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第七部 鬼夢花
第三十五話 新しい王になればいい
しおりを挟む「救いたい?! おんどれ、神様か?! ああん?!」
「――え、あの、スミレ、伊織って神霊……」
陽炎が思わずツッコミを入れても、菫は怒りをそのままに怒鳴りつける。
「神様とちゃうやろ! 神様とちゃうのに、救いたいなんておこがましいこと言うなや! 何や、その感情は、同情か。僕は十分幸せに生きてる。そら、最近、陽炎にまた出会うまでは死んだみたいな生活しとったけんど、赤蜘蛛さんに救われたこの命、不憫に思ったことはなか! そやのに、おんどれが僕の命を侮辱すんのか?! おとんかて、おんどれ気遣ってるんや! おんどれかて、力使うと弱るやんか!」
「え!? そうなのか、伊織?!」
陽炎が振り返って伊織を見やると、伊織は心底不思議そうに、だが泣きそうな表情で頷いた。
「う、ウン。近年、梅は寿命を迎えてきているから……色が薄くナッテイルンダヨ。寿命、ナンダ。神木も」
「お前でさえそんななってるんに、お前が個人的感情で力使うて死んだら、国中の梅は死んでまうやろ! そんなことも判らんのか! ええか、伊織! 自分のことは自分で決める! それが普通や!」
「――……陽炎、怖い、バイオレット怖いぃい」
ぐすんと伊織が泣き出したので、陽炎は慌てて伊織に胸を貸して、泣かせた。
それを見ると、益々菫は怒り出し、何か色々罵詈雑言を浴びせているが、伊織はもう聞いてはおらず、泣いているだけだ。
陽炎は、ひとまず、菫を落ち着かせる。
「――落ち着け。伊織だって、お前と翡翠を思いやってるんだ」
「余計なことや! 自分一人の力でどうにかなる思ってるのが、おこがましいとこや!」
「そう思うしかないだろう、一人だけで抱えなきゃならない真実だってあるんだ。翡翠がオニの血だけを持つなんて、ばれるわけにはいかないだろ!」
「――……そうか」
陽炎の言葉を聞くと、菫は何処かまだ納得がいってないが、陽炎に嫌われたくないために納得しておいて、伊織にすまんと謝る。
伊織はぐすぐすと泣いていて、羽衣で涙を拭う。
「ドウシテこの国の生まれは、不器用な人バカリナンダ! 予は、ただ、助けてくれた血族を守りたい、それだけなのに!」
「――伊織、すまんかったってば。でも、他人のことを、お前が決めたらあかんと思うで? ……翡翠が、オニの子。あかん、益々判らん。何でせやったら、あいつ、自分の種族を滅ぼそうと? 嫌いなんか?」
「嫌いどころか、ダイスキさ!」
伊織はぐすぐすとまだ泣きを残しながら、陽炎から離れ、菫に向き直る。
菫は眼前に指を差されて、一瞬びくりとした。強気の瞳が急に現れたからだ。
「――オニが何故あそこに集まってるとオモウ?」
「人が居るから?」
「違う、翡翠が居るからだ――翡翠を求めて居るんだ、自分たちの王を。オニは、まだ翡翠を最上の主だと思っているンダ。だから、悪意なく、あそこに集まり、主を奪う人を傷つける――いつか、いつかオニが至上の悪だと語り継がれる日がクルダロウ。昔は、仲良く暮らしたのに! デモ、もうそんな時代じゃない。それを悟った翡翠ハ、オニを自分が主じゃないと知らしめる為に、攻撃するしかナインダ。彼らに、言葉は通じないカラ。彼らはもう、滅ぶしか未来がない種族ナンダヨ。この世界には、必要ナクナッタンダ」
「そんな生き物いない!」
菫は、命を否定されると悲鳴をあげるように全力で否定した。
生きていけない生き物、そんなのは余りにも悲しい。己もその部類にされてるようで、悲しい。そんな悲しい生き物は絶対に居ないと願いたかった。
「居るンダ! 居るから、翡翠が悲しむンジャナイカ! 自分たちの王を奪った人間を、攻撃するとしかインプットされてないオニや、襲われる人間に、共存しろとイウノカ君は!」
「……――王が、命じればええんや」
「王?」
陽炎は、はっとして、菫を見つめる――。
菫の眼には、覚悟が宿っていた――父親と、向き合う覚悟の出来た、覚悟が。でもその覚悟は親としてではなく、オニの王としての。
そう菫は、オニの血を引く、――王の血筋。
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