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第七部 鬼夢花
第十二話 ミシェルのしがらみ
しおりを挟む戌の刻――陽炎は鴉座の夕食の時に、「菫の元へ行くのでしょう? その後、此方の部屋に来てくださいね、蠍座は追い出しておきますので」と言われたので、もう行くしかない手段を残された陽炎は、何処で待てばいいのか判らず、とりあえず浴場でひとっ風呂浴びて、浴衣で水分を求めて城内をうろついてるときだった。
「陽炎、お、湯上がりか?」
菫にはた、と出くわした。
陽炎が言葉を無くしていると、菫は能力を使い、ジュースの入った缶を取り出し、陽炎に渡す。
陽炎は菫に睨み付けて、缶を開けて一口飲んでから、ふぅと息をつく。
「……お前、さ。能力使うの、やめろよ」
「無理やわ。此処では、僕、能力なかったら、居るのあかん人やし。かといってこの国から出るのは許されへんし、もう」
その言葉には何処か哀愁があった――陽炎は、嘆息をついて、缶のジュースを飲み干す。
湯上がり故に髪の毛は少し湿っていて、頬は何処か薄い桃色で、のど元に汗が流れれば、菫の喉が鳴っても仕方ないこと。
窓辺から差す月明かりがこの男には似合うな、と菫は思いながら、缶を捨てる。それはちゃんと近くにあったゴミ箱へ。
「陽炎――なぁ、僕、オマエが好きやで」
「――悪いが、俺は鴉座が好きなわけ。諦めてくれ」
「……――僕は、陽炎。ずっと今まで諦める人生やった。諦めるしかないやん、何手に入れたって、僕には時間が制限されとんの。……せやけど、オマエだけは諦めきれへんのや。……あんな男に渡すくらいやったら、奪ったる。それに、略奪愛って燃えるしな」
「菫――何、馬鹿なこと……」
菫は陽炎を引き寄せ、唇を奪おうとしたが、陽炎に手を合間に入れられ、防がれる。
陽炎は、不敵に笑い、金的蹴りをくらわす。すると、菫は陽炎から離れ、身もだえる。
それを見て陽炎は、ふん、と鼻で笑い、頭をかきあげる。
「段々順応してきてるんだよ、襲われるのに。悲しいことにさぁあ!! 何で野郎に襲われるのに慣れてきてるんだよ、俺!」
「知らんわ! っはは、変わらず面白い奴で、安心したわ、陽炎――」
「……なぁ、そういえば伊織って知ってるか?」
「え?」
「何か夢に出てきたんだよ、逢魔が時に外に出るなって。オニが出るから。で、何でオニが出るんだって聞いたら、翡翠が居るからって言われた」
「……――伊織、が、な。伊織が、オマエの夢に、か」
その口ぶりは知り合いのようなので、尋ねてみれば存外簡単に頷かれて、陽炎は驚く。
菫は何ともない様子で、つい先日のことのように思い出しながら、陽炎に伊織という存在を教える。
「伊織は僕をこの国に招いた奴や」
「――伊織って、……何なの?」
「さぁな。僕はそこまで知らん。せやけど伊織は人やないのは確実やな――人であるわけがあらへん。あいつな、僕の寿命を延命させまくるんや。嬉しいけれど、でもそれであいつが弱るからな、余計なことやって怒ってもやめないんや。――何でか、知らん。伊織は、僕に構う。恐らく陽炎に構ってきたのも、僕に構うことが出来ひんからやろ」
「……――何で? お前はこの国に仕えてるんじゃないのか? なら、空いた時間にこうやって構えるんじゃないのか?」
「ははっ、僕はな、特別に忙しい身分を頂いてもうたんや――三十秒でも無駄に出来ひん」
「じゃあ何で俺には会えるの?」
「好きな奴やから。――僕が、陽炎に会わせんと力使わへんでって言うた。我が儘でこうして会えただけ。……僕の命は、何処までもミシェルのもんなんや。此処に来たら、ほんまのおとんに会えるかもって思ったけど、中々会えへん。ま、しゃーないわ」
「……――お前、すっかりミシェルの人間って感じがする。もう、スミレじゃないんだな」
「え?」
菫は目を見開き、陽炎をまじまじと見やってから、月のようにはっきりと笑ってるのに何処か雲がかかったように朧気な笑みを浮かべる。
陽炎はそれを見て、何故か白雪を思い出した――それも、彼が皇子だったころの彼を。
菫は笑うと、陽炎の頬に素早くキスをして、去っていった。
陽炎は頬を擦りながら、――ふと切なさを感じる。
(あいつ――あんなに力使い続けて、平気なのか?)
誰も菫が力を使おうと止めはしない――それが、陽炎にとっての謎で、伊織という存在よりも気になった。
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