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第八部 大嫌い
第七話 戻る記憶、どうしてあなたはそんなに
しおりを挟む三日後、獅子座が訪れると、陽炎はすっかり完治していて、女医から痛み虫について話していた。かつて陽炎は痛み虫を百も集めた人間だから、きっと話しもあうのだろう。
陽炎の知識は女医には好都合だ。
――獅子座は、退院祝いの花束を隠し、陽炎に歩み寄った。
「獅子座。よぅ」
陽炎は、話しを終えると、上着を腰に巻き付け、金を置いて、此方へ来た。
獅子座はどきどきとしながらも、花束を差し出すと、陽炎は目を瞬き、獅子座を見つめた。その美しい夜色の目に、包み込まれたような感覚が、獅子座を襲い、赤面させた。
「何の花?」
「ええと、これは……花屋さんで包んで貰って……その」
「いや、ええと、何て言ったらいいんだろう。どういう意味での花?」
「退院祝い」
「なら、受け取る。有難うよ」
にっと陽炎は花束を受け取り、花の匂いを、目を瞑り嗅いだ。この花が咲いていた花畑を想像して、匂いに浸るように、とろんとした目を開く。
獅子座は、その表情に魅入っていた。
(乙女ちっくなところもあるんだなぁ……)
普段からがさつなところしか見ていないからか、すっかり見た目の上品さを忘れていた。
こうしてお淑やかな動作をされると、女性を扱ってるようでどうすればいいか判らなくなる。
だがそんな迷いは、すぐに消える。陽炎は、花束を抱えるのではなく、引きずるように持って歩き出したからだ。
花を持つのに慣れてないのだろう。きっと、これは鴉座も贈ったことがないものなのだ、と思うと獅子座は嬉しくて仕方が無くなった。
「陽炎ー、嬉しいか? 嬉しいか!?」
「あー? まぁ怪我治ってくれたのを祝ってくれてるんだからな」
嬉しくないというわけではない、だが特別嬉しいわけでもないようだった。
獅子座はその様子に苦笑して、それなら何か喜ばれるものをプレゼントしようと思った。
「陽炎は何が好きだ?」
「――んー、技士庵の武器。鉄扇以外、見たことねぇんだ」
「技士庵? 武器のブランドじゃないだか?」
「本来は扇のブランドで、鉄扇は職人の気紛れで作られた物だったんだけど、使い勝手がいいって好評でさ。他の武器になると、どんな使い勝手になるんだろうって噂になってる。ハンターの間で」
陽炎は色気のない話しを、嬉々として語ってくれる。武器の話しは自分にも判ることなので、嬉しいな、と思いつつへらへらとする獅子座。
陽炎は色々な質問をしてくる獅子座に気分を良くしたのか、にこにこと答え、それから、あ、と呟く。
「これ飾らないと、しおれちゃうな」
「ん、そうだべな。でも何で急に?」
「また会いにいくからだよ、雹に。あの強さが欲しいんだ」
「陽炎――」
獅子座は歩くのをやめて、何かを堪えるように拳を振るわせて、地面に視線をやって俯いた。
陽炎は少しして、ついてこない獅子座に不思議に思い、振り向いて首を傾げた。
獅子座は、掠れ掠れに声を出した。喉がやられてるわけではない。心がやられてるだけだ。
「陽炎――は、強くなくていいだ」
「はぁ?」
「陽炎は、今まで強い人に会ってきただ。“黒雪”に、蒼刻一……どんなに力があることが不幸なことか、見てきたはずだ。なのに、何で欲しがるんだ? 陽炎“皇子”」
「……――お前」
陽炎は獅子座を驚いた表情で見やった。
獅子座は何故そんな表情をされるのか判らず、首を傾げると、ふと妙に口に馴染んだ皇子という言葉。
幾つもの古。幾つもの主人達。彼らの思い出がないことを悔いることはない。
だけど、ただ一人、寂しげに笑う、あの夜色だけが悲しくて。孤独色で、他人を寄せ付けようとしない――悲しい人で。
それなのに、星座には無条件に優しさを与えるから、ついつい嬉しくて、毎日のように好きだ好きだと言い続けてきて。
(陽炎皇子ぃ――いつになったら、本気になってくれるだ?! おらは、アンタが本気で好きだ!)
(はいはい、ありがとな。でも、俺、ノンケだから)
(陽炎皇子ぃ~~――陽炎皇子はもうちょっと羽目を外してもいいと思うべ!)
(――ばぁか、いい大人が羽目外せるか)
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