつんつんとシャープペンをノートにつく。

(あーあ……解除方法を思い出してくれたらな……。これから、どうなるんだろう……)

 頭を悩ませながら、現代文を担当をしている女性教師が黒板に滑らせているチョークの文字を沙希は黙々とノートに取る。
 教科書に目を落とすと、中国の歴史から伝えられた言葉が視界に映る。

「――であるからして、ほんの些細ささいなことが大きな結果を引き起こす現象のことバタフライ効果と言います」

 朗々ろうろうと授業内容の解説をしている女性教師の言葉が気になり、沙希はノートから顔を上げる。

(バタフライ効果……)

 これは、ブラジルでの〝蝶の羽ばたきがテキサスに竜巻を引き起こすか〟と学会の講演に由来された言葉だ。
 意味は先ほど女性教師が解説した通り、ほんの些細なことが様々な要因を引き起こし、後に大きな結果の引き金になるカオス理論だ。

「この言葉は、皆さんがこれから歩んでいく人生の中、何気ない行動が思いもよらない結果を引き起こすことに例えられます。人生に左右される選択で、それが大きな結果の引き金に繋がることがあるかもしれません」

 女性教師の言葉に、沙希は昨日の選択を思い出す。
 沙希は怪我をした風夜を助けたことがきっかけで鬼神を退治する陰陽師になった。

 仮にあの放課後で子狼姿の風夜の苦痛な鳴き声に気づかず、いつも通りにマンションへ帰宅したらどうなっていたのだろうか。
 お互いに出会うことなく、陰陽師にならず普通の高校生として、そのままいつもと同じ日常を過ごしていたかもしれない。

 あの時は風夜を助けたい一心で、沙希は結果がどうなるなんて考えもしなかった。
 普段無意識に歩いている道に、いつもと違う行動を取ると、本当に自分の運命を左右させる選択があることに、沙希は改めて思った。

(あ……)

 物思いにふけっていると、授業の終了を知らせるチャイムに沙希は現実に引き戻されたのであった。


  ✿ ✿ ✿


 無事に授業を終え、放課後がやって来た。
 沙希は上履きから下履きに履き替える。
 昇降口を出ると、校舎裏の方から騒ぎ声が聞こえた。

「何だろう……」

 沙希は好奇心に駆られて校舎裏に回ってみると、生徒たちが花壇の周りを取り囲んでいた。
 新しい花が咲いたのかと思い、沙希は花壇を覗き込む。

「……!」

 予想していたものがどこにもなく、そこにあったのは、草花が全て枯れた花壇だった。
 あまりにも衝撃なことに沙希は絶句する。
 美化委員が育ててきたチューリップやパンジーなど色とりどりに咲いていた花壇が今では変わり果てた状態になっていた。

「な、何よ、これ……」

「どうして……昨日はあんなに綺麗に咲いていたのに……」

 美化委員であろう生徒たちが枯れた花壇を見て涙ぐむ。

「…………」

 沙希は枯れた花壇を見て、ふと違和感を覚える。

(朝は枯れていなかったのに……何で?)

 いつもより遅く登校していた沙希は正門が閉まっていたため、校舎裏に繋がる隣の門に入門したのだ。
 急いでいて一瞬しか見られなかったが、枯れていないことは間違いなかった。
 この不可解な現象に、沙希は恐怖を感じるのだった。


  ✿ ✿ ✿


 後からして、枯れた草花は処分され、新しい種を埋めることになった。
 大切に育てて来た美化委員の生徒たちにとって、心に大きな傷を残す事件だった。

「ん?」

 学校を出ようと正門に向かっていると、正門前に生徒で人だかりができていた。
 枯れた花壇の時とは違い、かなりの賑わいを見せていた。
 その様子を気になった沙希は、正門をくぐると、生徒たちが注目しているものを覗き込む。

「きゃー! 可愛い!」

「おい、俺にも触らせろよ!」

 生徒たちの中心にいる生き物を見て、沙希は驚いて目が点になる。
 そこには見覚えのある小さくて黒い塊がいて、生徒たちから与えられたお菓子を小さな前足を使って器用に食べていたのだ。
 癒しを与える食べっぷりに、生徒たちはすっかり心を鷲掴わしづかみにされてしまう。

(え、え⁉︎ 何で風夜が学校にいるの⁉︎)

 沙希は思わず、生徒たちをき分け、風夜を抱き上げる。
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