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第八部 大嫌い
第十五話 献身の獅子座
しおりを挟む「薬は――あ、アロエも使うんですね」
「……ッ、痛ああ!!!!」
陽炎は叫んで目が覚めた。意識を取り戻した。
――己はどうなっていた、と記憶を巡らしても、目覚めたばかりでは中々思い出せない。
ふと痛い箇所から目を離すと、そこには雹。
雹は目を伏せたまま、微笑んだ。そして、治療を再開していた。
「な、何してるの」
と、口にしたところで、先ほどまでのことを思い出した。
次々と同じ武器でも様々な痛みを与えられ、とうとう耐えきれなかった己は気絶してしまったのだった。
「治したら、痛み虫が覚えられないんじゃ――」
「おや、糸遊は今まで痛みを得たら、記憶だけで覚えてきたんですか。それでよく百も集まりましたね。こうして、補い方によってはこれから先、別の痛み虫も寄生しやすくなるんですよ。そして、虫の生存率もあがる、というわけです。うん、今――おめでとう、元の貴方の名前らしく、百揃いましたよ」
「金棒の物理だけで!?」
「ええ。まぁもう少し与えたかったんですけれど。気絶してるうちに傷を与えようとすると、あの星座が止めるんですよね」
雹はそう言ってから、水色のカーテン越しに居るらしき人物に、声をかける。入ってきなさい、と。
現れたのは――鴉座。
「鴉座!? どうしたんだ、お前……」
「うーん、色々……ややこしくなりますから、説明は省かせてくださいね。……ああ、この体に生傷なんて、耐えられない……。心が折れそうです、私」
鴉座は陽炎を見つめた。上半身脱いだままで、色々と薬を塗られた箇所を見やり、両手で顔を押さえつけて、溜息をついた。
陽炎は苦笑し、雹はその姿に溜息を。
「弟子二号。そこまで心配しなくても。寧ろこういう痛み虫を、正確に効率よく覚えるから、これから生きていく先々で怪我の心配もあまりしなくてすむ」
「そんな保証が何処に!?」
「――俺、物理の痛み虫を全て覚えているから、誰かに斬られても五秒で治るんですよ。どんなにエグい傷でもね? だから、人々からは無傷の騎士と呼ばれてます」
陽炎の傷をぱしんと叩き、治療を終えたのか、鴉座の首根っこを引っ張った雹。
鴉座は戸惑いながら、陽炎に手を伸ばし、別れを惜しんだ。
「――あー、あいつの場合は体術をたたき込まれるのか。痛み虫は妖仔にはないから」
弟子二号と言っていたし、そうなのだろう、と哀れんだ。
何せ雹の攻撃は一切読めない。威力もばかでかい。世界一と呼ばれる所以は、攻撃をこの身に受けて判った。
雹を紹介してくれた翡翠に感謝する陽炎だった。
「皇子、治療終わっただか?」
「ああ、獅子座、終わったよ――待って、今服着るから」
陽炎は、置いてあった無地の黄緑色のタンクトップを着ると、獅子座に声をかけた。
獅子座はカーテンから現れ、きょろきょろと辺りを伺った。
「どうしたんだ?」
「――ん。いや、何でもねぇ。気にしないでくんろ。それより、痛み虫が百も早速寄生するなんて! おめでとうだ、皇子!」
「はは、お師匠さんのお陰だ」
「この調子で――この調子で、あのキザ鳥も強くなると、いいだ」
そうすれば、きっと己のような近衛兵は要らなくなるのだから――。
己が要らないと実感できる日はきっと近いだろう。
そうしたら、安心して柘榴に仕えることができる。柘榴に仕えることができるのは嬉しい。彼に作られたことも思い出せた今となっては、尚嬉しい。
陽炎には白雪も、鴉座もいる。それに作ろうと思えば、きっといつか人間の友人もできるだろう。
だが柘榴には種族の問題がある。――そう簡単に人にとけ込むことはできない。
何より、彼は不変の時を引き継いだ。そう、時間と敵対することを覚悟したのだ。
彼らがいつも笑顔であることが、己の理想の幸せ。
だから鴉座が陽炎を笑わせるのだから、柘榴は己が笑わせよう。
獅子座は、そう決意していた。
――その願いを誰も知らないことが、唯一、柘榴にとっては幸せだったかもしれない。
否、誰にとっても、幸せであっただろう。
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