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第七部 鬼夢花
第二話 異装
しおりを挟む「船なんか大嫌いだ……――」
陽炎はまだ地面が揺れている感覚のまま、長旅の末に、漸く本物の地面に降り立つ。
柘榴が陽炎を支えていて、この人は馬車どころか乗り物全部に弱いんじゃないだろうか、と不安に思いながら、陽炎を労る。
白雪は迎えの者を探しに行ってしまって、この国では二人は目立っていた。
角なんて持ってないから、余計に異国人だというのを象徴していて――初めて、角を持つ人々を見たときは驚いた。
まぁ世の中こんな人も居るだろうと思っていたら、実はその国全員そうでした、なんてオチがついていたとは。
こういう角を持った人を、見たことがある。あれは、鬼と呼ばれ――異形の者とされていたが、このような小さな国からもしも、誰かが外国に行ったら、それは相当な騒ぎになるだろう。それがもしかしたら、現在本にある鬼という生き物なのかもしれない。
「父ちゃん、あの人達、角がないで!」
「こ、こらっ。指さしたらあかん!」
指を差されるのも、もう慣れてしまった。
今はただ、一緒に待ってるこの隣の忘却の皇子が気になって。
この皇子は、こともあろうか、船酔いし、船の中でも盛大にぶちまけた。
それを気にしてか、白雪にも柘榴にも申し訳なさそうな顔をしっぱなしだったが、船が陸に近づくにつれ大波で揺れて、それからは喋らなくなった。
柘榴も白雪も気にしなくていいと言って、船の人も笑って許してくれたのに、陽炎は己自身を許せないようで、船の罵倒ばかり、港についてから、ずっとしている。
二度と乗るか、海の馬鹿、船は人を狂わせる、船は人から平衡感覚を奪うつもりだ、などと実に子供じみたことばかり言う。
「船なんて考えた奴、地獄に行け」
また文句が一つ増えた。
柘榴は頭を掻いて、しゃがみこんだ陽炎を撫でてやった。
それから通行の邪魔になるから、と道の端っこへ移動したとき、白雪が来た――それも和装で。
「何、その格好」
「え、ああ。この国に馴染むためにね。君たちのも貰ってきたよ――それと、星座のも。あと、偽角も貰った」
そう言って白雪は一つ手のひらにあった、角をおでこにつけてみせて、にこりと微笑む。
白雪はそれでも馴染めない感じがある――何せ、この国の殆どは背は低いし、サングラスをつけてる者など居ないし、着物をそんなにきっちり着込む者は、この国に居ない感じがする。
紋付き羽織に、着物の下にタートルネックの服を着込むなんて、そんなに寒いだろうか、この国は?
でもよく見ると陽炎は汗を掻いてるし――己がよく判ってないだけなんだろうか、と思いながら、まずは角をつけてみて、よし、と頷く。
陽炎にも、此方を見させて、目を回してる彼に角をつけさせた。
「あ?」
「あ、今、角つけてもらったから」
「何で?」
「いや、この国の人たち皆、角つけてるから」
「でも俺たち、どう見ても外国人だろ?」
「大丈夫、かげ君、おいら達は白雪みたいにならなければいいから」
「――それ、どういう意味?」
「何でもないよ、着物よこして」
白雪は肩を竦めて、柘榴に一番似合わない着物を探そうとするが、それよりも先に柘榴がとってしまったので、拗ねる。
拗ねて、今度は陽炎には女物を与えようとするが、柘榴に阻止されようとした。
「あんた、弟で遊ぶのいい加減にしなよ。今の状態を見て!」
「ええーだって、男物が足りなくなって、他の人が女装することになるよ? 見たい? 獅子の妖仔の女装」
「かげ君、これ着て」
「え? あー、ああ……」
幸い、陽炎に選ばれた女物の着物は、着てみても微妙に判らない。
色も何処か素っ気ないもので、女物と判らないだろう――というより、今の陽炎ではどんな言葉も脳に入ってないのだから、どうとでも出来る。
蓮見と陽炎の、世話と着付けを白雪に任せて、星座は己が着替えさせる。役割を分担し、二人は三十分後に待ち合わせして、その三十分後、着替えさせた此方が唖然とするほど着物に馴染む者が居た。
「――……鴉のにーさん、射手やん、魚座の女王、何でそんな似合うの……」
「さぁ? 知りませんよ――東洋がかった顔を私はしてるから判るのですが、射手座のほうは……」
「普段の服とあまり変わり映えしないからだろうか?」
「じゃのう、わらわとおぬしはあまり変わらぬからなぁ」
「……そうだな、いつも東洋の服だもんね、あんたら」
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