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最終章 いかないで
第四話 それが答えでしょう?
しおりを挟む陽炎に事件全てを話させた。
悪魔座が、きっと皆は、陽炎の口からどうなったかを聞きたいのだろうと思い、問いかけたのだった。
陽炎は頷き、静かに話し始める。お茶は鴉座ではなく、鷲座が気遣って鷲座が淹れたので皆が苦い顔をしていた。
鴉座には側にいてやれという無言の優しさを、鷲座から珍しく感じられて、鴉座は少し驚いたが、好意には従った。
陽炎はお茶の苦さなど気にならないように淡々と話し、最後には頭を抱えて、涙声交じりに全てを話し終えた。
全てを聞き終えると、蟹座が未だに泣いている鳳凰座をそっと離して、陽炎の前に突っ立った。
「殺したんだな」
「――……そう、ころ、した」
「お前の意志で殺したのか?」
「――ッ違う」
「けど、柘榴を刺そうとしてそうなったということは、そうなんだろう?」
「……――ご、めん。獅子座を、俺が殺した。柘榴も殺そうとしていた」
この震える肩を抱きしめてやりたい。陽炎の所為じゃないと、大犬座がわめくなか、蟹座は静かに思った。
だけど、この場で必要なのは、そんなことではない。
己の役目は、所詮「悪役」なのだから――。「悪役」というべきか、皆の誰しもが思う「本音」部分をそのまま口にしているだけだ。そう謂わば「正義」。
「そうやって自分に言い聞かせてる方が楽であろう? だからこそ、言ってやろうか。子猫はお前の手で死んだ。お前の意志で死んだ。お前のくだらぬ意地で死んだ」
「蟹座!!」
鴉座が反応して、きっと蟹座を睨んだ。鴉座は言い過ぎだろうと目で語っていたが、蟹座は気にした様子もなく、揶揄するように笑う。
「どうだ、一人五月蠅いのがいなくなって、寂しいか? 迷惑していたんじゃないのか、毎回子猫に言い寄られて。それが無くなって良かったな。それとも寂しいか、お人好し。これがお前の望んだ結果だというのに」
陽炎の目は見えない。頭を抱え、項垂れている。反応が欲しいのに、陽炎はずっと黙りこくって、しゃくり上げている。
意外な声が、一つ飛んできた。
「柘榴を追い出したのも君となる」
――鷲座だ。蟹座は驚いて、鷲座を見やると、鷲座は目を見開き陽炎を睨んでいた。
そこで気付く、嗚呼こいつも悪役になろうとしているのだと。
陽炎に「自分は悪くない」と言わせようとしているのだと、悲しみと怒りのやり場を作ろうとしているのだ。
お互い、この哀しい武人がまだ大好きなようなので、それゆえに分かり合えた感覚であった。
武人というべきか――、武人達というべきか。
「ッ柘榴を、傷つけたのも俺だ」
「そうですね。その結果、小生の唯一無二の主人である柘榴は、一人城に籠もってしまいました」
「……――うん」
「酷いことをされますね。獅子座の模型を、彼に見せるなんて」
「鷲座、蟹座……」
「全て君の所為だ」
「全てお前の所為だ」
二人が声を揃えて言うと、陽炎は、ようやく顔をあげた。
その顔は最初、悲しみしか描いていなかったが、すぐに――何故か笑みに変わった。
やんちゃさを残したような、笑みに。
「有難う」
この場にいた者の殆どが、何故有難うと笑うのかが判らなかった。
判ったのはきっと、絶望を抱いたことのある者のみ――。
どうしようもない絶望にぶちあたって、そんなときに誰もが責めようとしなかった者のみ。
通常ならば優しくされれば嬉しいだろう。だが、陽炎には今は、誰かが「お前の所為だ」と言ってくれる方がよっぽど楽になれる。
逃げ場を提供されてると判った故の、笑みだった。
悟られたことに気付いた蟹座たちは、舌打ちして、その場から去っていく。
徐々に他の星座たちも部屋に帰り、陽炎は、膝を抱え、いつまでも去らない兄の方を見やった。
「兄さん」
「ん?」
「失礼なことを言って良いかな」
「今の君ならば、どんな言葉も許容しよう。言ってみてご覧」
白雪は金貨チョコを取り出して、包み紙を開けて、チョコを少し囓る。
