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第十章 嘘と真実
第四十八話 蘇る記憶
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「何あれ?」
個室で窓の外を眺めながら祐介と陽向の帰りを待っていた沙希は、灰色の雲の境目に雷が迸る黒い雷雲を見つけた。
「割と近いな……」
子狼の姿で沙希の肩の上に乗っている風夜が呟く。
「行ってみよう! もしかしたら、南雲さんと陽向君がいるかも!」
明らかに普通の雷雲ではないと感じた沙希は、急いで南雲宅を飛び出し、住宅街を駆け抜ける。
「南雲さんたち、夕凪の仲間の誰かと交戦してるのかな!?」
嫌な予感がした沙希は、肩のいる黒い塊に答えを求める。
「恐らくな」
「だったら、早く行かないと!」
沙希は雷雲が出現している方角に向かって走り出した。
✿ ✿ ✿
「南雲さん! 陽向君!」
沙希は雷雲が出現地点である公園に辿り着いた。
戦闘に集中していた祐介と陽向は、沙希の声に気づき、こちらを振り向く。
「西山さん!」
「お嬢!」
沙希は加勢しようとフェンスを通り抜けた。
祐介たちがいる広場まで来ると、沙希はすぐさま日本刀を出現させる。
同時に肩に乗っていた黒い塊が飛び降りると、瞬時で人型に変える。
「二人共大丈夫ですか?」
「問題ない。西山さん、気をつけて。おかしいんだ……夕凪から全く殺気を感じない」
「え?」
そう言われ、沙希は祐介と陽向を交互に見る。
かなり苦戦しているように見えたが、祐介と陽向に目立った外傷はない。
夕凪が何の目的で祐介と陽向の前に現れたのかは不明だが、沙希は油断しないように警戒態勢を取る。
「仲間のピンチにすぐに駆けつけるなんて、涙が出ちゃうな~」
夕凪は演芸でも見ているかのように、嘲交じりに笑い出す。
「…………」
沙希は睨みつけるように夕凪を見据えた。
『夕凪さんは、悪戯に戦争を引き起こそうとしているわけじゃない。あの人は目的があるんだ』
ふと紫雨の言葉が過る。
「夕凪……アンタ、何をしようとしているの……」
一向に解けていない夕凪の目的に、沙希はおもむろに問い掛けた。
夕凪が下界を目の仇にしてまで、一体何を成し遂げようとしているのか。
「僕が何をしようとしているかだって……」
沙希が発した問いに、夕凪の楽しげに笑っていた表情が凍てつくような冷たい表情に変わった。
「結月の無念を晴らしたい……」
夕凪の瞳が紅に染まる。
「え……?」
夕凪は目の前にいる四人へ向かって語り始めた。
「結月を裏切ったこの世界を……憎しみの念を残したまま晴らせない恨みを……僕はそれに応えたい」
夕凪の声に怒気が帯びる。
「どういうこと……?」
陽向がファミレスで話していた遠い過去と辻褄が合わなく、沙希は夕凪の言っている意味がわからなかった。
夕凪は静かに話を続ける。
「かつて下界へ復讐を誓った僕の前に、ある巫女と真神に邪魔をされた」
夕凪の視線の先がある人物に向けられる。
「……?」
向けられた赤い瞳は、風夜を捉えていた。
「そう、君だよ」
「風夜?」
沙希は隣に立つ風夜を見る。
夕凪の口調からして、風夜が過去に彼と関わりがあったことを表していた。
しかし、風夜は覚えのないと言った顔をしていた。
「何のことだ……?」
風夜が眉を下げてそう返すと、夕凪は切なそうに肩を竦める。
「寂しいな……僕のことを忘れるなんて……それもこれも、そこの赤毛君が関係しているようだね」
夕凪は陽向に一瞥する。
