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第七部 鬼夢花
第三十七話 死期
しおりを挟むオニがいるという山に行くには、結構な時間が必要だった。オニとちがい、筋力の違いや、体力が違い、十日はかかった。
菫が行くと、オニは意外なほど従順に言うことを聞いた。
やはり翡翠の血が入っていると、彼を王としてしか認めざるを得ないのだろう。
オニの血が、求めているのだ、翡翠の面影を、真の王の血を持つ者を――。
オニ達は、伊織に教えられた場所に菫たちが行くと、陽炎と鴉座には攻撃しようとしたが、菫の眼差し一つで言うことを聞き、王と認め、跪いた。
「これで僕がオニの王や。オニにはもう、あそこには集まるなって命じといた。僕が死んでも、穏やかに暮らすよう頼んだ。――あとは翡翠との交渉や」
「……スミレ、顔色悪いぞ」
「大丈夫――大丈夫や。あとはおとんとこ、交渉しに行けばええ話しや。そこまで、頑張れる」
「……諦めないんだな、何だか、ほっとするよ」
陽炎は苦笑を浮かべて、菫にそう言ってから、オニとコミュニケーションを取りに行く。
オニは言葉は通じないが、動物のように愛をもって接すれば、ちゃんと答えてくれる、まぁこれは菫の命令だからかもしれないが。
菫は陽炎の一言に、目を見開き、自分では見つからなかった新しい発見に、僅かに震える。
歓喜からの素直な震えだ。
――今まで自分は、どんなことがあったって、陽炎以外は諦めてきていた。
どうせ無理、その一言で諦めて、どうせこうなっていた、そう言い聞かせて諦めてきた。
そんな自分が、今、絶対にオニの命を消すのは嫌だと考えている。あんな兵器を作った自分が、今更とも思うが、それだけは避けたいと願っている。
皮肉な運命だが、今が一番「生きている」感じがする――焦り、悲しみ、怒り、も交じっている。だが、その中にはオニと分かり合えた喜び、オニの頂点に君臨できた安堵感もあり、菫は今が一番充実した時だった。
こんな思いをするなんて、思わなかった。
――そして、それに気付かされるとも。菫は陽炎を見やり、ほぅ、と惚けたようなため息をつく。
それを見ていた鴉座が、菫に声を掛けた。
「あの方が欲しい?」
「――あの日、言ったやろ、最期の瞬間までには自分のもんにしたいって」
「ふふ、――そんなことにはさせませんよ。あの方の倍率はただでさえ、高いというのに、ここでお前に奪われてなるものですか。……死んでから、心離さないというのも駄目ですよ」
「っはは、それだけはややなー」
菫はけらけらと笑って、それから鴉座を妬んだ。陽炎を裏切った癖に、その裏切りが効をなして彼は囚われた。陽炎の心から漏れる声に、耳を塞ぎたくなるが、全部鴉座への恋心に埋もれている。どんなことがあっても、鴉座が離れない。
あの夜、抱いた夜だけは消すことが出来て満足だったのに、やはり術を使わないと駄目なのか、――でも諦めたくない。
菫の睨み付けに、鴉座は満足そうに優越感を顔に表し、微笑を携える。
「死なないでくださいね。私と陽炎の為に」
「――自分の為に、死にとうないわ」
死人に近しい自分に、皮肉を言うなんて、何処まで根性が悪いんだ、と思いながら菫は伊織に近づく。
伊織は菫が構ってくれるのか、と目をキラキラと輝かせて、反応する。
「どうしタネ」
「オマエの力を使うて、翡翠に話し掛けてくれへんか? オニを襲う必要はなくなった……僕が王になったと」
「――駄目だヨ。きっと翡翠はそれでも、オニを恐れる、怯える」
「きっと、なんやろ!? 絶対やないんやろ!? 文句言わんと、行ってきぃ! あかんやったなんて報告持って帰るんやったら、許さへんからな!」
「――いいや、もう絶対、になルヨ。あそこを見てご覧……城の、上」
伊織は菫に何か言おうとしてから止まり、目を見開き、城の方角をそっと指さす。
暗き闇では目立たぬ、それ。だが青が交じった闇の中では、確実に浮き上がる、ぞっとする影。「万華鏡」――。
大きな四角い箱は、一角だけで立たせるように浮かび上がっていて、それは不気味な音で、翡翠の泣き声のように響いている――。
――その泣き声が盛大に響いたとき、オニの一人が、どんっと鼓膜を破壊するような音を立てて、存在を消滅させられた。
消えたように、まるでそこに居なかったかのようだが、確かにそこには消し炭がある。これは、ファイヤースターターの力を使ったものだろう、確かにその能力は己にあって、己もそれを弄った。
「……僕が、直接行って……くる!」
「駄目だ! どうしてもというのなら、能力使わないで、鴉座に連れて行ってもらえ!」
「――あかん、一刻を争うんや!」
「だからこそ、状況の最善を考えろ! ここでお前が消えたら、オニを誰が保護する?!」
「……っくそ、判った、走って行ったるわ!」
「伊織、見張っていけ。俺はオニを逃げさせる。少しでも位置がずれてたら、当たらないだろう、あれは……」
陽炎は、口にするなり、オニたちを誘導させ、鴉座も手伝う。伊織は陽炎の気迫に逆らえず、駆けていった菫を追いかける。
そんな時、菫を影から追っていたのか、集団が菫をとある一角で囲まれていた。
「鬼仔め、邪悪な力を持つ悪魔め! この国から去れ!」
「何や、その面構えは、側近の奴の稚児やなー、他にも何人か見知った顔が……なるほどな、反対の過激派か。…悪いけど、時間がないんや」
伊織は、声に驚き、浮遊し追いかけるが、いつの間にか姿がない――そこで感じる、超能力の術。周りにいた者達は驚いている。
(――黙って、勝手に使った! ばれないと思ったネ!?)
伊織は慌てて空を浮遊し、菫の気配を辿り、そこに向かうが――ドンっという音に怯み、一瞬動きを止める。
――オニ達が無事だといいだなんて、破邪の自分が願うのはおかしな話しだとは思うが、願わずにはいられない。
伊織は気を引き締めて、菫を探しに行き――城門へ行ける角の道で倒れてる菫を見つける。
咽せて、大量に吐血している――人にはこんなに血が入っていたのか、というくらい。
能力を使って、一気に寿命を減らした菫――否、寿命もこれではないも同然だ、死期が近づいている。
「――死なせない、死なせない!!」
伊織は目を瞑り、梅に呼びかける――深き夜の眠りにつきし、彼の花よ、我の悲しみに答えて、咲き誇れ――そう願いかけると、ミシェルの国全ての梅が、ぶわっと一気に季節が加速したように咲き誇り、伊織に力を与える、惜しみなく力を。
伊織はそれを受け止めて、菫に己が消えそうなくらい、力を注ぎ込む――それでも、菫の死期が免れない、だから、そう、簡単だった、決意するのは。
(君と同じ。結局はキエル命だったんだ――ダカラ、君のために使うのは、凄く嬉シイよ)
伊織は、菫に己の全身全てに宿る力を注ぎ込むと――ばたりと倒れる。
梅の香りが、己を三途の川に誘う――嗚呼、こんな神霊にも三途の川などというのがあるのか、六文なんて持ってないのに、どうしよう、と笑おうとした。
だが、その時――現れたのは、川の主ではなく。
「――永遠なれ、東洋の薫り」
という、声と、暖かな光りだった。
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