【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第八部 大嫌い

第二話 獅子座の謀

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(――とうとう、此処まで来てしまっただ)

 鴉座を謀ってまで、陽炎に一人だけ付き添って来てしまった。
 陽炎は疑ったが、蒼刻一の用意してくれた鴉座の筆跡を真似たカードを見せれば信じてくれた。
 何故、蒼刻一がこんなことをしてくれたか判らない。
 尋ねれば、「面白い展開、期待してんぜ」とげらげらと下卑た笑いを見せて消えた。
 本来ならば、あれに頼ってはいけないし、あれの言葉を聞いてはいけないと思う。何せ、柘榴が一番注意していた人物だ。いつも気配を辿って、一つ此方に何か厄介事を送り込もうものならば、それを解くものを用意していた。
 柘榴は蒼刻一が嫌いだ。大嫌いだ、それも。その上、この世で一番の憎しみを彼にありったけぶつけていた。
 だが氷の孔雀の呪いを解いてから、彼は蒼刻一を許し、憎しみを消していった。
 この世に誰一人憎い人がいない。あまりにも、柘榴は心が弱い存在になったと獅子座は思った。憎しみは力を何よりも強くしてくれる、それなのに消し去った。
 だから、ミシェルに行ったとき、柘榴はオニに負けてしまったんだ。負けた柘榴は空で不老不死の儀式をしている。

 空を眺めてから、幸せそうに準備をするために屋敷内をぱたぱたと走っている鴉座を見やった。そんな時に、蒼刻一が現れた。


「恋を叶えたいか」

 その誘いは、あまりにも甘美で、頷くしかなかった。どうやっても、己の力では奪い取ることができない。ならばいっそ、神に一番近い男から力を借りれば、きっと奪うこともできるんじゃないだろうか、と思った。
 蒼刻一は、己にチャンスをくれた。
 それを信じて良いのか、未だに判らない。だがこれを逃せば、二度はない。
 獅子座は罪悪感を感じながら、決行してしまった。鴉座に蠍座の三ヶ月眠らせる毒を飲ませて、陽炎に言いつくろい、笑顔の仮面を被る。
 
 陽炎と二人きりになる時間なんて、これまでなかったので、緊張して仕方がない。まるでずっと見るだけで満足してた片恋だった相手と、急に行楽にいくみたいだ。実際はそれに近しいものもあるが、陽炎は己の武力を必要としている。鴉座のように存在を必要とされているわけではない。
 己の能力は、この武力と咆吼による風だ。それが今回の旅に、とても必要なのだ。
 少し悲しい。否、正直に言うと、かなり悲しい。だが、それでも今は良かった。
 ほんの少しでいいから、陽炎が自分だけに視線が注いでくれる時間が欲しかったのだ。彼と言ったら、何せ鴉座しか見ていない。皆も見ているが、鴉座への視線とは違う。そこはやはり恋人同士の視線とは違うのだ。それが酷く寂しかった、獅子座には。

(超能力者みてぇに、本人に術使ったわけじゃない……だ、大丈夫だだ!)

 残る罪悪感。それは飲み込んで、なかったことにした。
 陽炎は、弁当を口にしながら、馬車の乗り心地に嫌そうな顔をしていた。
 彼は乗り物の類が大嫌いだと知ったのは、以前、ミシェルに行くと決めたとき。
 船でぐでんぐでんになっていた陽炎を思い出せば、その時よりかはマシだが、顔色がやはり悪い。
 陽炎は食事を終えると、寝る、と言い出した。

「着いたら、起こして。寝ないと死ぬ、寝れば一気に時間が過ぎて酔いが消えるんだ」
「し、死なれたら困るだ! わ、判っただ、おらに任せてけんろ!」
「おう、頼むぜ、金獅子」

 陽炎は、くつ、と一瞬朗らかに笑って見せてくれた。

(わぁ……)

 そういう表情をされると、諦めようと決意できた蟹座や、鷲座を不思議に思う。
 この笑顔を手にしたくはないのか。この笑顔をいつも手元に置きたくはないのか。この笑みを常に見ていたくはないのか。
 
 
 獅子座は、胸をときめかせながらも、外の流れるような景色に目をやった。
 陽炎は、この流れる景色のような人だ。動いていないのに、動いているように見える。気付かない場所で、何かしていて、気付くと終わっている。
 それを打ち明けるのは、気付かれた時だけで。
 気付くと「あ、まぁ、うん」と、濁すように、何かあったことを認める。
 ――少しだけでも、頼りにされればいいと思っていた。でも実際頼りにされると、もっと彼が欲しいと願ってしまう。
 
 ――そういえば、前の主人もそんな人だった気がする。
 蟹座に対してむかつく最大のことは覚えてないが、現在むかつくこと第一位は「前の主人の記憶があること」だった。
 今まで、代々の主人のことなど気に掛けたことなどないのに、前の主人のことだけは気になっていた。
 彼は幸せだろうか、彼はどんな顔をしていただろうか、彼はどんな声で己を呼んでいただろうか。どれもが朧気で、掴もうとすると、シャボン玉の泡のようにはじけ飛ぶ。そして、消えてしまうのだ。
 あるのに、ない記憶。なんともどかしい。
 蟹座が言っていた、己の主人は「陽炎だった」と。
 ――……それならば、余計に欲しくなる記憶。こんなにも切なる思いは、昔からあったのだろうか。己が彼に恋するのは、何か理由があるんだろうか。
 朧気な声が聞こえる。今でも、貝殻に渦巻く波の音のように、耳に止まる、正体の掴めぬ己を呼ぶ声。
 ――これは、陽炎。なのだろうけれど、蟹座に言われてもぴんとこない。だから、余計に前の主人が気になった。どんな人物だったか、が判れば、陽炎に恋する理由が納得出来るような気がして。
 彼を好きになって、横恋慕しても許されるような気がして。
 
 柘榴から与えられた情報では、鴉座は陽炎をプラネタリウムに閉じこめようとして失敗した罪人であり、己はそれを救った騎士なのだ。
 それなのに、何故陽炎は罪人を、悪を許し、救った方である、己や鷲座に心惹かれなかったのだろう。
 
 
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