「まさか……!」
陽向はそこで、夕凪がどうして自分と祐介の前に姿を現した意図に気づいた。
夕凪の本命は風夜で、自分たちは彼を誘き出すための囮だということを。
「彼が君たちに何を吹き込んだかは知らないけど、風夜は僕と……――」
「言うなッ!!」
陽向は夕凪の言葉を遮るように叫んだ。
「ユウ……ここは撤退しよう」
「陽向……?」
震える声で言う陽向の顔は、今まで見たことのない焦燥に満ちていた。
「おれが幻術で夕凪の気を引くから、ユウはお嬢とフウちゃんを連れて逃げて……」
夕凪がこれ以上何かを言う前に、その場を去る必要があるように聞こえた。
祐介は少し前に陽向が切り出そうとした話と関係しているのかと多少疑問はあったが、ここは陽向の言うことに従おうと考えた。
「――逃がさないよ」
リーン……リーン……
「――!」
夕凪に幻術を掛けようとした陽向は彼の視線と交わった瞬間、突然鈴の音が聞こえた。
そこだけ時間が止まったみたいに、陽向は呆然と美しく鳴り響く音色に思わず聞き入ってしまう。
(しまっ……)
気づいた時にはもう遅かった。
耳を塞ぐ余地はなく、その音色は陽向の耳から脳に侵入し、やがて意識を支配した。
「陽向……?」
陽向は俯き加減に固まったまま動かない。
祐介は陽向に歩み寄るが、途中で異変を感じてやめる。
「…………」
妙に様子が変だ。
祐介が声を掛けても陽向は反応を示さない。
その時、陽向は弾かれたように頭を上げた。
ザシュ!
「……!?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
腕に軽い痛みが走り、祐介は恐る恐るそこに視線を向ける。
気づけば、着ている白いワイシャツの袖が横一線に破れ、薄く裂けた二の腕から血が滲んでいた。
突然、陽向が手にしている苦無の衝撃波が祐介の脇を通り過ぎたのだ。
「…………」
陽向は無言のまま、鋭い眼差しで祐介を見ていた。
その瞳には感情が宿っていなく、無機質だった。
すると、陽向は低く体勢を取って、祐介の間合いを詰めて来る。
陽向が手にしている苦無の切っ先が襲い掛かり、祐介は咄嗟に炎の霊力を纏った両拳で防御する。
「陽向!」
名前を呼んでも、陽向は何も答えなかった。
この状況からして、夕凪が何かしたのだと祐介は悟った。
「……やめろ! 陽向!」
祐介が必死に声を掛けても、陽向は表情を変えずに淡々と苦無を突き出す。
機械的な動きで、祐介に攻撃の隙を与えないよう幾度も繰り返される。
「陽向君!?」
陽向が祐介を一方的に攻撃していることに気づいて、沙希は驚きを隠せずにいた。
「風夜! 陽向君が!」
沙希は振り返って、風夜を呼び掛ける。
「……風夜?」
風夜は今の状況に気づいていないのか、夕凪をジッと見つめていた。
「…………」
風夜は先ほど夕凪の発した言葉が頭から離れなかった。
夕凪が浮かべる楽しげな笑顔に、風夜はある光景を蘇らせた。
それは夢に現れた満開の桜の森だ。
その中で幼い風夜が『誰か』に手を引かれて走っている。
視線を上げると、子供はゆっくりと振り返った。
今度は暈されてなく、はっきりと見える。
「……!」
風夜は目を疑った。
そこにいたのは、燃えるような赤髪をした陽向ではなかった。
――白い。
まず思ったのはそれだった。
頭から爪先まで、周囲に咲いている白桜みたいに真っ白で、今にも儚く消えてしまいそうに感じた。
そして、白い子供は幼い風夜に満面な笑顔を向けて、こう呼んだ。
『フウちゃん!』
風夜はハッと顔を上げ、驚きで目を見開かれる。
