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第八部 大嫌い

第六話 ネクストという兄弟子の話

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 雹が教えてくれた診療所は、女医が一人と看護婦が一人だった。
 小さくぽつんとした建物で、大きな建物のいかにも病院ですっと空気を持ってるあの水色の建物がいいのでは、と治療している女医に、獅子座は尋ねるとげらげらと笑われた。

「あそこは、ぼったくりだ。病院たぁ名ばかりの健康ランドだよ。健康診断で、アンタ、銀貨二十枚も取られたいか?」

 人間の単価はよくは知らないが、それでも陽炎が大事にしているお金をぼったくりに出すのは嫌だった。
 このお金は全て、陽炎が命を張って、相手を殺して得た金だ。その金を無駄にするのは嫌だった。

「治るべか?」
「っは! このマチエさんを舐めるんじゃないよ! こんなの痛み虫を操ってやりゃ、三日で治る。幸い、アンタたちが戦った相手の与えた痛み虫は、こいつの体に驚くほど馴染むんだ。この調子なら、痛みを、虫に食わせることができる」
「――よく判らないだ。と、ともかく治るんべな? よ、良かっただー!」

 獅子座はほっとして、治療されてる陽炎をじっと見つめた。
 陽炎は、目を開いたまま気絶していた。睨み付けるような双眸はまるで己に向けられてるようで、獅子座はずっと怖かった。
 だが、無事と聞けば安心でき、獅子座は喜ぶ。
 女医は、陽炎を見つめ、苦笑した。

「よっぽどそいつに負けたのが悔しいみたいだな。睨んだまま気絶してる奴なんて、初めて見たよ」
「――負けたのもだけど、多分……弟子にしてくれなかったからだと思うだ」
「誰に弟子入りしようとしたんだい?」

 女医は陽炎の痛み虫を操り終えたのか、後は看護婦に任せて、獅子座を連れて、ベランダに出た。
 ベランダに出ると女医はキセルに葉を詰め込み、火をつけ、煙を吸った。

「あの傷は、的確すぎる。死にはしないが、力加減が半端なかった」
「――雹って知ってるか?」
「……ああ、あいつか。なら、あの傷も納得いく。相当拒絶されただろう、ネクストに」
「知ってるだか!?」

 女医はキセルを手に持つと、煙を吐き出して、遠くを眺めた。
 遠くには、徐々に青くなっていく建物達。中央の城にはきっと、雹が今頃聖騎士願いを、懲りずに出しているだろう。
 女医は苦笑して、獅子座に向き直った。

「何でネクストって芸名だか知らないけど、言い出したか知ってるか?」
「――ただの、気紛れじゃないだか?」
「……――ネクストは、弟子の中で最も強くて、死した聖騎士見習いの名だ。神父様は、ネクストにこう教えた。いつでも優しくあれ、と。ネクストはそれを守り、いつだってどんな奴にも優しくしてきた。……死にそうな敵を助けたこともあった。助けて、密かに世話したこともあった。だがな、結局、敵はネクストから得た情報を持ち帰って逃げて、ネクストは共謀罪。この国の処刑方法は、この国で一番強い奴と戦うこと。もしかしたら生き残る可能性もあるだろうさ、そいつより強かったら。だが――不幸だな、この国は世界で一番強い奴を抱えている。師匠である、雹をネクストは倒せるわけがなかった。雹は、五分と経たず殺したよ。それからはずっと――聖騎士になりたがって、妙なインチキ説法したりしている。聖騎士の評判を落とすのが、狙いさ」
 
 
 ――誰かを救うほどの強さは悲しいだけ。
 そう雹は言っていた。

 獅子座達の会話が自然と陽炎の方に聞こえ、陽炎はぼんやりとする意識の中、雹を思い出していた。
 不幸なまでに白かった髪の毛は、蒼刻一を思い出した。あれは、不幸せの証、悲しんだ証のような気がした。
 もしくは怒りの色か。誰にも共有出来ぬ怒りが宿った色か。
 あの目は、優しさというものを嫌悪している目だった。もしかして、一番ネクストの持つ優しさに救われていたのが雹だったとしたら? 優しさを教えた神父を恨んでいるのとは違う気がした。ただ、どうしようもない怒りに戸惑っている。そんな印象だった。
 弟子の優しさに救われ、弟子の優しさにより殺すことになり。

(だからどうした。俺は優しくなんか無い、ただの八方美人だ。どこまでも、追いかけてやる――あの強さを手に入れたいんだ)
 
 陽炎は、雹の憂いだ瞳を思いだし、今思えば、あの目は何処か怒りに満ちていると思った。
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