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第七部 鬼夢花
第四十三話 願いを全部叶えてくれてありがとう(第七部終)
しおりを挟む「陽炎――」
「スミレ、だから無理だってば」
「えー、頼むわぁ、この国おってぇなー。そんでぇ、僕とずっといちゃこらこいてぇー」
「無理無理。俺、今回のことで判ったの。物凄く、鴉座を愛してるんだって」
満面の笑みでそんなことを言われては諦めるしかないのだろうか、でも諦めたくなかった菫は陽炎を口説き続ける。
陽炎は左から右へ受け流し、ああはいはい、と適当な相づちをうち、幽霊座と悪魔座の二人と話し終わった鴉座を見つけると、駆け寄る。
その背中を見て、小さな伊織は笑う。
「また、あの玉手箱使うかね?」
「いや、今度は自分の力で夜ばいしにいったるわ!」
「聞こえてんぞ! んなこと、させねぇからな!」
陽炎が振り返って、己を睨み付けてくる――それに伊織はくすくすと笑い、港の船を見上げる。
――今日は、陽炎たちが帰る日。柘榴は此処に来るのは間に合わなかったので、礼を告げることが出来なかったが、船一隻をまるまる彼らの為に使い、盛大に見送ることにした。
皆はおみやげを見て帰ってきたところで、一番早く帰ってきた陽炎は菫に口説かれていた、のだ。
菫の存在を見るなり、鴉座は優越感を顔に浮かべて、あくどく笑う。
「おや、オニの王――残念ですね、これからは気軽に、簡単に、他国へ出歩くことが出来なくなるなんて。我が愛しの君も、さぞかし胸を痛まれたでしょう」
「うるっさいわ! ああ、それだけが本当悔しいわ! 何で王様って国交以外で外出たらあかんのー?! おとんかて、忙しいから、此処には見送りにこられな……って、え、来てる?!」
「ええ、居ますね。あそこに」
幽霊座を口説きにきたようだ。親子してやることが変わってない。
幽霊座を真顔でくどき、幽霊座はそれが判っていなくて、とりあえず微笑んだら、また翡翠の鼻以外から血が噴出した。
それを見て、ほぼ国の重臣が叫び、国の者は、初めて見る王の異様な姿に驚く。
悪魔座が、幽霊座を庇い、翡翠と火花を散らして、その場は凍り付いてる。
それを見て、陽炎は、ああ、あの位置俺か、と幽霊座を不憫に思った。
「陽炎、いつでもそんな男に愛想尽きたら来てええでっ! そうだ、フルーティにもちゃぁんと御礼したいしなっ。二人できたってや!」
「んー、でも船が、なぁ……。船、駄目なんだよ……」
「えー! ミシェルにくるのに、船は必須やのに、何でぇ!? 練習しとこ!? 練習してなれておこうで?!」
「嫌だ! 船だけは嫌だ!」
「ちぇー。……鴉、陽炎裏切ったら、許さへんからな」
一瞬、本気の殺意が眼に見えた――菫は殺気立たせ、鴉座を睨み付けている。だが鴉座は平然とし、判ってます、と頷いた。
「この人は私が居ないと、泣きますから」
「な、泣かない!」
「泣くでしょう。あの晩、私が傷ついた晩、泣いていたでしょう――あとで白雪に聞きましたよ。大層、落ち込んでいたって」
「ううううう……兄さんの馬鹿……」
丁度その時に白雪たちが帰ってきて、怒る陽炎を白雪は適当にあしらい、牡羊座は何故か陽炎に大量におみやげを渡す。
相変わらず信仰心は篤いようで、陽炎は苦笑して有難うと受け取った。
――白雪たちは一旦、ユグラルドに向かうが、またミシェルに来るようだ。精術をちゃんと学ぶために、と白雪は言っていた。
「何、この変な字のシャツ……」
「ああ、それはサムライと読むそうで、剣士のことらしいですわ! 他にも、友愛、とか、勝利とか買ってきましたの!」
