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第七部 鬼夢花
第十六話 価値観がずれる三人
しおりを挟む「この前、何で蒼刻一がおいらたちを構うのか、ガンジラニーニに呪いをかけたのか、理解しちゃったんだ」
「理解したから何だというんだ? それで今までの行為が許されるのかい? 陽炎君を殺しかけたことを黙認しろと言ってきたことも、蓮見を母国に売り渡そうとしてきたことも、君たちを苦しめてきたことも――」
白雪は視線だけは柘榴を射抜き、お茶を一口また飲むが、今度は苦い顔はせず、涼しい顔をした。
話しに集中しているのだろう――だからお茶の苦さなど気にならず、寧ろ喉が渇くほど怒っているのだろう。
そういえば先ほどから水分を欲している――彼にしては緊張しているのだろう。きっと己の中で、昔、陽炎と己を事故に遭わせたことを悔やんで葛藤している。
柘榴はそれを見抜くと、嘆息をついて、白雪の前に座る。
「かげ君は、おいらを売ったあんたを許した。それが許されるなら、かげ君を苦しめたあいつだって許されてもいいと思う」
「――痛いところをつくね。でも、オレは許さないよ。……いいかい、聖霊の仔。世間はそれほど綺麗に出来てない。君が彼を許したと言ったら、きっとあの亜弓という聖霊でさえ怒り狂うだろう。彼のしていることは、決して許されることじゃない……彼はこの世界の汚点だ」
「――兄さん」
きっぱりと言い捨てる白雪に、陽炎は少し悲しくなった。それに気付いた白雪が、陽炎をちらりと見やり、目を細めた。
「陽炎君、君にもはっきり言うよ。あいつは、この世界の汚れ全てだ。歴史の汚点は全てあいつの気紛れが原因だ――どんな英雄も見殺しにし、どんな偉人も見殺しにし、どんな悪も見過ごした。時には、自分から歴史を作ったことだってある。しかも飽きて自分で壊したんだ。そんな奴だよ?」
「――……そうやって生きるしか、暇つぶしがなかったんだ。きっと。それに干渉するのは、何かしら影響が大きいから滅多に出来ないだろ? 世界最強なら、尚更」
「……陽炎君、干渉したっていいじゃないか。それによって、良い歴史が築かれるなら、干渉すべきだよ――と、君なら言いそうな気がするけれど、違うのかな、陽炎君」
白雪は湯飲みを置いて、卓に肘を置いて、値踏みするような視線を陽炎に向ける。
陽炎は白雪の目をしっかりと見たが、どう答えて良いのか判らず、とりあえず思ったことをそのまま述べた。
出来るだけ白雪に伝わるといいと願いながら。
「干渉した歴史もあったんじゃないか? 干渉した結果を知って、それが駄目な歴史を引き継いだ結果になったから、干渉しなくなったとか考えられない?」
「ビンゴ。そういう時代もあった。字環の時代なんか戦乱まっさかりでね、字環さえ居れば平和が訪れるから、それ故に取り合いされてね、それを救おうとしていた時代があった。だけど字環を一番無理矢理奪おうとしていた奴を倒している時に、字環のもとに過激派が来てしまい、蒼刻一は焦り、生き埋めだ――。それで、干渉するのが嫌になったんだろう。臆病者だ! どうしてその後の世界を良い方向にもっていこうとしないで、諦めた? 違う。答えは、あいつが根性曲がってるからだ……」
「……違う。兄さん、それの名前は挫折っていうんだよ……曲がってるんじゃない、あんたみたいに、世界に絶望したんだ……」
首をふって顔をくしゃっと歪めて、陽炎がそう言うと、白雪は目を見開き、何か思考を巡らす――。
己が味わった絶望――それは、あの環境、あの狭い世界、あの悲しい王位。そして蓮見を国に売り渡されたこと。
あれを蒼刻一が味わっただと? 白雪の心は乱れる――わけでもなく、それでも極めて冷静に嫌悪しか出ない。
己と同じ地獄を味わったとしたとしても、それなら己を地獄に味わわせなくたって良かったのに、あいつは地獄を与えた。
それならば、許す道理は互いにない。己だって柘榴を売り払ったのだから。
白雪は陽炎を見つめて、ため息をついた。
どうあっても、彼のようにはなれない。否、彼らだろうか。彼らのような綺麗事ばかり口に出来ない。どうあっても、己の感情を優先させてしまう。
もう国益など考えなくて良い、もう己の感情にフタをしなくていい、それを覚えてから白雪は自分を抑えることを厭わなくなった。
でも以前の白雪だったとしても、その答えは同じで、陽炎と同じにはなれない、だった。
「陽炎君――兎に角、オレは許さないよ。何か特別なことがない限り、ね」
「――兄さん。兄さんを許した柘榴に、報いることが出来るんだよ?」
「オレはね、陽炎君。君に恩を感じたことは幾度ともあるけれど、聖霊の仔には微塵も感じたことはない――牡羊座を存在させてくれたことくらいだ、恩があるとするならば」
「……兄さん!」
「どうも価値観でずれるね。君だって皆が幸せになれる方法がないのだから、あいつに不幸を押しつけるしかないと判ってるだろう? 彼も望んでいる。どうして、それでも君は夢を見ることが出来るのか理解出来ないよ――」
白雪は目を細めてから、ゆっくりと立ち上がって、部屋を去っていく。
悔しそうに奥歯を噛んでる陽炎を一回撫でてから。
陽炎は撫でられた頭に触れて、唇を噛みしめる――そんな陽炎を見て、柘榴は少しはらはらとした。
陽炎も柘榴も判っている。
これらは全て無理なことだと。誰かが犠牲になるには、蒼刻一自身が犠牲になることを望んでいるのも。
それでも陽炎の心の隅で、柘榴の心の裏で、叫んでいるのだ――。
『妖具プラネタリウムを作った、歪んだ蒼刻一を助けろ』と――。
彼を含めた幸せこそが、本当の幸せなのだと。
「……子供みたいなことを言うようになった、兄さんは」
「かげ君、違うよ。あれが、真理なんだよ――蒼刻一だって望んでない、彼のこれ以上の生は。……おいらの我が儘なんだよ、あいつを生かしたいのは。それでも、おいらは見つけてみせる。皆でハッピーエンドってやつをさ」
「……俺も少し悔しいから、探す。夢見てるわけじゃない、ただ……あいつと同じになりたくないだけだ」
「判ってるよ。んじゃ朝食に行くか――帰ったら盗聴器は探さなくてもいいよね? 聞かれてまずい話は特にないんだから、もう」
「ん。――行こうぜ、皆、心配してると思う、遅いから」
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