甘さと苦さが調和して、ほどよい美味しさになっている――とはいえ、所詮安物チョコ。安っぽい甘さが広がるだけでもあった。
まるで先ほどの、蟹座たちの茶番のように安っぽい甘さだと、白雪は思った。
「強い人って可哀想だと昔思ったんだ、兄さんを見て」
「うん――まぁ、何故だかは判るよ。続けて」
「だけどミシェルで力がない方が何もできなくて、可哀想なんだって思った」
陽炎は鴉座の手を握り、ソファーの上で膝を抱えている。
鴉座は何も喋らず側に居続け、彼が満足できるようにひたすら、優しく待ち続ける。
彼が何かして欲しいと言ったとき、すぐさま動けるように。
「力があってもなくても、結局は可哀想なんだ。結局は、辛い目にあうんだ」
「――それはちょっと違うかな。辛い目に君があいやすいのは、きっと君が若いから。若いから、判断を誤りやすいんだろう。その結果が、辛い目だ。……大丈夫、年がね、落ち着いていけば、徐々に平和になってゆくよ」
白雪は、にこ、とたおやかに微笑み、陽炎に歩み寄り頭を撫でた。
己は本当に弟馬鹿なのだと気付いた一瞬だった。普通ならば現実を見させようと、もっと鋭いことを言えた筈なのに、今は彼にどうしようもなく甘い。
優しくしてあげたくなる。甘やかせてやりたくなる。
「周りの見る目も、徐々に変わっていくだろう。年をとるにつれ。老いとは、様々な物が変わっていくものさ――いいもんだろう?」
「そうだね、うまく老いたらいいものだ――柘榴は、なのにオレのために老いを選ばなかった。オレのために、不安定になって……殺させてしまった、大事な友人を」
「陽炎くん、過ぎたことをあれこれと考えても駄目だよ――気になるなら、行けばいいじゃないか、空に。ああ、こんなことを言うと賛成派だと思われそうだから、言っておくけれど、オレは君が空に行くのならば、君たち星座とは離れようと思う。だって、城に行って仲直りってことは、君が下手にでるということだろう? やだね、優位な位置になれなくなるのは大嫌いだよ――もし、そういう覚悟があっても仲直りしたいという勇気があるのならば、大層危険だというお城へ行ってご覧?」
家族がばらばらになるのを条件にしたのには理由があった。
そこまで追い込んでの覚悟でなければ、陽炎は動かないであろうからだ。何より、己は元からそろそろこの弟を巣立てさせたいと思っていた。
今回がいい機会なのかもしれない、鴉座と生きていくことを選ぶ、とても良い機会なのかもしれない。
今はまだ賞金稼ぎができるからいいけれど、いつしか――年老いたとき、恨みを抱かれたままであったら、命が危険だ。
大勢で暮らすのが悪いことではないが、いつまでも寂しがりなままではいけない。成長せねばならないのだ。
何より、喧嘩した友達との仲直り方法を、教えたくもあり、柘榴が憎くもあった。
陽炎がどんな目に柘榴を追いつめたのか、それを理解しても柘榴が許せない。可愛い弟をここまで悲しませるほど依存させた現状が憎い。
このままでは、柘榴なしでは駄目になる。どうせ駄目になるならば、鴉座なしでは、のほうがまだ許せる。
柘榴はただの通りすがりの他人であり、どうでもいい存在だ。なのに、陽炎は柘榴の安らぎを頼りにしていた。
ここらで、それを打ち切らせたかった気持ちと、打開策を口にした結果であった。
「――考えさせて」
陽炎の答えは、今は納得のいく物ではなかったが、きっと彼ならば自分にとって何が正しい道か選ぶだろう。いつだって綺麗事を生み出してきた彼だ。
綺麗事を唱え続け、どんなことも諦めなかった彼なのだから。
――もし、答えが完全に出たとき、己たち家族は、ミシェルにでも暮らそう、そんな風に考えた。
ミシェルの国柄は好きだし、何より翡翠がいるから、蓮見への術伝えもできる。
白雪はゆっくりと、陽炎の額に口づけて、「さようなら」と口にした。
「君といるのは楽しかったよ、と先に礼を告げておくよ。心から有難う――夜の仔等よ」
雪は静かに、部屋から消え去った。
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