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シーズン1
第8話 前編
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キケンなバディ! 第一期
第二章 港街の住人
1
一九八四年(昭和五九年)八月上旬。残暑厳しい中、真部は自分の部屋に籠っていた。
俺の部屋は誰だろうと入室禁止で、大袈裟ながら聖域ともいえる。
間取りは一般のアパートの一室とほぼ同じで、トイレあり風呂なし(真部の部屋だけ改築によりシャワールームあり)、電気、ガス、水道などライフラインは充実している。
真部の部屋のベッドは、粗大ごみ置き場にあったものを拝借、1ドア式小型冷蔵庫にはお気に入り銘柄の缶ビールが保存されて、14インチテレビ、ビデオデッキは中古で、収納台には夏目雅子と山口百恵が主演を務めた映像作品、お気に入りの西部劇、時代劇のVHSがある。
特に重宝しているのは、レコードプレーヤーで、それは依頼人から譲ってもらった代物であった。依頼人は大手の家電メーカーに勤務しており、高価な音響機器一式を無料でくれて、依頼料の代わりであった。
真部はレコードをかけたまま、自身の下着が干されているベランダへと向かい、思い詰めた表情で煙草を咥えた。彼の頭の中はまともに機能しているが、夏女のことを思うと他の物事を受け付けなくなってしまう。
俺は先日の夏女が拉致されたことを思い出した。どうも腑に落ちない点が多すぎる。記憶障害の無防備の女がどうやって、無傷で助かったのか、犯人グループは誰に倒されたのか、現場にいた張本人に訊けば早い話だが、何も覚えていないようだ。夏女を攫った連中から情報を収集するしかない。
斎藤から聞いた話によると、取り調べ中の犯人グループの様子はおかしかった。尋常ではないほどの量の汗を掻き、何かに怯えているようであった。俺が関わった事件については罪を認めたが、夏女のことについては一切、口を開こうとしなかった。
よって、彼らに危害を加えたのは全部、俺ということになっている。それに間違いはないが、謎が残るばかりだ。
ただ、分かったことはいくつかある。
あくまで推測だが、犯人グループを倒したのは夏女だろう。
現場で彼女を発見した時、妙なものがいくつか眼に入った。
まず、拳銃だが、何故か彼女が立っていた付近に落ちていた。
そういえば、夏女の手のひらを見ると、ガンタコのようなものがあり、和田岬で発見された時、背中に銃創があることが分かった。
硝煙反応を調べなくても、夏女は銃の扱いに慣れていることが窺えるだろう。使用された拳銃の弾は人体に命中しておらず、恐らく威嚇のために撃ったと思われる。
また、拳銃の他に気になる物が落ちていた。それは煙草の吸殻で、犯人グループのものであったが、何故か、夏女がいた付近に落ちていた。フィルター部分がほとんど残っており、喫煙時間が短いことが分かる。もし、彼女が吸っていたとしたら…
恐らく、俺の気配に気づき慌てて踏み消したのだろう。試しに煙草を勧めても、彼女は吸おうとしなかった。喫煙者であることを隠す理由が分からない。
そして、煙草と言えば、夏女は縄で体の自由を奪われていたわけだが、煙草の火によって、それが解かれている。これは夏女が自力で解こうとしたことが窺える。
ただ、夏女の衣服に犯人グループの返り血や煙草灰が付着しても、いちいち調べたりしない。俺はもう刑事ではない。探偵のやり方で真実を暴こうと思うのだが、それにはある決意が必要となる。
「…コンコン」
その時、部屋の扉にノックする者が現れて、俺は我に返り、鍵を開けた。
「夕食の準備ができたんだけど…」
「ああ、ありがとう」
ここ最近、夏女に料理を作ってもらっていて、それはお世辞抜きで美味かった。久々にまともな家庭の味を胃袋に放り込めた。