「……なん、で」
そう。
風夜は彼を知っていたのだ。
夕凪は風夜の反応に嬉しそうな笑みを浮かべたかと思いきや、更に追い打ちの言葉を掛けた。
「やっと思い出した。君が……――僕と同じ毒龍の器だということをね」
「――!」
風夜の中で何かが弾けた。
ダムが決壊するように、封じられていた記憶が頭の中に流れ込んでくる。
同時に風夜が今まで信じてきたものが、絶望へと覆された。
「ひぃ……ひぃ……ひぃ」
風夜は過呼吸気味に肩を上下させながら、体を震わせている。
「風夜!?」
様子がおかしいことに気づいた沙希は、風夜に駆け寄る。
「風夜、大丈夫!?」
沙希は風夜の両肩に手を置いて、必死に呼び掛ける。
肩から触れられた熱に気づいた風夜はゆっくりと沙希の方を向いた。
「……!」
沙希と目が合った瞬間、誰かと重なる。
風夜はずっと前から、沙希の無垢な瞳が彼女に似ている気がしたのだ。
「……千明」
風夜は小さな声でその名前を呟いた。
その瞬間、風夜の頭の中で幾つもののイメージが同時に駆け巡った。
桜の森、沙希に似た少女、そして、赤い彼岸花――……。
流れ込んでくる断片的な記憶がパズルのように次々と嵌っていく。
『こっちだよ、風夜ー!』
形を持って現れた記憶の光景に、沙希に似た巫女が眩しい笑顔で風夜を呼んだ。
その刹那、何かが裂ける不吉な音と共に満面な笑みを浮かべていた巫女の体が真っ赤に塗り潰された。
「っ!」
そして、風夜は思い出した。
どうして自分は赤い彼岸花が嫌いなのか。
夢に見た美しく咲き乱れる彼岸花の光景を、風夜は前に一度だけ見たことがあった。
だが、そこにあるのは彼岸花ではなく、潮のように流れる彼岸花よりも濃い真っ赤な血が広がっていた。
『何で……こんな……嫌だ』
風夜は夢に現れた桜の巨木の傍らで、血濡れで横たわる巫女を抱えて泣いていた。
風夜は冷たくなっていく巫女の体を温めようと強く抱き締めた。
『返事、してよ……』
必死に呼び掛けても、巫女は何も答えてくれなかった。
それでも、風夜は巫女に何度も呼び掛ける。
必ず自分の声に気づいて、目を覚ましてくれると思っていた。
だが、その無意味な希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
『あ……ああ……あああ』
風夜は掌で巫女の青白い頬に触れる。
もう呼吸と心臓の音も聞こえない。
個室で窓の外を眺めながら祐介と陽向の帰りを待っていた沙希は、灰色の雲の境目に雷が迸る黒い雷雲を見つけた。
「割と近いな……」
子狼の姿で沙希の肩の上に乗っている風夜が呟く。
「行ってみよう! もしかしたら、南雲さんと陽向君がいるかも!」
明らかに普通の雷雲ではないと感じた沙希は、急いで南雲宅を飛び出し、住宅街を駆け抜ける。
「南雲さんたち、夕凪の仲間の誰かと交戦してるのかな!?」
嫌な予感がした沙希は、肩のいる黒い塊に答えを求める。
「恐らくな」
「だったら、早く行かないと!」
沙希は雷雲が出現している方角に向かって走り出した。
✿ ✿ ✿
「南雲さん! 陽向君!」
沙希は雷雲が出現地点である公園に辿り着いた。
戦闘に集中していた祐介と陽向は、沙希の声に気づき、こちらを振り向く。
「西山さん!」
「お嬢!」
沙希は加勢しようとフェンスを通り抜けた。
祐介たちがいる広場まで来ると、沙希はすぐさま日本刀を出現させる。
同時に肩に乗っていた黒い塊が飛び降りると、瞬時で人型に変える。
「二人共大丈夫ですか?」
「問題ない。西山さん、気をつけて。おかしいんだ……夕凪から全く殺気を感じない」
