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第八部 大嫌い
第二十三話 二番目に恋をした君の声
しおりを挟む――ほんの一瞬、見えた優しい影。一瞬現れた影は、人の姿ではなかったが、声が聞こえ、雹は目を見開いた。
“おっしょさん、死んじゃダメだ。弟弟子を、ちゃんと育てるんだ――逃げて”
「……ね、くすと……」
“早く、逃げて! 鴉! 連れて逃げろ!”
鴉座は、何者が助けてくれているのか判らなかったが、今は彼の言うとおりにした方がいいと思った。
なので、槍を一つ掴み、雹を俵担ぎすると、出て行った。
柘榴が追いかけようとしたその時にはもう、邪魔していた白い影は消えていて、あれは何だったんだろう、と考えると同時に二人、やってきた。
柘榴を止めようとする者が。
「柘榴君ッ」
「……魚座連れてきたのか、蒼刻一……」
蒼刻一はにやりとも、くすりともしなかった。ただ真顔で、魚座を見やり、「柘榴を止めろ」と視線で訴えた。
魚座は頷き、柘榴に一歩歩み寄る。柘榴は警戒しているのか、一歩さがった。
「……――久しぶり、魚座」
「柘榴君。もう、大丈夫じゃ。……柘榴君の助けがなくても、陽炎君は生きていける。だからといって、柘榴君が取り残されるわけじゃなかろうて」
魚座の言葉に、柘榴は動揺した――目を見開き、少し理性の色が見えた。
やはり恋する相手に言われると、少しは違うのだな、と蒼刻一は拗ねながらも見守った。
本来ならば陽炎の言葉がいいかもしれないが、今の柘榴にとっては陽炎は刃にも盾にもなる存在だ。もしも刃だった時が、怖いので、安全圏の魚座に頼んだ。
魚座は少し悲しげに微笑みながら引き受けてくれた。
「柘榴君には、わらわも、鷲や、獅子、他の下僕とて居ろうが!」
「――ッ魚座……おいらじゃない、おいらじゃなくて、かげ君が寂しい人だから……弱い人だからッ」
「柘榴君、……ッ」
魚座が柘榴に歩み寄り、頬を往復ビンタした。
パァンパァン! と、小気味よい音が聞こえ、柘榴の頬は腫れて、柘榴は驚いた表情をしていた。
「いい加減にせんか! 寂しくて、弱いのは、今、柘榴君じゃ! 心が、今誰よりも弱うなっとる! 寂しがってるのは、柘榴君ではないか!」
「……――魚、座……」
「陽炎君には鴉が居る。それの何が不服なんじゃ? あやつとて、強くなろうとしてるんじゃろうが?!」
「……――鴉座じゃ、ダメなんだ……あの人は、おいらでないと、ダメなんだ!」
柘榴は、一瞬で姿を消した――魚座は、顔を歪ませ、へなへな、と床に腰をついた。
少し項垂れていて、綺麗な項が見える。いつも強気の彼女が、ここまで弱気な姿を見せるなんて。蟹座辺りは笑って、鷲座辺りは心配しそうだ、なんて蒼刻一はぼんやりと思った。
「――情けないよのう。あそこまで、負けると……」
「負けたんじゃない。糸遊の影響力が強いだけだ。今まであいつと関わってきて、知ってるだろ? テメェが負けたんじゃない。テメェの言葉は届いていた。僕よりもな」
「……ふふ。……でも、ここで止めることができたら、これ以上、柘榴君は苦しまずに済んだはずじゃ。……きっと、後に自分の言動に傷つく。そういう人じゃ」
魚座は、肩を震わせ、声を押し殺して泣いた。
止めることが出来なかった悔しさは、この前己も味わった。だから、蒼刻一は何か言葉をかけようと思ったのだが、うまいこと励ませる言葉が思いつかなかった。
どれもが落ち込ませるだろう言葉で、こんなとき己の不器用さを疎ましくも思った。
魚座は、暫く黙り込んで座っていたが、すぐに立ち上がり、涙をそのままに蒼刻一を振り返った。
「柘榴君を捜しましょうぞ、蒼様。まだきっとこの辺に居るはずじゃて」
「――オーライ、強い女だ。それでこそ、グランス……」
「? 誰じゃ、それは」
「いや、何でもねぇ――気配はたどれない。だが、雹を見張っていればきっと現れるだろう、雹の気配をたどるぞ」
「御意!」
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