「…今回は中華に挑戦してみたの、お口に合えばいいけど…」
夏女は自信のない顔で、手作り料理を俺に差し出すが、その展開にも飽きてきた。評価は勿論、満点以上であり、毎日、世界中の料理を味わうことができた。
「ご馳走さん~夏女は料理が上手いな~、良い嫁さんになるぞ~」
「それ程でもないよ~家事くらいはこなしていこうと思って…」
「掃除や洗濯、お遣いまでやってもらっちゃって…」
「そんなつもりはないわ、お小遣いだって要らないのに…」
「ほんのお礼だ…ところで大事な話があるんだ、聞いてくれるかい?」
真部たちは夕食を済ませた後、緊急の会合を行った。俺は夏女に発表すべきことが多々あった。
「大事な話って?」
「…お前と暮らし始めていろいろと考えたんだが…まず、これを見てほしい…」
俺はそう言って、卓上にある物を置いた。それはワイシャツのボタンくらいのサイズの物体である。
「…発信器だ、盗聴器の役割も果たす…これをお前の衣服に取り付けたいんだが…許可をもらえるかな?」
俺は夏女にとんでもない発言をしたが、反応が意外なものであった。
「…別に構わないけど、どうして発信器を?」
夏女の返事は早かったが、その直後、彼女は鋭い視線を俺に送って質問した。
「…先日、攫われたことがあっただろ…俺の仕事は危険が付き物、それはお前を守るための備えの一つ、プライバシーは侵害しないよ…信じてくれ」
「探偵って用心深い仕事なのね」
「まあね…これも必要になる時がある」
俺は夏女に愛銃のM29(44マグナム・6インチ)を見せたが…
夏女は薄い反応で落ち着いたままであった。変わった娘だ。
「…話はまだ続く?」
「ああ…実は…お前を助手として雇いたい…主な仕事は金の管理だ」
「私にそんなことできるかな~?」
「できるさ、お前は俺より千倍賢いからな、丁度、優秀な人材が欲しかったところだ…給料はちゃんと払うから心配すんな」
「はあ…」
夏女は真部の方針に対して、どうも浮かない表情であった。
第二章 港街の住人
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一九八四年(昭和五九年)八月上旬。残暑厳しい中、真部は自分の部屋に籠っていた。
俺の部屋は誰だろうと入室禁止で、大袈裟ながら聖域ともいえる。
間取りは一般のアパートの一室とほぼ同じで、トイレあり風呂なし(真部の部屋だけ改築によりシャワールームあり)、電気、ガス、水道などライフラインは充実している。
真部の部屋のベッドは、粗大ごみ置き場にあったものを拝借、1ドア式小型冷蔵庫にはお気に入り銘柄の缶ビールが保存されて、14インチテレビ、ビデオデッキは中古で、収納台には夏目雅子と山口百恵が主演を務めた映像作品、お気に入りの西部劇、時代劇のVHSがある。
特に重宝しているのは、レコードプレーヤーで、それは依頼人から譲ってもらった代物であった。依頼人は大手の家電メーカーに勤務しており、高価な音響機器一式を無料でくれて、依頼料の代わりであった。
真部はレコードをかけたまま、自身の下着が干されているベランダへと向かい、思い詰めた表情で煙草を咥えた。彼の頭の中はまともに機能しているが、夏女のことを思うと他の物事を受け付けなくなってしまう。
俺は先日の夏女が拉致されたことを思い出した。どうも腑に落ちない点が多すぎる。記憶障害の無防備の女がどうやって、無傷で助かったのか、犯人グループは誰に倒されたのか、現場にいた張本人に訊けば早い話だが、何も覚えていないようだ。夏女を攫った連中から情報を収集するしかない。
斎藤から聞いた話によると、取り調べ中の犯人グループの様子はおかしかった。尋常ではないほどの量の汗を掻き、何かに怯えているようであった。俺が関わった事件については罪を認めたが、夏女のことについては一切、口を開こうとしなかった。
