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最終章 いかないで
第二話 懐かしの友
しおりを挟むどんな言い訳をしろというのか。
どんな綺麗事を言えというのか。
どんな――事実を、どんな真実ならば口にできることができようか。
柘榴と己が、獅子座を殺した。封印されている彼は偽物だ。――とても、言えない哀しい現実。
だけど言わなければならない事実。
あの自分の住む家に帰るという決心に至るまでどれほどの勇気がいっただろう。
魚座と鴉座のお陰で、何とか帰る決心ができた。
女医のマチエに、ネクストだった土塊を植木鉢に入れて手渡すと、哀しげに笑った。
魚座が密かに後で教えてくれたが、あれは恋する者の目だったらしい。陽炎はそれを知ると、益々己の師匠のことも獅子座のことも哀しくなるのだった。
でも何よりも、身を切るように痛いのは、柘榴のことだった。
何もかもを拒否した柘榴。
彼にはお城しかない。それも今、彼の最強の術によって誰も入れないようになっているあの夕暮れの雲城しか。
あの城で、夕陽を見て、夜空を見て、朝日を見て何を思うのか。泣いてはいないだろうか、自分を責めてはいないだろうか。何かを後悔してるんじゃないだろうか。己がまだ傍にいなかったころの孤独を思いだしては居まいか。
陽炎は、鴉座の手にふと気付いた。
気付けば鴉座が手を己の手に絡ませて、繋いでくれていた。気付いて顔をあげれば、目があって、とても心配そうな目をした。だが目があうと、すぐに安心させるように笑いかけてくれた。
「陽炎、馬車は使わなくていいそうです。字環が、届けてくれるそうです――」
「はぁ? どういうことだ」
「――貴方の苦しむことだからですよ。……皆と会い、起きた事を、そのままに話す。貴方のとても苦しい……こと」
「相変わらず捻くれてるな」
「――いえ、これは以前の彼だったら言ったことだろうと思って口走ったことです。今の……あの占い師は、自分と蒼刻一様の関係と、あなた方の関係を重ねてる。酷く心を痛めておりました」
そういえば、あの占い師と、蒼刻一の関係性も中々に捻くれた関係であった。
互いを思いやって、互いを疎ましく思い――彼らは今、友好的な関係になっている。自分もそうなれるといい。いつか、いつか許される日がくればいい。
「いつ、出発するんだ?」
鴉座は気付いている。その言葉は「早く告白して、楽になりたい」と意味を含んでいることに。
鴉座は繋いでいる陽炎の手に力をこめて、できるだけ彼に安らぎを与えられるように、表情を作った。
きっと今、一番彼を癒せるのは、己だけだろうから。彼は、己次第で前向きにも後ろ向きにもなれる。
彼の力になりたいならば、もしくは彼らのことが好きならば、前向きにしてやりたい。
「陽炎、いいですね、これだけは覚えてください」
「何だ」
「力を手に入れたことは悪じゃないんです。結果、ぶつかってしまったとしても、悪だからぶつかったわけではないんです。力を手に入れたことを悔やまないでくださいね。そして――悔やんで、自ら死なないでくださいね」
最も鴉座や魚座、字環の懸念していたこと。それは、陽炎が自分を追いつめすぎて、自殺をしようとするのではないかということ。
だが陽炎の心は、そこまで――否、今までの事件があったからこそ、強くなっていた。
最初の頃、愛属性の鴉座が騙し込んでいた状態のままでは、きっと陽炎はそうしようとしていた。
だけど、彼は、柘榴と出会い、白雪と出会い、蒼刻一と出会い、字環と出会い、亜弓や呉と出会い、菫や伊織に出会い、――雹に出会った。
雹から、生命力への欲を教わった。生きたいと願う強さを。その強さは消えてはいない。
陽炎は、苦笑して、「しねぇよ」と鴉座に少しもたれ掛かった。
「確かに、力に悩んだ。俺がバカなことを考えなければとも思った。だけど――結局は力を欲しがったと思う。だって、力がなければ……柘榴の側にいることはできなかったと思うから。兄さんや、皆の側にも。痛み虫の数は増えれば、そりゃ不死に近くはなる。だけど、完全な死じゃないんだ。俺は、普通の人間で、ただちょっと武器に関しては世界で一番になっただけ。……その願いは、多分、ハンターになったときからあったと思う」
死にそうなとき、負けそうなとき、いつも心に描くのは、今よりも強かったらこんな奴などに手こずらずに済んだのに、と。
ヒトは普通は、強さを求め生きていくものだ。己にはそのチャンスが沢山あっただけ。しかも、自ら手にしていくチャンス。
……魚座が、誰かを連れてやってきた。もうこの国を出るというのに。
巨漢で、もしかして魚座のストーカーなのだろうか、と少し警戒した陽炎は、よくよく見れば、見知った顔に眼を見開いた。
「劉桜(るおう)!!」
「陽炎!! 久しいのう! まっことに、久しぶりじゃあ! まさかおんしに会えるとは思わんかった!!」
鴉座が、髭だらけの劉桜を連れてきた魚座に顔を向けた。魚座は、苦笑して「少しでも元気になれば。偶然会った」と告げた。
陽炎は、劉桜に飛びついて、抱きついた。そしてその大きな毛むくじゃらの胸で喚き、抱きしめる力を増した。
劉桜は、げらげらと笑って、陽炎の己のこぶしよりも小さな頭を撫でた。
「今から帰るところじゃったんじゃろ? わしはもう――あの国に戻ることはないから、ここで会えてよかった、ほんに。手紙を書こうにも、わしも連れも住所や文字を知らんからなぁ」
「え、戻らないのか?! 何でだ!? 連れって……もしかして」
「ん。わしゃなぁ、結婚したんじゃよ、陽炎。ははっ、今、子供が三人いてな、元気さに負けそうじゃあ。この国で見つけた妻だから、この国に安住しようと思ってなぁ」
「……ッおめでとう!! それは、凄くめでたいな!! うわ、俺嬉しいよ、お前に全部で五人分に会えた気分だ!」
陽炎は自分の嬉しさを言葉にすることができず、奇妙な表現で表した。
劉桜はにこにこと笑い、陽炎をわしゃわしゃと撫でた。
「陽炎。柘榴のことは、そこのから聞いた。……わしは、何も言えん、言えんが、ただお前に頑張って欲しい。何をどう頑張れとか、どうすれば負担にならず程度の応援になれるか判らんが、わしは……お前が満足いくように、生きていくことを願う」
「劉桜……」
「囚人だった時に出会った仲じゃからな、自由がとても羨ましい。自由に憧れていた。……自由とは、満足に生きていくことじゃと思う。金とかじゃなく、気持ち的に、後悔が残らないように、な。陽炎には、笑って生きて欲しいんじゃ」
「……うん……うん、有難う……魚座の姉さん、有難う。勇気を貰ったよ」
陽炎は劉桜から離れ、手をひらひらと振った。
三人は最後に劉桜に微笑んでから、字環の術で消えた。
残された劉桜は、あ、と声をあげた。
そういえば住所が判らなくても、鴉座に毎度伝言を頼めば良かったのだと気付いた。
だが、今更気付いても遅い、何より――もう出会うことのない友人ならば、互いに良い思い出のままでいたいこともある。
「元気でな、陽炎――」
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