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恩人探し
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夕食の一件に落ち込んでいたミンスだったが、ライムートの発言ですっかりいつもの調子に戻った。
ライムートは自分の分の紅茶を一口飲む。
「それで、ミンス様が脱走する目的は?」
コルネリアも腰を下ろし、主を見つめた。
二人にじっと見られたミンスは一回視線をそらしたあと、おもむろに口を開く。幼いころに出会った彼について、語り始めた。
「――で、俺はその人を探してるんだ」
ミンスの発言に、ライムートとコルネリアはそろって腕を組む。二人並ぶと動きがそっくりだな、とミンスは思った。
「念のためですが、その人のお名前は?」
ライムートが質問すると、ミンスはもちろん首を傾げた。
「さあ?」
「さあって!」
「名前は聞いてない」と肩をすくめるミンス。
騎士二人は顔を見合わせ、眉間にしわを寄せた。
外見の特徴くらいはわかるだろうということで、ミンスは早速彼の似顔絵を描くことにした。けれど二人はその絵を見てぽかんと口を開け、固まってしまう。
「え、上手すぎて言葉もでないのか?」
「「下手すぎます」」
二人は声をそろえて感想を述べると、今度はミンスがぽかんとした。
「特徴押さえてると思うけどな」
「探索魔法を使える者がいたら良かったですね」
絵が下手だと自覚のないミンスを無視し、ライムートは一人こぼす。
「兄さんは会ったことあるのですか?」
「いや、ない」
「ほんとにそんな魔法使える奴いるのかよ」
ミンスも怪訝な表情を浮かべ、再び会話に加わった。
探索魔法の適性がある者は、この世界に十人いるかどうかというくらいだ。人の記憶を見て、物や人を探し出すことができる。その魔法は非常に貴重なのだ。
――さすがにあの絵では見つかる者も見つからないと、翌日ミンスたちは情報を求め、書庫に向かった。王宮には書庫が二つある。一つは地下に、もう一つは三階に。
ミンスたちが来た地下の方には、読まれなくなった本が置かれていた。書庫には茶色い棚がズラッと並び、歴史書や地図、功績者の名前などがまとめられた冊子があった。色あせた分厚い本がたくさん詰まっている。棚に入らない書類は、長机の上に高く積み上げられていた。
「この辺りですかね」
ライムートが書類を抱えながらミンスの元へと運ぶ。ほこりが舞い歩き、ミンスは袖で口元を覆った。
その書類には王族の護衛を務めた魔法師や騎士の名前が書かれていた。優秀な人ならば、王宮に来たことがあるかもしれない。彼はミンスを助けたあと騎士団に向かっていた。まずは騎士から調べるとする。
一方、コルネリアは別の場所で地図を見つけた。カルシスア王国のその地図には、何個か丸い印が書かれている。
「ミンス様、兄さん、これを見てください」
三人で地図を囲む。
「なんの印だ?」とミンス。
「私もよくわからなくて」
ライムートは地図を持ち上げて凝視する。うーんと呻ると、やがて思いついたように「あ!」と言った。
「騎士団と魔法師団の場所ですよ」
「「なるほど!」」
ミンスとコルネリアは顔を見合わせた。
騎士団と魔法師団は、各地域に一団体ずつ置かれている。先ほどライムートが見つけた書類を手に、三人は早速その場所へ行ってみることにした。
まずは騎士団の拠点に向かう。門番が二人立っており、ライムートが事情を説明すると、少しだけ時間をもらえた。案内された応接室には団長と副団長がいた。
「ここに名前がある人は、騎士団にいるか?」
ミンスが書庫から持ってきた五枚の紙を渡す。騎士団にある名簿と照らし合わせてみると、現在も騎士として活動している者もいればそうでない者もいた。三人は得た情報を元に、一人ひとり訪問してみたのだが、どの人もミンスの探している人ではなかった。
一旦王宮に戻り昼食をとったあと、今度は魔法師団に向かうことにする。
「三人で行ってもあれだし、コルは探索魔法が使える者を探してくれないか?」
「わかりました、聞き込みしてきます」
コルネリアとわかれた二人が魔法師団に向かうと、副団長が出迎えてくれた。騎士団のときと同様名前を見てもらい、実際に会ってみた。が、それらしい人は見つからなかった。コルネリアの方も空振りだったようだ。
