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第十三章 隠された真相

第六十五話 止まった時間

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「ん……んん……」

 うめき声を漏らし、横になっていた体が仰向けになる。
 薄く開いた視界には、見知らぬ板張りの天井が見え、それが沙希の意識をはっきりと覚醒させた。

「あ、あれ……? ここ、どこ……?」

 ゆっくり上半身を起こし、沙希は状況を理解しようと辺りを見回す。
 床は八畳間に広がっており、前方には床の間の壁に掛け軸や一輪の赤い彼岸花が生けられていた。
 閉め切っている障子から藍色あいいろ宵闇よいやみが差し込み、室内はほんのり明るかった。

「確か……」

 片手で頭を押さえ、混乱している頭を整理しようとする。
 記憶を探っていると、この状況に繋がる一つの出来事を思い出した。

「そうだ……空洞に手を入れた時、急に周りが見えなくなって……――っ!」

 ふと隣に視線をやると、小さくて黒い塊が転がっていることに気づいた。

「風夜!」

 沙希は慌てて駆け寄り、子狼姿の風夜を抱きかかえる。

「風夜、大丈夫⁉︎」

「……ん」

 沙希の呼び掛けに、少し間を置いて風夜の目が薄く開いた。
 心配する沙希の顔を見返し、意識を取り戻そうとぶるぶると頭を振る。
 それを見た沙希は胸が安堵あんどで広がる。

「ん……沙希……。あれ……ここ、どこだ?」

「わからない……空洞に手を入れた時、急に目の前が光で見えなくなって、それで、気づいたらここにいた感じ……」

 沙希の説明を聞いて、風夜は気の抜けた声で「思い出した……」とだけ答えた。

「大丈夫? どこか痛いとか……具合悪いとかない?」

「体は平気だけど……霊力はかなり消耗したな。お陰で人型に戻れねぇ……」

 小さな顎がぐったりと沙希の腕にポスッと乗った。

「……〝合神術〟で霊力を使い過ぎたからね」

 沙希の目が申し訳なさそうに伏せられる。
 合神術は自分『一人』だけのものではなかったことに改めて気がついたのだ。

「ごめん……そこまで考えないで動いちゃって……」

「何で謝るんだよ……やっとできたんだからもっと喜べよ」

 風夜の首が沙希の方に向く。

「それより、お前こそ大丈夫なのかよ」

「……気を失っている間に、少しだけ回復したみたい」

「ならよかった」

「取りえず、状況を把握しようか……」

 言いながら、沙希は部屋の周囲を見渡す。
 一見からして風情のある場所に思えるが、沙希はこの部屋に伝わってくる気配に既視感きしかんを覚えていた。
 沙希はそのことを口にしようとした時、風夜が先に口を開いた。

「俺の考えが正しければ、ここは夕凪の精神空間だな」

「夕凪の……――あっ……」

 そこで沙希は風夜の精神空間に入った出来事を思い出し、この部屋から感じる気配と繋がった。

「もしかしたら……」

 考えられる可能性として、この空間のどこかに夕凪の魂が存在するはずだ。

「夕凪は、この空間のどこかにいる」

 風夜も同じように考えていた。

「…………」

 沙希が顔を下に向けると、こちらを振り向いた風夜と視線が合う。
 何も言わずとも、二人の答えは決まっていた。
 沙希は風夜を自分の肩に乗せ、早足で部屋を出た。

 狭い板張りの廊下に出ると沙希は思わず足を止め、顔を左右に向ける。
 どこに進もうか悩んだが、勘に頼って歩き始めた。

(この空間も……夕凪の記憶の一部でできているのかな)

 そう考えながら、沙希は手近にあるふすまが開いた部屋に入った。
 そこは小綺麗に整頓された六畳部屋で丸の形をした障子窓から月明かりが差し込み、薄暗い室内を照らしている。

「これって……」

 窓付近の小さい木机に、ひもで閉じられた古い本が置いてあった。
 沙希は何気なく本を手に取り、紙の一面をめくっていくと、手記らしきものがつづられていた。
 古い筆記体だが、読めないほどではない。

