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最終章 いかないで
第五話 昔話
しおりを挟む「鴉座」
「はい、何でしょう?」
鴉座は陽炎の頭を撫で続けながら、問いかけた。陽炎は、二人きりになれてから、ようやく涙を流した。
悔しげに、悔しげに涙を流して、鴉座にもたれ掛かる。
「俺、弱音を言わないことができなかった。本当は隠したかったんだ、こんな状態誰にも見られたくなかった。だけど――隠しきれなかった」
「……それで良いと思います。ねぇ、陽炎。どんな時でも、貴方は私を頼って? でないと、私の心は心配の余り張り裂けそうです。貴方は、強い人だといつも思っていました、勿論柘榴様のことも。ですが、――貴方達は強く見えるような鎧を、いつもつけていたのですね」
「――鎧なんて大層なものじゃない。ただの意地っ張りなだけさ」
陽炎は目を擦り、ふと苦笑した。鴉座が気遣ってくれるのが、心から安堵する。こんな言葉は言われたくないという言葉を避けてくれているから。
避けているようで、遠くからつついてくれているから。鴉座の頬を一回撫でてから、陽炎は立ち上がり、窓辺を見やった。
窓辺には、ブランコや、家庭菜園などがある。ふと気付いた、家庭菜園の近くに黒い影。あれは、冠座だ。そして――小さな岩の存在にも気づき、心痛めた。
いつかは、ぶつからなければならない――それなら、早めにぶつかった方がいいと陽炎は思った。
だが、勇気が湧かなくて、ただ黙って、唇を噛みしめ冠座の頼りない背中を見つめ続けて。
「――……陽炎」
「何だ、鴉座」
「……貴方ばかり弱音を漏らすのも悔しいでしょう。私からも一つ弱音を。私、冠座にどんな顔で話せばいいか分かりません。なので、貴方に伝言をお願いしても宜しくて?」
「今すぐか?」
「今すぐに。伝言は、――ごめんなさい、と」
鴉座はわざと陽炎に、理由をつけた。
会いに行く理由と、言いやすい謝罪を頼んだ。陽炎は鴉座を振り向いてから、真剣な面持ちで頷き、窓から飛び降り、そのまま冠座の元へ向かった。
冠座は、小さな岩の前に、庭の花を千切って集めた花束を置いていた。
この花たちは、確か野菜の花だ。
「陽炎」
冠座が振り返った。その頬には空知らぬ雨が降り注がれ、締め泣きしていた。
陽炎は、冠座に歩み寄り、その隣に並んだ。
一目で分かった、冠座が作った、獅子座の墓なのだと。
「変だよね、あの人はいるのに、違う人だなんて言うなんて。あたしが受け入れないといけないのに。一番にあたしが理解しなきゃいけないのに」
「――……鴉座から、伝言だ。ごめんなさいって」
「――陽炎からは? 陽炎からは、何か言葉はないの?」
冠座の冷たい一声に陽炎はくじけそうになるも、勇気を持って、謝る。生きてきた中で一番勇気を振り絞った瞬間であった。
「――お前が、獅子座を恋じゃないが、慕っていたのは知っていた。……ごめんな」
「……陽炎は、酷いんだね。あたしから、あの人の心だけじゃなく、存在だけじゃなく、あたし自身の正義感すらも奪っていく。陽炎を凄く責めたいのに、それはしちゃいけないって心もあるんだ」
冠座は、そっとしゃがみ込んで、風によってずれた野菜の花たちを並び直して、拝む。
陽炎もマネして、しゃがみ込んで墓に拝む。本物であって本物でない獅子座はいるというのに、墓など確かにおかしいかもしれないが、この墓は正解であろう。
「陽炎、獅子座はさ、農業するのも好きだったけど、陽炎たちの騎士であることも嬉しかったんだよ。花が好きでね、陽炎にいつも花を届けようとするたびに、蟹座が邪魔して花は散らばっていた。その花を、あたしが選んでいたんだ」
「……冠座、その……」
「大丈夫、何度謝っても許さないであげる。許しがほしいんじゃなくて、怒りが欲しいんでしょ、陽炎。大丈夫だよ、許さないから」
冠座に敵意があるわけではない。ただ、許さないだけで、その出来事をもう見ないようにしているだけなのだ。
見ないようにというとまた違う。その事実を受け止めた上で、許さないという結論を出した上で、冷静に陽炎に接しているだけだ。
陽炎の望む言葉をあげたわけでもなく、これは冠座の本音であることは何となく判った陽炎は、ほっとした。
「――陽炎、向こうで獅子座と沢山話せた? 今の獅子座じゃないほう」
「うん、沢山知って、仲良くなりたいって思った。これは本音。今まで個人的に話す機会がなかったから、もっと個人的に仲良くなって鷲座や蟹座みたいに接することができたらって思えた」
「――あの二人みたいにってことは、陽炎に思いを伝えられたんだね、獅子座。よかった……ちょっとそれが気になったんだ」
冠座は初めて、笑みを向けて、涙を拭った。
それから、立ち上がり墓石から背を向ける。背を向け、ブランコへ向かう。
「陽炎、ブランコ乗るからこいで」
「ああ、いいよ」
陽炎は静かに頷き微笑む。そして白いペンキに塗られたブランコに着くと、そこに冠座を乗せて、ゆっくりとこいでやる。冠座は、苦笑した。
「何だか、陽炎と個人的に話すの初めてな気がする、あたしも」
昔、主人であったころならば、個人的にデートだってしたこともあったけれど、今はそれを言ったら混乱するであろうから、陽炎は「そうだな」と頷いた。
冠座は微苦笑したまま、ブランコを繋いでいる大きな木の枝を見上げて、木陰の涼しさに気持ちよくなる。
「ずるいなぁ、陽炎は。結局、星座は皆陽炎が好きで、柘榴が好きだもん。どっちかの味方しろって言われたって、どっちの味方でいたくなるもん」
「――ずるくないよ、お前たち星座が優しいだけだ。ただの、柘榴の友人なだけで慕ってくれて」
「ううん、違うよ。何でだろう、あたし、陽炎はもっともっと深いところを知ってるような気がするんだ。何を知っているかは具体的に言えないけれど、敢えて言うなら、陽炎の本能を知ってる気がするんだ――あたしだけじゃなく、星座全員が、さ」
「……――冠座、なぁ、昔話を聞いてくれないか」
陽炎はブランコをこぐのをやめて、冠座の隣に座った。少し揺れたままのブランコは、陽炎を受諾し、乗せてくれた。
冠座は、きょとんとしてから、こくりと頷いた。
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