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最終章 いかないで
第三話 緊張
しおりを挟む誰もが驚いた。
誰もが止められなかった。
誰もが固唾を呑んで見守った。
屋敷の呼び鈴を押す陽炎に、大犬座が素早く反応した。
悪魔座がその背を引き寄せるように、止めた。
「自ら入ってくるのを待つんだね。鍵は持ってるはずだね」
「――ッ鍵を開けたくない瞬間って、あるはずよ! 持っていたって、誰かが歓迎してくれる我が家じゃなきゃ、帰りたくないはずよ!」
大犬座は、皆を振り切って、一人駆け出し、門まで出て行った。
門の外には、陽炎と鴉座と魚座。――獅子座はいない。あんなに、陽炎を同じレベルで取り合えた、楽しい星座はいない。否、気配はするけども、あれは別人だと判る。
――大犬座は、ぽとぽとと涙を零した。陽炎は、その涙に驚きもせず、ただ顔をまっすぐと大犬座に向けた。鉄格子の門越しに。
「ごめんな――全部、俺の所為だ」
「違う。全てが一人の所為になる、なんてことないの、幾らあたしでも知ってるもの。誰かしらに分散するもの、責任なんて。そんなこと言う人は、責任逃れしたくないって意地張ってる人よ」
大犬座は涙を拭い、門を慌てて開ける。
そして、門を開けて、陽炎に抱きつく。陽炎はその小さな背を抱き上げて、背中を軽く撫でる。
「お前にはいつも救って貰ってる気がする」
「――知らないもの。あたしは、陽炎ちゃんと過ごした時間を知らないから、救った時なんて知らないもの。今だって、救ってるんじゃない、ただ愛をぶつけてるだけよ」
大犬座は大声で泣き喚き、その声は屋敷中に広がる。やがて、我慢しきれなかったのか、――獅子座の死の匂いにより起きた幽霊座が現れ、鴉座に抱きついた。
幽霊座はぐすぐすと泣き、背の大きな自分を意識せず、鴉座に抱きついた。
「――ッカラス、様ぁ……」
「――お泣き、カレン」
秘密の名を、耳元でこそっと呼ぶと、幽霊座は益々泣き出す。そして、その二人の行動に我慢しきれなかった冠座が現れ、魚座に抱きつく。
魚座は、冠座と獅子座が仲良いのを知っている。何せ、抑制する星座であるためか、結構二人きりでいることが多かったのをその目で見てきた。
「魚座、魚座ァッ……! 平気だよ、大丈夫。ちょっと、冷静さを失ってるだけ……だから、ちょっとだけ泣かせて……!」
陽炎の味方をしたでもなく、陽炎だったわけでもなく、柘榴を止めようとした一人であった魚座の胸で。
魚座は、陰に隠れたその言葉の意味を理解し、抱き寄せた。
大好きだけど、少しはやりきれない憎い思いが陽炎たちに向けられているのだろう、きっと。
冠座は大泣きし――次に堪えきれなくなったのは、牡羊座。
牡羊座は耐えきれず、黒玉に戻ってしまった。白雪は戻るよう言う気持ちも、出ない。
今、現実を直視しろと言うことが正しいし、彼女の為になるはずだが、そう簡単に口にできるわけもなく――。
泣き崩れた鳳凰座に、蟹座は黙って近づき、鳥肌を我慢したまま頭を撫でてやった。
鳳凰座は蟹座からの接触に驚くが、すぐに泣きつき、めそめそと蟹座の胸で泣いた。
射手座は黙りこくって、鬼面をつけ、白雪に何か告げると黒玉へと戻った。白雪は蓮見を抱きかかえ、蟹座や鷲座を、悪魔座を見やった。最後に水瓶座を。
水瓶座は、目に何も感情を宿しては居なかった。哀しくはない、というわけではない。ただ、どんな感情もわき上がってはネガティブ発想に埋もれるだけなのだろう。
「――この結果で、満足か、字環。貴様の見たかった光景だろう、違うか? 貴様の好きそうな顔だ、ほらあんなにも泣くことなんて忘れたように笑っている。笑ってる癖に、無表情のような虚無さ。そう、あの顔には悲しみしか描かれてない。それで満足か?」
何かを押し殺すような声で、蟹座は鳳凰座を撫でながら、問いかけた――気配だけしか見せなかった字環に。
