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第七部 鬼夢花
第八話 お前には甘えられるのに
しおりを挟む長旅は疲れる――ユグラルドよりも遠いこの地に来るなんて、夢にも思わなかった。夢のような異国は、本当に何から何まで向こうの国と違っていて、まるで異世界に迷い込んだようだった。不思議な単語も、白雪と翡翠の間で飛び交っていたし、それでも向こうの国の言葉が通じるのが凄いな、と思った陽炎。
後で白雪に聞いたのだが、この国の第二国語は、陽炎たちの住んでる地域の言葉なのだそうだ。
陽炎はソファーも椅子もないので、何処に座るのだろうと不思議に思ったが、柘榴が座布団を出し、低いテーブルのようなものの側で敷いて座ったので、見よう見まねで座ってみる。
「かげ君、足つらかったら、伸ばしていいよん」
「え、あ、いいのか? ああ、助かった。正座は苦手なんだ」
陽炎は綻んで足を伸ばし、あーっと呻いた。
それから柘榴に、室内に置かれていたポットから茶を作られて、湯飲みに注がれたそれを出される前に、ストップをかけると、柘榴は白湯を出してくれた。己が苦いのが嫌いなのを柘榴は判ってくれていた。
礼を告げ、湯飲みの白湯を一口飲んで、陽炎はため息をついた。
「どうしたの?」
「ん――、あの夜のことが、なかったことにならないかなぁって思って」
「ああ、浮気した夜ね」
柘榴がげらげらと笑う――此方にとっては笑い事ではないというのに、柘榴は面白い冗句でも聞いたように、おかしそうに笑っている。
「おいら、あんたは絶対浮気はしない人だと思ってた」
「――るせぇよ。俺だって思ってたよ。だから、あれは……ッもういい」
「こらこら、拗ねない拗ねない」
柘榴はくすくすと笑い、陽炎をあやすように頭を撫でて、ふと懐かしさを感じる。
何だか彼と二人きりで話すのは久しぶりのような気がして、何処か落ち着く。
嗚呼、居場所がある――と落ち着くことが出来る。魚座とはまた違った落ち着き方。だから、自分はきっとこの自分より年上の友人に甘いんだろうな、と一人納得した。
「かげ君、皆、あんただから取り合っちゃうんだよ」
「は?」
「あんたって人に警戒心高い癖に、一度懐くととことん不器用な甘え方をするからさ、それが癖になるんだろうね」
「……何ソレ、不器用な甘え方って」
陽炎はその言葉に不満そうに、だけどあながち間違いではないので、少し控えめの小声で柘榴に視線で咎めた。
柘榴はにこにことしながらお茶を一口飲んで、体を温める。
「んー、ほら、なんつーの? 小さい子供が甘えたいけど親が忙しそうで我慢してて、でもちょっぴり自己主張したくて、親がイッテキマスの時に服の裾を掴んで無言になっちゃう感じ?」
「……――リアルだな、例え方が。確かに俺は甘えるのが苦手だよ。お前には、甘えられるのになぁ」
「あはは、かげ君、それ鴉のにーさんとかの前で言うなよ?」
でないと、笑顔で何か弱みを握られて脅迫されかねない。陽炎に近づくなとかそういう類で。陽炎の言葉に動揺しなくなった己にふと気付いた柘榴は、己は恋心を捨てることが漸く出来て、新しい恋を見つけてるのだな、とふと脳裏によぎった女性に、はぁとため息をつく。
よりによって、星座。よりによって、蒼刻一の妖仔。よりによって、あの女王。
これは早くあの星座を解放してやるしかないな、と柘榴は諦める。だって、それならば己はこの恋を認めると約束したのだから。
それでも蒼刻一を殺さないで解放する術なんて、どうすればいいのか、まだ見当もつかない。
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