「……――嬉しそうだね」
「ええ、だってとても面白いおみやげばかりでしたもの! それにこの国は神が沢山いまして、色んな物に……」
「おっと、そこまでだ。陽炎君がオーバーヒートしてる。……そろそろ船が出るようだよ。さっさと乗りなさい、いいね」
白雪はくすくすと笑いながらそう言って、もう三歳児に戻ることが出来た蓮見を抱き上げて、乗り込む――。
それに慌てて牡羊座がついていく。
陽炎は乗り込もうとする寸前、菫を見やり、睨み付ける。
「もう、超能力――使うなよ」
「判ってる。もうあの力の封じ方、教わったさかいに。安心しぃ。愛しい陽炎に心配されんのは嬉しいけど、やっぱり生きたいしなぁー」
「っは! まぁ、偶には遊びに来い。俺から行くのは無理だからな。まぁ、その時は変な術とか使うなよ?」
「――へぇへぇ、判っとりますぅー」
「――元気で。あの頃の賊に、会えて良かったよ」
「――僕も、や」
菫はにこーっと笑っておく。
愛してる、その言葉は今は言えない。だって、こんな場所で言ったって、困らせるだけだ。冗談にしておかなければならない。
それに、どうせ無理なら愛してるという言葉自体、封じておけばいい。
その気持ちに気付いた伊織が、菫の服を引っ張ったが、気にしないでおく。
星座や陽炎たちが全員乗り込むと、船は汽笛を鳴らし、翡翠は片手をあげた。
片手をあげると、空砲が空に響き、船は出発する――。
陽炎が己に向かって、笑ってくれた――あの頃のような笑みで。
それにたまらなかった菫はつい、大声で、愛してる! と、言ってしまった。
「愛してる! いつまでも愛してる! だから、簡単に死ぬな! 簡単に不幸になるな! オマエが笑わへんなんて、許さへんからな!? どんな苦難があっても、オマエは乗り越えろ! へこたれるな!」
「スミレ……」
「僕だけが、オマエを生まれてから死ぬまで生涯、愛し続ける! ――だから、僕はオマエが心配せぇへんよう、幸せんなる! オマエも、自分の幸せ、見っけるんや!」
「……うん! じゃあなー! スミレー!」
「大好きすぎやわーぼけぇーー!!」
船はいつの間にか、陽炎の声が届かないくらい遠くに行ってしまい。
菫は、悲しみが胸から押し寄せてきた。
「――翡翠、何か言葉かけてあげなヨ」
「――……予の方が、苦しんでいる。可憐……理想だったのに!!!! あれだけ可愛くて、あれだけ外見は大人で、あれだけ子供らしい愛い奴は居ないのに!! クガレめ!」
「君は、少シはわが子を思いやれッ!!!! おや」
山の方を見やれば、そこにはオニの気配がする。
陽炎たちが旅立つ気配を感じたのだろう。あの時、確かに少しは死んだが、オニは生き残っている――。
伊織は苦笑し、陽炎たちの船を見やる――。
(有難う、陽炎。夜色の子。予の願い、全部叶った――叶えてくれるなんて、思わなかった。頼りたくなる目だというのは、こうして叶えてくれるって思ったからかな。実際、色々してくれた子は、あの聖霊だけど、君が居なかったら、あの聖霊も叶えようとは思わなかったでしょう――有難う、有難う、陽炎)
梅の花が、季節外れに咲き誇る。花弁がさぁあと風に揺れて、少し散る。
ぶわっと咲き誇る梅たちに、国中は驚き、伊織と菫は「こら、力使ったな」と伊織に怒る。
伊織は、くすっと笑い、二人の手を繋ぐ。
「ダッテ、盛大に見送りたいジャナイか――君らの失恋相手」
そう言うと、二人は顔を見合わせて、益々伊織に何か言いたげに怒るのだった。
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