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第七部 鬼夢花
第二十七話 蓮見の見た夢
しおりを挟む白雪は次の日、陽炎を二十日間追放したと聞いてもさして驚かなかった。
かといって心配しなかったわけではない、だが彼とて戦える強い大人だ。少し人見知りが激しいだけの。
あの日のように逢魔が時だけに気をつけていれば、平気だろう、何より己には与えられた使命を果たさねばならない、そう白雪は考えることで、気持ちを楽にした。
牡羊座がおろおろしていたのも落ち着かせた。今は彼女は神が二人側にいない状況に泣きながら眠っている。最初は大層取り乱していたが、何とか落ち着かせて、今では眠らせて大人しくさせることができた。
白雪は、これから蓮見と大犬座を翡翠好みに仕立てなければならなかった。
彼を信頼させ、国交を結ばせ、そして何より精術を得なければならなかった。
己が唱えればそれは蓮見が吸収してしまう、それならいっそ蓮見に直接覚えさせ、妖術以外の力で、妖術の強さを強くねじ込んで押し隠してしまえばいい。
「ぼくが精術を覚えるの?」
「そう、きっと好みになったら、教えてくれるから」
「……ぼく、妖術のほうがいい。駄目?」
かくん、と首を傾げる姿はわが子ながら可愛い。大切にしまって隠してしまいたいほどだ。だから、白雪は朗らかに笑うが、優しく蓮見の頭を撫でて、彼に判るよう言葉を選ぶ。
「妖術だと強くなってしまうんだ」
「どうして強くなってはいけないの? 強くなりたい」
「――強くなるとね、とても見えないほどの不幸が待って居るんだよ。蒼刻一を見てご覧、彼は強すぎるあまりに、独りぼっちだ」
「でも強くないと、大事な人を守れないよ? かげろちゃんみたいに、落ち込んじゃうよ?」
「……――そこらへんの境目は難しいね。でも、弱いままで仲間と居られるのと、強くなって孤独になるの、どっちがいい? 強くなれば嫌なこともされる、嫌な人も出てくる、信じることも簡単に出来なくなるんだよ」
「――でもパパみたいに、強いのに仲間がいることが出来るかも。ぼくは一人でも良いよ、それに。ぼくは、一人でも寂しくないから」
「そんなこと言うと、パパは寂しくなるな。それはパパもママもいらないってことになるよ。勿論、陽炎君や、聖霊の仔、妖仔の皆も」
「――……人は所詮一人だよ。そう言ってた」
「誰が」
「夢の中で、蒼刻一が――ぼく、夢を見たんだ。そこは、雲のお城で、聖霊ちゃんが、眠っていた。隣に、字環ちゃんが居て、蒼刻一がぼくに気付いて、話し掛けてきたんだ」
今朝見た夢――それは雲の城で、懸命に眠る柘榴の世話をする蒼刻一と、それを眺めている字環の夢。
己が見ていることに気付くなり、蒼刻一は笑って、こう言ってきた。
「――これで三人目か」
“何が?”
「世界最強を狙う奴が」
「そろそろ譲ってやれば、蒼。老兵は去るのみだよ――もうすぐ君はそうなれる。柘榴様の提案で」
「……っは、そう簡単に譲ってやんねぇっつの! 蓮見、テメェは強くならなきゃなんねぇ。そういう生まれなんだ、血筋なんだワ。いいか、テメェの親父は頼りにするな、あれはもうこれから柘榴より下になる。陽炎だって字環センセの占いでは、物理面で世界一を狙うことになる」
“――どうして、どうしてぼくが強くなるの?”
「妖術の神童だからだ。僕以上の力を持つということは、そういうことだからだ。どんなに押さえ込もうとしたって、いつか風船みてぇに爆発する。白雪に言っとけ、無理に押さえ込む方が爆発するって。――いいか、蓮見、世界最強の先輩として一つ言っておく」
蒼刻一は目を細め、それはとても気分良さそうに、にやにやと語り出す。
まるで何かから逃れることが出来る喜びがあるかのように。目も輝いている。あの不気味に死んでるようなオッドアイが、生き生きとしているのだ。
「人は所詮一人だ。テメェの大好きな家族は皆、敵になる。テメェは将来、自分の強さ故に過ちを犯すんだ。センセの占いじゃあな。こいつの占術はかつて存在で取り合いされた程だと言えば、効力は判ンだろ? テメェは生涯死ぬまで一人で戦うしかねぇんだ。それが――世界最強だ」
「……柘榴様や、陽炎さんはその猛者の環から抜け出せるけれど、君はきっと抜け出せない。その環に入り、彼らと敵対するだろう――少なくとも、どちらか片方は必ず。彼らは、もう見つけている、決着のつけ方を。君は、ただ今は一人になることに慣れればいい――永久ではないが、君は一人の時間の方が多くなるんだから」
“どうしてそんなことを言うの? 一人になれば、ぼくは強くなれる? パパとママを守れる?”
「守れる。だから、一人になる準備をしておけ。テメェは、家族と一緒に居ては拙いんだ――」
そこで夢は、ぶつりと途切れた。
それをたどたどしくも白雪に話すと、白雪は難しい顔で蓮見を見つめる。
蓮見は「本当なの?」という眼差しで、白雪に問いかけを訴えてる。
どう答えたものか、というより、その環はどうなっているのか、白雪は懸命に頭を働かせる。
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