「え?」
そう言われ、沙希は祐介と陽向を交互に見る。
かなり苦戦しているように見えたが、祐介と陽向に目立った外傷はない。
夕凪が何の目的で祐介と陽向の前に現れたのかは不明だが、沙希は油断しないように警戒態勢を取る。
「仲間のピンチにすぐに駆けつけるなんて、涙が出ちゃうな~」
夕凪は演芸でも見ているかのように、嘲交じりに笑い出す。
「…………」
沙希は睨みつけるように夕凪を見据えた。
『夕凪さんは、悪戯に戦争を引き起こそうとしているわけじゃない。あの人は目的があるんだ』
ふと紫雨の言葉が過る。
「夕凪……アンタ、何をしようとしているの……」
一向に解けていない夕凪の目的に、沙希はおもむろに問い掛けた。
夕凪が下界を目の仇にしてまで、一体何を成し遂げようとしているのか。
「僕が何をしようとしているかだって……」
沙希が発した問いに、夕凪の楽しげに笑っていた表情が凍てつくような冷たい表情に変わった。
「結月の無念を晴らしたい……」
夕凪の瞳が紅に染まる。
「え……?」
夕凪は目の前にいる四人へ向かって語り始めた。
「結月を裏切ったこの世界を……憎しみの念を残したまま晴らせない恨みを……僕はそれに応えたい」
夕凪の声に怒気が帯びる。
「どういうこと……?」
陽向がファミレスで話していた遠い過去と辻褄が合わなく、沙希は夕凪の言っている意味がわからなかった。
夕凪は静かに話を続ける。
「かつて下界へ復讐を誓った僕の前に、ある巫女と真神に邪魔をされた」
夕凪の視線の先がある人物に向けられる。
「……?」
向けられた赤い瞳は、風夜を捉えていた。
「そう、君だよ」
「風夜?」
沙希は隣に立つ風夜を見る。
夕凪の口調からして、風夜が過去に彼と関わりがあったことを表していた。
しかし、風夜は覚えのないと言った顔をしていた。
「何のことだ……?」
風夜が眉を下げてそう返すと、夕凪は切なそうに肩を竦める。
「寂しいな……僕のことを忘れるなんて……それもこれも、そこの赤毛君が関係しているようだね」
夕凪は陽向に一瞥する。
「まさか……!」
陽向はそこで、夕凪がどうして自分と祐介の前に姿を現した意図に気づいた。
夕凪の本命は風夜で、自分たちは彼を誘き出すための囮だということを。
「彼が君たちに何を吹き込んだかは知らないけど、風夜は僕と……――」
「言うなッ!!」
陽向は夕凪の言葉を遮るように叫んだ。
「ユウ……ここは撤退しよう」
「陽向……?」
震える声で言う陽向の顔は、今まで見たことのない焦燥に満ちていた。
「おれが幻術で夕凪の気を引くから、ユウはお嬢とフウちゃんを連れて逃げて……」
夕凪がこれ以上何かを言う前に、その場を去る必要があるように聞こえた。
祐介は少し前に陽向が切り出そうとした話と関係しているのかと多少疑問はあったが、ここは陽向の言うことに従おうと考えた。
「――逃がさないよ」
リーン……リーン……
「――!」
夕凪に幻術を掛けようとした陽向は彼の視線と交わった瞬間、突然鈴の音が聞こえた。
そこだけ時間が止まったみたいに、陽向は呆然と美しく鳴り響く音色に思わず聞き入ってしまう。
(しまっ……)
気づいた時にはもう遅かった。
耳を塞ぐ余地はなく、その音色は陽向の耳から脳に侵入し、やがて意識を支配した。
「陽向……?」
陽向は俯き加減に固まったまま動かない。
祐介は陽向に歩み寄るが、途中で異変を感じてやめる。
「…………」
妙に様子が変だ。
祐介が声を掛けても陽向は反応を示さない。
その時、陽向は弾かれたように頭を上げた。
ザシュ!
