【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第八部 大嫌い

第十八話 朝と夜が大好きだから

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「獅子座、お前、今更だけど、付き合わせて悪かったな」

 陽炎が言葉を発したのは、朝、井戸で顔を洗っているとき。
 あれから、一ヶ月も月日は流れ、痛み虫は気付けば、あと十で、千覚えたことになろうとしていた。物理の限界は千だと雹は言うのだ。
 妖術師の兄がいると教えると、雹は少し考えながら、こう口にした。

「痛み虫が多ければ多いほど、人外となる。だけど強さを求めるには痛み虫は必要です。もし、貴殿がこれ以上強くなりたいなら、帰ったとき、そのお兄さんに妖術で虫を貰うといいでしょう。いいですか、人であるということの道は踏み外さないでくださいね」

 人であるということ。その道を踏み外すこと。
 まるで蒼刻一になるな、と言われたような気がした。
 実際、どんな怪我でも今はすぐに治すようになったから、医者いらずで、人外に近いものがある。
 雹は、「人外であるということは、人とは相容れないということです」と言っていた。雹自身は違うのか、人ではないのか、と問うと、にこりと微笑んで、彼独特のお小言を言ってきた。
「そういうときは、人間らしく欲望を見せるんです。金に汚い、とかね。弱点や、隙があれば人は警戒心を解きますから」
 雹という人間は人が好きなのか、嫌いなのかよく判らない人間だった。
 兎に角、ここまで修行を続けて、昨日言われた言葉は、新しい修行に入ると言うことだった。
 それも連れて行っていいのは、鴉座ではなく、獅子座だと。
 鴉座はまだ弱い部分があり、武器などの素質が短銃か、槍しかなかった。なので、雹自身が技をたたき込むと言った。
 陽炎が不満げにむっとすると、雹は陽炎を可愛がって撫でながら、やはり伏せ目で微笑んだ。

「もし新しい修行を無事終えたら、奥義の型を見せます。何回でも見せましょう。そこから技を盗みなさい――あと、一つ。新しい修行に入る前に、妖術を弾く剣技を教えます」

 本当だろうか。
 どんな妖術も弾くことが、例え毒効果の妖術でも、空間を斬ったり、己を斬ることでなかったことにできる剣技など、あるのか?
 あるからこそ、雹は無傷の騎士なのだろうか?
 
 陽炎は獅子座と共に顔を洗って、井戸でふと申し訳なくなり、謝ったのだった。
 獅子座は、きょとんとしてから、にかっと笑って、陽炎の肩を組んだ。

「わっ!?」
「皇子、気にするなんて、あんたらしくねぇべ! ええが、おら、あんたに強くなって欲しい。強くなって、陛下と一緒に肩を並べて欲しいんだ! おらの夢なんだ、柘榴陛下と陽炎皇子が一緒に共闘する姿。そこに、共に戦うことができるようになるのが!」

 陽炎は獅子座の瞳を見つめた。獅子座の瞳は、真っ赤に燃えていて、きらきらと炎をルビーという宝石にしたような輝きと強さだった。
 意外と可愛い色だな、と陽炎は思って、苦笑した。
 そういえば、あまりこの星座とは真っ正面から話したことは無かったような気がした。
 いつも「仕組みの思い」だと思いこんでいて、適当にあしらうことしか考えていなくて。酷いことを結構してきたんだなぁ、と陽炎は思うと、申し訳なさがまた出て、獅子座を思わず撫でた。

「獅子座。これからは、戦友として宜しくな」
「――光栄だっ、皇子! それは戦士として、何よりもの誉れだべ! おら、絶対皇子が頼りたくなるような強さを保ち続ける!」

 獅子座は心底嬉しそうに、きらきらとした笑顔を向けてきた。
 陽炎は、無邪気だなぁと苦笑し、「期待してんぜ」と頭をぽんぽんと撫でた。

「柘榴陛下も、頼ってくれるようになるかなぁ」
「柘榴は自分自身で全て解決しようとするからなぁ。それは俺より難しいと思う」
「うーん、いつか、二人に頼られて、二人の支えになりたいべなぁ」

 獅子座は陽炎の体を離すと、空の太陽を見つめて、指を指した。

「朝。それから夜」
「ん? 朝と夜が何だ?」
「――主人二人みたいなんだべ。朝が柘榴陛下で、夜が陽炎皇子。だから、空を見ると、記憶がないときも凄く落ち着いた……。昔、戦乱の時の記憶なのか判らなかったんだが、空はいつも赤くて、獣しか飛んでないと思って、いつも怖かっただ。この時代には居ないけんど、龍とか飛んでいて。戦火の煙が上ってて。なんか、不気味に思ってたんだぁ、おら」
「――……昔の、空」

 獅子座が語ろうとしているのは、遠きプラネタリウムの記憶。
 そんなところにさかのぼる程、記憶が鮮明になってきたのだろうか、と陽炎は不安に思った。
 だって、蟹座がいつだったか言っていた。
 己は主人を殺して、それが原因で獅子座から恨みを買ったと。獅子座はその主人が大好きだったと。
 その記憶だけは思い出さないといいな、と思いながら陽炎は黙って言葉を待った。

「赤い空。戦乱。警鐘だらけの土地。いつ敵に回るか判らない人間。味方だって言えるのは、プラネタリウムの仲間だけだっただ。それから――主人。いつも何かが変わっていて、でも何が変わったかは判らなくて。その中で確実なのは、赤い空ばかりだっただ」
「……獅子座」
「でもな! 今、この時代で陛下がおらを作ってくだすって感謝してるんだだ! 空が青いことを知っただ! 皇子の瞳の空を知っただ! 凄く、空を見て落ち着くようになったんだ……」
「――そうか。お前が嬉しいなら、俺は良かったって思うよ。あの作られた事情が事情なだけに、お前の扱いが判らなかった」
「……――ははっ、しょうがねぇべや」

 獅子座は笑って、「中に入ろう」と言ったが、陽炎には見えてしまった。
 悲しげな赤色が。
 陽炎は、空を見上げ、ふと柘榴を思い出した――。
 
 今、どうしてるだろうか。あの親友は。
 己を助けるために、寝言だけで出張した保護者。己を逃がす為に、重傷だった――もう死と敵対してしまった、聖霊。

(――柘榴、待っててくれよ、俺さ。もうお前に助けられないくらいに、強くなるから)
 
 思いはすれ違いだすと、何もかもが、きっちりとネジが嵌らなくなる――すれ違ったことに気づけるなら、……否、すれ違い出せば、もう後戻りできるものなどない。
 
 
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