「――全然見つかんねぇ」
ミンスはその夜、一人考えを巡らせていた。王都で出会ったし、魔石をもっていたから、裕福な貴族だと思っていた。
……違う街も探すか。
ミンスはライムートたちに相談しようか迷ったが、すぐに思いとどまる。一人で旅をしてみたい。二人を信頼していないというより、好奇心の方が勝った。一人で知らない街に行くということに心躍っていたのだ。
王族は基本一人行動が許されていない。常に護衛がおり、自由が制限される。脱走を頻繁にするミンスは例外だが、王都からは一歩も出たことがなかった。
そうと決まれば早く行こう。ミンスは深夜、のそりと寝台から降り、身支度を始めた。『一人旅をしてくる』と書き置きをしておく。これで大丈夫だろう、たぶん。
ライムートは今就寝中で、コルネリアが見張りをしている。ミンスは扉の隙間をあらかじめ凍らせた。こういうとき『作用』の属性なら物体を操作できるのに。机を扉の前に置き、とりあえずの重り代わりにしておく。
外にも見張りがたくさんいる。窓から植木へ飛び乗った。何度もやっているからこれは楽勝だ。さて、ここからどうするか、身をかがめながら慎重に進む。黒いローブを着ているからそうは気づかれないはずだ。王宮は城壁に囲まれていて、登るのはいつものことなので得意だが、なんといっても気づかれやすい。
ミンスは地下を通ることにした。王宮には緊急時に備えて地下通路があるのだ。今朝の書庫室から地下通路に行けるので、一度城の中へと戻る。細心の注意を払いながら歩を進めた。
「ここだ……」
重い棚を少し右に動かし、通路を見つけた。こういうとき火が自在に操れればなぁとミンスは独りごちる。とはいえミンスも、火を出すことくらいはできる。長くはもたないが。
小さい炎を出し、通路を進んでいく。出口だ。はしごを上り、扉を開ける。
そこは植え込みだった。辺りに人がいないことを確認し、よっと地上へ降り立つ。王宮に近い位置にある広場に繋がっていたようだ。
「よっしゃ、行くか」
ミンスは一人意気込んだ。初めての一人旅にわくわくしている。
まず目指すは王都の南に位置する――ギルドアだ。
ライムートは自分の分の紅茶を一口飲む。
「それで、ミンス様が脱走する目的は?」
コルネリアも腰を下ろし、主を見つめた。
二人にじっと見られたミンスは一回視線をそらしたあと、おもむろに口を開く。幼いころに出会った彼について、語り始めた。
「――で、俺はその人を探してるんだ」
ミンスの発言に、ライムートとコルネリアはそろって腕を組む。二人並ぶと動きがそっくりだな、とミンスは思った。
「念のためですが、その人のお名前は?」
ライムートが質問すると、ミンスはもちろん首を傾げた。
「さあ?」
「さあって!」
「名前は聞いてない」と肩をすくめるミンス。
騎士二人は顔を見合わせ、眉間にしわを寄せた。
外見の特徴くらいはわかるだろうということで、ミンスは早速彼の似顔絵を描くことにした。けれど二人はその絵を見てぽかんと口を開け、固まってしまう。
「え、上手すぎて言葉もでないのか?」
「「下手すぎます」」
二人は声をそろえて感想を述べると、今度はミンスがぽかんとした。
「特徴押さえてると思うけどな」
「探索魔法を使える者がいたら良かったですね」
絵が下手だと自覚のないミンスを無視し、ライムートは一人こぼす。
「兄さんは会ったことあるのですか?」
「いや、ない」
「ほんとにそんな魔法使える奴いるのかよ」
ミンスも怪訝な表情を浮かべ、再び会話に加わった。
探索魔法の適性がある者は、この世界に十人いるかどうかというくらいだ。人の記憶を見て、物や人を探し出すことができる。その魔法は非常に貴重なのだ。
――さすがにあの絵では見つかる者も見つからないと、翌日ミンスたちは情報を求め、書庫に向かった。王宮には書庫が二つある。一つは地下に、もう一つは三階に。
ミンスたちが来た地下の方には、読まれなくなった本が置かれていた。書庫には茶色い棚がズラッと並び、歴史書や地図、功績者の名前などがまとめられた冊子があった。色あせた分厚い本がたくさん詰まっている。棚に入らない書類は、長机の上に高く積み上げられていた。
