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第八部 大嫌い
第十一話 かつては消えない蒼だった
しおりを挟む鴉座は漸く解放されたことに、ほっと息をつき、蒼刻一を睨み付けた。
「私は利口ではありませんが、馬鹿ではありません。獅子座は一人で、私を騙そうと考えるような奴ではない。貴方が入れ知恵をしたんですね、蒼刻一様」
睨み付けられても、蒼刻一は、だから? ときょとんとして見つめ返した。
髪の毛が黒くなり、服装も変えて若々しくなり、大分この世界の人間らしくなった蒼刻一でも、中身は変わらなかった。
と、思ったのだが。
「テメェは報われたからいい。恋路が上手くいく奴ァ幸せ者さ。だが報われなかった者はどうする? テメェがべったりな状態で、どう諦めればいいんだ?」
鴉座は視線を変えず、蒼刻一を睨み付ける。動じない様子に、くつ、と蒼刻一は笑った。
どこまでも、愛を信じるような馬鹿になったな、と思ったのだ、ふと。
陽炎を誰にも奪われたくない一心で、埋め尽くされている。どれだけ、己の星座はあの不幸の塊に惹かれているのだろうか。
「告白する暇もなくふられるとなァ、思いを引きずるんだワ。ずーっとずーっと引きずって、どうしよーもなく惨めになって、いつまでも真綿で首絞められて、グエーってね。テメェ、報われなかったら、そっち側だったんだぜ? それぐらいの配慮してやれよ」
「……――随分と、星座思いになったんですね。私達が、貴方の思い出の人々を模しているから?」
鴉座の皮肉に、蒼刻一は顔の筋肉を微動だにしなかった。
「それとも、同じ失恋してる身だから? 字環にも、柘榴様にも――」
先ほどの皮肉には微動だにしなかったのに、今度の皮肉には、やんわりと苦しみが凝縮されたような笑みを見せた。
蒼刻一は妖術を唱えて、鴉座の体を現実から薄めた。鴉座は狼狽え、己の体をまじまじと見やった。
「何を!? 何をしたんですか!?」
「ハーヴィーは遠いからな、僕の妖術でテメェを送り込んでやる。だが、テメェ……獅子座を責めるなよ? この選択を選んだのは、あいつだ。あいつは、テメェが強くなって陽炎を守ることを願った。どうだ、本当に馬鹿な星座だろ。スミレみてぇに騙せばいいのによぉ……素直に、テメェと陽炎の幸せを祈ったんだ」
「……――そうですね。獅子座は悪くない。この結果というだけでも、彼はあの馬鹿鳥……鷲座より、マシです。蒼刻一様、一つ聞いて良いですか」
「なんだ? ンだよ?」
蒼刻一は妖術の数式を変えながらも、問いかけて、目的地の標準を脳裏であわせる。
鴉座は、目を細めて、問いかける――それは、以前、柘榴が己達星座を解放する方法を思いついた時から、ずっと黒玉の情報にあって、疑問にあったこと。
「字環に殺されるつもりですか? 私達を解放するために」
「――……はっ」
「いつ、殺される予定なんですか? 近い未来? それとも、もう計画は始まってるんで――」
言葉の途中で、鴉座は飛ばされた。移動の術を完成させられて、消えたのだ。
光りの欠片が、蒼刻一を揺らす。
「――不思議だよなァ。昔は、誰かの為に死ぬなんて馬鹿らしいって思ったのによォ。あの聖霊と、あの渡り鳥の為なら、何でもしてやりてぇんだ……」
世界中の止まっていた時間が、彼に反応するかのように、窓から風が入って、黒髪を靡かせた。
蒼刻一の髪の毛先は、青く光る――そう昔、妖術を使っていたかのように、青く。青く。
その色は、悲しみのブルー。永久に消えないと思っていた青色。
この色を愛しんだことはなかった。長い長い時の中で、いつしか色素が薄れ消えていった色だった。それが再び、目に見えることになるなんて。
蒼刻一は苦笑を浮かべた。
「陽炎――か。すげぇよ、負けたワ。この僕が、悪役になりきれなかったんだ――……テメェのお陰で、柘榴の価値観が変わった。……柘榴が、あんな風に笑えるようになったのは、テメェの所為だ。どうしてくれンだ……嬉しいじゃねェかよ……ガンジラニーニが一人だけ僕に笑いかけてくれるんだぜ? ……――生きた死に神に、さ」
脳裏に過ぎった、初対面の記憶と、流行病と見せかけた呪いの時の記憶、それから己を許した時の記憶。
それらは全て、かけがえのないもの。
憎まれれば嬉しかった。だけど、微笑まれても嬉しかった。微笑まれて嬉しいなんて感情、字環以外には初めてで、蒼刻一は少し厄介だと思い、苛ついた。
だけどその苛つき全て込めて、今ある環境が全て愛おしい。
故に、手放さなければならない――彼に報いる為にも、この命を。
残り時間を意図してるように、毛先の青さは短く。
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