よって、彼らに危害を加えたのは全部、俺ということになっている。それに間違いはないが、謎が残るばかりだ。
ただ、分かったことはいくつかある。
あくまで推測だが、犯人グループを倒したのは夏女だろう。
現場で彼女を発見した時、妙なものがいくつか眼に入った。
まず、拳銃だが、何故か彼女が立っていた付近に落ちていた。
そういえば、夏女の手のひらを見ると、ガンタコのようなものがあり、和田岬で発見された時、背中に銃創があることが分かった。
硝煙反応を調べなくても、夏女は銃の扱いに慣れていることが窺えるだろう。使用された拳銃の弾は人体に命中しておらず、恐らく威嚇のために撃ったと思われる。
また、拳銃の他に気になる物が落ちていた。それは煙草の吸殻で、犯人グループのものであったが、何故か、夏女がいた付近に落ちていた。フィルター部分がほとんど残っており、喫煙時間が短いことが分かる。もし、彼女が吸っていたとしたら…
恐らく、俺の気配に気づき慌てて踏み消したのだろう。試しに煙草を勧めても、彼女は吸おうとしなかった。喫煙者であることを隠す理由が分からない。
そして、煙草と言えば、夏女は縄で体の自由を奪われていたわけだが、煙草の火によって、それが解かれている。これは夏女が自力で解こうとしたことが窺える。
ただ、夏女の衣服に犯人グループの返り血や煙草灰が付着しても、いちいち調べたりしない。俺はもう刑事ではない。探偵のやり方で真実を暴こうと思うのだが、それにはある決意が必要となる。
「…コンコン」
その時、部屋の扉にノックする者が現れて、俺は我に返り、鍵を開けた。
「夕食の準備ができたんだけど…」
「ああ、ありがとう」
ここ最近、夏女に料理を作ってもらっていて、それはお世辞抜きで美味かった。久々にまともな家庭の味を胃袋に放り込めた。
「…今回は中華に挑戦してみたの、お口に合えばいいけど…」
夏女は自信のない顔で、手作り料理を俺に差し出すが、その展開にも飽きてきた。評価は勿論、満点以上であり、毎日、世界中の料理を味わうことができた。
「ご馳走さん~夏女は料理が上手いな~、良い嫁さんになるぞ~」
「それ程でもないよ~家事くらいはこなしていこうと思って…」
「掃除や洗濯、お遣いまでやってもらっちゃって…」
「そんなつもりはないわ、お小遣いだって要らないのに…」
「ほんのお礼だ…ところで大事な話があるんだ、聞いてくれるかい?」
真部たちは夕食を済ませた後、緊急の会合を行った。俺は夏女に発表すべきことが多々あった。
「大事な話って?」
「…お前と暮らし始めていろいろと考えたんだが…まず、これを見てほしい…」
俺はそう言って、卓上にある物を置いた。それはワイシャツのボタンくらいのサイズの物体である。
「…発信器だ、盗聴器の役割も果たす…これをお前の衣服に取り付けたいんだが…許可をもらえるかな?」
俺は夏女にとんでもない発言をしたが、反応が意外なものであった。
「…別に構わないけど、どうして発信器を?」
夏女の返事は早かったが、その直後、彼女は鋭い視線を俺に送って質問した。
「…先日、攫われたことがあっただろ…俺の仕事は危険が付き物、それはお前を守るための備えの一つ、プライバシーは侵害しないよ…信じてくれ」
「探偵って用心深い仕事なのね」
「まあね…これも必要になる時がある」
俺は夏女に愛銃のM29(44マグナム・6インチ)を見せたが…
夏女は薄い反応で落ち着いたままであった。変わった娘だ。
「…話はまだ続く?」
「ああ…実は…お前を助手として雇いたい…主な仕事は金の管理だ」
「私にそんなことできるかな~?」
「できるさ、お前は俺より千倍賢いからな、丁度、優秀な人材が欲しかったところだ…給料はちゃんと払うから心配すんな」
「はあ…」
夏女は真部の方針に対して、どうも浮かない表情であった。
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