「この辺りですかね」
ライムートが書類を抱えながらミンスの元へと運ぶ。ほこりが舞い歩き、ミンスは袖で口元を覆った。
その書類には王族の護衛を務めた魔法師や騎士の名前が書かれていた。優秀な人ならば、王宮に来たことがあるかもしれない。彼はミンスを助けたあと騎士団に向かっていた。まずは騎士から調べるとする。
一方、コルネリアは別の場所で地図を見つけた。カルシスア王国のその地図には、何個か丸い印が書かれている。
「ミンス様、兄さん、これを見てください」
三人で地図を囲む。
「なんの印だ?」とミンス。
「私もよくわからなくて」
ライムートは地図を持ち上げて凝視する。うーんと呻ると、やがて思いついたように「あ!」と言った。
「騎士団と魔法師団の場所ですよ」
「「なるほど!」」
ミンスとコルネリアは顔を見合わせた。
騎士団と魔法師団は、各地域に一団体ずつ置かれている。先ほどライムートが見つけた書類を手に、三人は早速その場所へ行ってみることにした。
まずは騎士団の拠点に向かう。門番が二人立っており、ライムートが事情を説明すると、少しだけ時間をもらえた。案内された応接室には団長と副団長がいた。
「ここに名前がある人は、騎士団にいるか?」
ミンスが書庫から持ってきた五枚の紙を渡す。騎士団にある名簿と照らし合わせてみると、現在も騎士として活動している者もいればそうでない者もいた。三人は得た情報を元に、一人ひとり訪問してみたのだが、どの人もミンスの探している人ではなかった。
一旦王宮に戻り昼食をとったあと、今度は魔法師団に向かうことにする。
「三人で行ってもあれだし、コルは探索魔法が使える者を探してくれないか?」
「わかりました、聞き込みしてきます」
コルネリアとわかれた二人が魔法師団に向かうと、副団長が出迎えてくれた。騎士団のときと同様名前を見てもらい、実際に会ってみた。が、それらしい人は見つからなかった。コルネリアの方も空振りだったようだ。
「――全然見つかんねぇ」
ミンスはその夜、一人考えを巡らせていた。王都で出会ったし、魔石をもっていたから、裕福な貴族だと思っていた。
……違う街も探すか。
ミンスはライムートたちに相談しようか迷ったが、すぐに思いとどまる。一人で旅をしてみたい。二人を信頼していないというより、好奇心の方が勝った。一人で知らない街に行くということに心躍っていたのだ。
王族は基本一人行動が許されていない。常に護衛がおり、自由が制限される。脱走を頻繁にするミンスは例外だが、王都からは一歩も出たことがなかった。
そうと決まれば早く行こう。ミンスは深夜、のそりと寝台から降り、身支度を始めた。『一人旅をしてくる』と書き置きをしておく。これで大丈夫だろう、たぶん。
ライムートは今就寝中で、コルネリアが見張りをしている。ミンスは扉の隙間をあらかじめ凍らせた。こういうとき『作用』の属性なら物体を操作できるのに。机を扉の前に置き、とりあえずの重り代わりにしておく。
外にも見張りがたくさんいる。窓から植木へ飛び乗った。何度もやっているからこれは楽勝だ。さて、ここからどうするか、身をかがめながら慎重に進む。黒いローブを着ているからそうは気づかれないはずだ。王宮は城壁に囲まれていて、登るのはいつものことなので得意だが、なんといっても気づかれやすい。
ミンスは地下を通ることにした。王宮には緊急時に備えて地下通路があるのだ。今朝の書庫室から地下通路に行けるので、一度城の中へと戻る。細心の注意を払いながら歩を進めた。
「ここだ……」
重い棚を少し右に動かし、通路を見つけた。こういうとき火が自在に操れればなぁとミンスは独りごちる。とはいえミンスも、火を出すことくらいはできる。長くはもたないが。
小さい炎を出し、通路を進んでいく。出口だ。はしごを上り、扉を開ける。
そこは植え込みだった。辺りに人がいないことを確認し、よっと地上へ降り立つ。王宮に近い位置にある広場に繋がっていたようだ。
「よっしゃ、行くか」
ミンスは一人意気込んだ。初めての一人旅にわくわくしている。
まず目指すは王都の南に位置する――ギルドアだ。
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