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第七部 鬼夢花
第二十四話 鬼の弱点と鬼の関係
しおりを挟む「――鴉座、気のせいじゃないよな。今、翡翠は菫に最後の自由を与えて気遣った」
「……貴方が来るまで、ね、少し菫と話していました。互いに満身創痍でね、そんな中で一つ判ったことがあるんです。菫は翡翠を理解するのを恐れている……菫の言葉からも、翡翠も菫を恐れているように思えます」
「……――鴉座、ちょっと外で待っててくれ」
「陽炎――?」
「――ハッピーエンドの中には、翡翠だって入ってるんだ! 菫だって!」
「……ふふ、判りました。仕方ない八方美人な人ですね」
「サンキュ、すぐ行くから!」
鴉座に素早く頬にキスすると、陽炎は静かに足音を消して走り、翡翠に追いつく。
翡翠は窓辺に立っていて、そこからこの季節柄、咲くことのない梅の木を見ていた。
そう、咲く季節ではないのに――梅は、咲いていた。
「陽炎――何だ、まだ何か用か、予に」
「何故梅が……」
「伊織が予に文句があるようだ。それか励ましてるか、どちらかだな」
「……伊織とあんたら親子にどんな縁があるっていうの」
「――伊織は、予が助けた。昔、一本巨木があって、それが切られそうになった。だが、それを阻止したのだ――伊織とはそれ以来、共に同じ時間を歩んでいる。もう予の前に姿を現すのは稀になったが、な」
「……――オニが、オニの弱点を助けた、だって?」
翡翠の額近くにある四本の角を見て、陽炎は驚いた。風がざわりと吹いて、翡翠の髪を揺らし、頭部の尖りを露わにする。
翡翠はもうオニであることを隠すつもりはなかった、陽炎には。
「仕方ないだろう、その時はまさか伊織という奴が、神木だとは思わなかったのだ――……陽炎、そちは不思議だ、もう少し幼ければもっと色々話していたかも知れない」
「――それはつまり、大人の言葉なんて聞く気がないってことか?」
「――子供の意見以外、裏があるからな。子供は裏があっても、分かりやすいから可愛いものだ。大人は狡賢く生きていく。雪を見ろ――雪はまだマシな方だが、典型的な大人の例ではないか。それも、昇進していく方の大人よのう」
くす、と翡翠は微笑み、いつの間にか手にしていたキセルを手にして、葉に火をつけ、スパーと煙をふかして味わう。
自分こそ、大人の容貌であり、大人のずるがしこさそのものの姿なのに翡翠は、大人を毛嫌いする。
どうしてそこまで嫌うのかは判らないが、翡翠に陽炎は話し掛ける。
「その中に菫は含まれているのか?」
「――先ほどから、ぞんざいな口の利き方をするのだな、陽炎。無礼ぞ。だがまぁ、良かろう、そちの不思議な目に免じて話してやる。……菫のことは、正直判らん。あれとて、予を親とも何とも思ってはおらん。……一番近い他人と言えば、そちとて判ろう?」
「わっかんないね! 判ってやらない! 菫のことが大事なんだろう?! そんなこと言ってるけど、さっき菫のことを思っての発言だったんだろ?! どうして、自分と向き合わない?!」
「――自分と向き合えば、何か得られるのか? 向き合うことで、気付く嫌なこととてあろうに。そちは、気付く必要のない嫌なことでも、予に気付かせるつもりか――菫がもうすぐ死ぬ、あれは二十日以内に死ぬ、そう気付かせるのか?」
「二十日……?」
陽炎は、ごくりと唾を飲んだが、気迫負けせず、翡翠の瞳をじっと見つめ、陽炎は翡翠に手を伸ばし、その頬に触る。翡翠は抵抗せず、陽炎を切なげに見つめ、目を伏せる。
陽炎は翡翠に触れたまま、翡翠の心の傷を抉った。
「可哀想な人だ」
「――……何がだ」
「それなら、余計に向き合えばいいのに。二十日後、ちゃんと菫を連れて帰ってくる。その間に、己のふがいなさでも恨んでいればいい。どうして、今日、この夜に、側にいて話そうとしなかったか、考え続けていればいい!」
「――予なりの気遣いだ、好きな奴と過ごしたいだろ、最期の日ぐらいは。親とべったりする年でもあるまいに」
そこで翡翠は漸く陽炎の手を振り払い、キセルを口にして、また去っていく。
今度こそ、寝室に戻ったのだろう。これ以上は来るな、と言われてる気がして、陽炎は不満げに外に向かう。
(もっと――もっと話し合いすればいいのに。どうして、分かり合おうとしないんだ?)
――陽炎だって、最初親と会ったときは戸惑った。
だがそれでも互いを理解するように話し合い、赤蜘蛛も手伝ってくれて、お陰で喧嘩出来るまで親しくなれたのだ。
それをしないのはどうしてなのか――ああ、そうか、と陽炎は思い至ったところで、もう外についていた。
「陽炎、行こか」
菫が、にこり、笑う。
(――この笑顔がすぐに消えるのに、親しくなりたくないのか。最初から居ないようなものだと思えば、心が楽になるから、翡翠の自己防衛なのか)
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