「……!?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
腕に軽い痛みが走り、祐介は恐る恐るそこに視線を向ける。
気づけば、着ている白いワイシャツの袖が横一線に破れ、薄く裂けた二の腕から血が滲んでいた。
突然、陽向が手にしている苦無の衝撃波が祐介の脇を通り過ぎたのだ。
「…………」
陽向は無言のまま、鋭い眼差しで祐介を見ていた。
その瞳には感情が宿っていなく、無機質だった。
すると、陽向は低く体勢を取って、祐介の間合いを詰めて来る。
陽向が手にしている苦無の切っ先が襲い掛かり、祐介は咄嗟に炎の霊力を纏った両拳で防御する。
「陽向!」
名前を呼んでも、陽向は何も答えなかった。
この状況からして、夕凪が何かしたのだと祐介は悟った。
「……やめろ! 陽向!」
祐介が必死に声を掛けても、陽向は表情を変えずに淡々と苦無を突き出す。
機械的な動きで、祐介に攻撃の隙を与えないよう幾度も繰り返される。
「陽向君!?」
陽向が祐介を一方的に攻撃していることに気づいて、沙希は驚きを隠せずにいた。
「風夜! 陽向君が!」
沙希は振り返って、風夜を呼び掛ける。
「……風夜?」
風夜は今の状況に気づいていないのか、夕凪をジッと見つめていた。
「…………」
風夜は先ほど夕凪の発した言葉が頭から離れなかった。
夕凪が浮かべる楽しげな笑顔に、風夜はある光景を蘇らせた。
それは夢に現れた満開の桜の森だ。
その中で幼い風夜が『誰か』に手を引かれて走っている。
視線を上げると、子供はゆっくりと振り返った。
今度は暈されてなく、はっきりと見える。
「……!」
風夜は目を疑った。
そこにいたのは、燃えるような赤髪をした陽向ではなかった。
――白い。
まず思ったのはそれだった。
頭から爪先まで、周囲に咲いている白桜みたいに真っ白で、今にも儚く消えてしまいそうに感じた。
そして、白い子供は幼い風夜に満面な笑顔を向けて、こう呼んだ。
『フウちゃん!』
風夜はハッと顔を上げ、驚きで目を見開かれる。
「……なん、で」
そう。
風夜は彼を知っていたのだ。
夕凪は風夜の反応に嬉しそうな笑みを浮かべたかと思いきや、更に追い打ちの言葉を掛けた。
「やっと思い出した。君が……――僕と同じ毒龍の器だということをね」
「――!」
風夜の中で何かが弾けた。
ダムが決壊するように、封じられていた記憶が頭の中に流れ込んでくる。
同時に風夜が今まで信じてきたものが、絶望へと覆された。
「ひぃ……ひぃ……ひぃ」
風夜は過呼吸気味に肩を上下させながら、体を震わせている。
「風夜!?」
様子がおかしいことに気づいた沙希は、風夜に駆け寄る。
「風夜、大丈夫!?」
沙希は風夜の両肩に手を置いて、必死に呼び掛ける。
肩から触れられた熱に気づいた風夜はゆっくりと沙希の方を向いた。
「……!」
沙希と目が合った瞬間、誰かと重なる。
風夜はずっと前から、沙希の無垢な瞳が彼女に似ている気がしたのだ。
「……千明」
風夜は小さな声でその名前を呟いた。
その瞬間、風夜の頭の中で幾つもののイメージが同時に駆け巡った。
桜の森、沙希に似た少女、そして、赤い彼岸花――……。
流れ込んでくる断片的な記憶がパズルのように次々と嵌っていく。
『こっちだよ、風夜ー!』
形を持って現れた記憶の光景に、沙希に似た巫女が眩しい笑顔で風夜を呼んだ。
その刹那、何かが裂ける不吉な音と共に満面な笑みを浮かべていた巫女の体が真っ赤に塗り潰された。
「っ!」
そして、風夜は思い出した。
どうして自分は赤い彼岸花が嫌いなのか。
夢に見た美しく咲き乱れる彼岸花の光景を、風夜は前に一度だけ見たことがあった。
だが、そこにあるのは彼岸花ではなく、潮のように流れる彼岸花よりも濃い真っ赤な血が広がっていた。
『何で……こんな……嫌だ』
風夜は夢に現れた桜の巨木の傍らで、血濡れで横たわる巫女を抱えて泣いていた。
風夜は冷たくなっていく巫女の体を温めようと強く抱き締めた。
『返事、してよ……』
必死に呼び掛けても、巫女は何も答えてくれなかった。
それでも、風夜は巫女に何度も呼び掛ける。
必ず自分の声に気づいて、目を覚ましてくれると思っていた。
だが、その無意味な希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
『あ……ああ……あああ』
風夜は掌で巫女の青白い頬に触れる。
もう呼吸と心臓の音も聞こえない。
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