「誰の手記だろう……」

 沙希の肩にいる風夜は、彼女が手にしている手記を見て、驚いた顔をする。

「この筆跡……夕凪の字だ」

「え、これ夕凪の手記ってこと?」

「間違いない」

 断言する風夜に、沙希は手記に視線を戻し、書き記された出来事を読み始めた。



『ついに僕たちの番が周って来た。
 依頼の内容は、山奥に存在する村に取り憑いた毒龍を退治することだ。

 今回は命をかけた任務になるかもしれない。
 なぜなら、その村の依頼で送り込んだ数名の陰陽師と真神たちの消息が絶ったのだ。
 かなりの強敵と相手になるだろう』


 内容から察するに、夕凪たちが毒龍の棲みつく村に訪れた時の出来事のようだ。
 沙希は次のページをめくり、文章を読み進めた。


『僕と結月は毒龍に苦しめられている村に訪れた。
 周りを見れば、村人たちは皆暗い顔をしていた。

 当然だ。
 あの恐ろしいものが自分たちの村に棲みついていると思うと、気が気じゃないだろう』


 文章を読んでいるうちに、以前の夕凪は客観的に相手のことを考える優しい人だと感じさせられた。


『長旅で疲れた体を温存させ、僕と結月は毒龍が現れた場所へ調査に向かった。
 山の中に入ると、毒龍の瘴気しょうきの影響か、緑は枯れ果て、動物の鳴き声も聞こえなかった。

 毒龍が通った跡なのだろう。
 日が高くなるまで調査を続け、毒龍の住処と思われる湖を見つけた。
 奴は湖の底で眠っているようだ』


 手記は毎日記されているわけではなく、間隔かんかくに空いていた。


『気分が優れなく、村人たちが用意してくれたこの家屋で過ごすことにした。
 結月も縁側で暗い顔をして、空を眺めていた。

 きっと僕も同じような表情をしているのだろう。
 時間が過ぎる度、不安がつのっていくばかりだ』


 夕凪はこの場所で手記を綴っていたことがわかった。
 そして、記憶の一部であるこの家屋で結月と過ごしていたのだろう。


『調査に行って以来、妙な違和感がした。
 山だけではない。

 村人たちから感じる冷たい空気に引っ掛かりを覚えた。
 その正体が何なのかわからない』


 次の手記はそれから五日後になっていた。


『いよいよ明日の晩。
 これまでとは違う戦いになる。

 結月と初めて出会った時と変わらず、彼女を守り抜く覚悟はできている。
 絶対にこの呪いを断ち切ってみせる』


 そこで手記は終わっていた。
 それ以降から最後まで、白紙のページが続いている。

 沙希は閉じた手記から顔を上げ、静寂せいじゃくに包まれた夜空を眺めた。
 この空間は夕凪にとって、あの日から時間が止まっているように感じた。

 ――う、うぅ……ひっく……。

「え……?」

 突然、脳内に直接響くような子供の啜り泣く声が聞こえた。
 沙希は意識を集中させ、体を動かした。

「向こうから聞こえるな」

 どうやら風夜も聞こえているらしい。
 彼の言葉に従い、沙希は部屋を出て、廊下を歩き始めた。

 ――ぅ……っ、ひっく、うぅ……。

 その声は切なく苦しそうに聞こえた。
 声がする方に向かうと、幾分か大きくなり、いつの間にか玄関に辿り着いた。

「外から……?」

 耳から入ってくる声ではないが、外から聞こえるという確信があった。
 沙希は外へ出ると、隣に小さい納屋なやが建てられていることに気づいた。

「あそこからだ……」

 沙希の足取りは迷いなく、納屋の方へ向いた。
 近づく度に、だんだんと声が大きくなってくる。
 納屋に入ると、側面に農具が立て掛けており、わらが積み上がっていた。

 そこに、声主の姿はなかった。
 でも、ここで聞こえるのは間違いなかった。

「ん……?」

 中央を見ると、不自然に置かれている木箱があった。
 もしや廃病院の地下と同じ隠れた通路があるのではと考え、沙希は木箱を退かしてみた。

「やっぱり……」

 沙希の予想は当たっていた。
 思った通りに木箱を退かすと、四角い空洞の下に階段が現れた。
 声主の存在は、階段の向こうにいるのが明らかだった。

「暗いから気をつけろよ」

 風夜の注意に、沙希はうん、と頷き返す。
 緊張しながら階段を一歩ずつ下りていくと、暗影が沙希の身を包む。

 けど、不思議と怖くなかった。
 肩越しにふわふわした温もりが安心感を伝えているからだろう。
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