字環は問いかけられると姿を現し、白雪の言動に警戒しつつも、蟹座に笑いかけた。
「そうだね、昔は願っていた光景だ――だけど、今はそんなつもりはない」
「あれに同情でもしたのか――たかが子猫の命一つで」
獅子座のことを揶揄して、蟹座は笑った。鳳凰座は、泣くのに夢中で、ただ蟹座に縋り付いていて、蟹座は鳥肌を我慢し続ける。
その光景を見て、ほんの少しでもこの男は優しさなんてものを持ち合わせていたのか、それとも陽炎からの影響なのだろうかと思った。
そのどちらも違った。本来なら、己が陽炎にしてやりたいことを、鳳凰座に代わりにしているだけだ。
陽炎に向けるべき言葉は、慰めじゃないとココに残っている者達は、鳳凰座と水瓶座以外判っている。
だからこそ――字環は本音を語る。陽炎に決して言えぬ本音を。
「もう僕の中で、あの人は消えた。何一つヨゴレなど知らないような、間抜けなあの人は消え、今は現実を見るあの人がいる」
「悪いな、ココにいる者達は、その間抜けさが好きだった奴だ――だから、貴様を憎む。月よ、貴様さえいなければ、陽炎は……そもそも、オレ達のような妖仔などできずに済んだのにな」
その言葉は、字環には痛かったし、辛かった。
あの黒玉は最初は己の為に作った道具であったし、何より蒼刻一に妖仔を埋められることになるとは思わなかった。思わなかったで、済めば言い訳なんて生まれないはずだ。
字環は、頭をかくと、ちらりと白雪を見やった。
白雪は相変わらずの圧迫感で、それでいて穏やかであった。何故穏やかなのか、字環には理解できない。可愛い弟を苦しむ結果に追い込めた人物であるのに、己は。
もしも菫と陽炎に何かしらしてなければ、陽炎はミシェルで強くなりたいと願わずにすんだかもしれなかった。
柘榴も願わずにすんだかもしれなかった。
なのに、白雪はただ無表情で会話を聞き取ろうとしているだけで、時折蓮見の背を撫でている。
それが余計に恐ろしさを感じると言うことを、さも知っているかのように。
「怒らないんですね――白雪様」
「ん? ああ、起きたことはしょうがないし、何より……陽炎くんの結論をまだ聞いてないからね」
この茶髪の男は、返答次第で動くようだ。
道理で穏やかなわけだ、まだ彼には結果と呼べるものがあるわけではないからだ。
鷲座を見やる。鷲座の目も同じ色をしていた。珍しく糸目をしっかりと開いて、字環を睨んでいた。
睨んでから、窓辺へ視線を下ろし、陽炎をも睨んでいた。
――悲しみと怒りの激情がどろどろに溶け合ってるのだろう。
悪魔座を見やる。悪魔座だけが、優しい目をして、字環と目があうと苦笑していた。
悪魔座の存在は不思議だった。己を嫌うでも好むわけでもなく、いつだって中立だから。
長い月日が子供を子供らしからぬ存在にしたのだろうか? それならば幽霊座とて同じであってもいいはずなのに。
悪魔座は何かを達観しているような、全てお見通しという仏のような眼差しであった。悪魔という名前がつくのに。
「向こうで、柘榴様が世話になったみたいだね。有難う」
悪魔座のこのタイミングで、この言葉が異様に不思議であった。
空気を読まないで言ってるわけではない、寧ろ空気を読んで、和ませる為に言ったように聞こえた。
その言葉は他の者が言えば皮肉になりうるものなのに、悪魔座が言うと、不思議とはっと周りがする。
白雪でさえも、そうか、柘榴を止めようとしていた側なのか、と納得してる節があった。
字環は、この子供にはいつか何か御礼をしようと思いつつも、その場から消えた。
言葉を一つ残して。
「柘榴様の雲城は、今、危険だよ――」
それは言外に、来るな、永久に関わるなという意味であろう。
字環の声の名残が消える頃、陽炎がこの部屋に連れてこられた。
まず最初におかえりを言ったのは、白雪だった。
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