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第六部~梅花悲嘆~
第三十三話 貴方は俺のために泣いてくれますか
しおりを挟む――眠る牡丹を見て、思うのは、か細い思い。
蜘蛛の糸のように、頼りない絆で、己は此処にいる。
鴉座と陽炎のように、ワイヤーのような切れない糸を望んでいるのに。この蜘蛛の糸は、まるで己の生命線のようだと、菫は思った。
日に日に重くなっていく体。牡丹の前では吐かないようにしているが、本当は影でこっそり吐いてる。赤い露を。
寿命というのがもしも、眼に見えることができ、それがメーターならば、きっと己は残り、一メモリにも満たない寿命なのだろう。
それを感じると、牡丹を抱きしめたくなる。でも、駄目だ。彼は、幼い精神。牡丹は幼い頃の記憶をそのままに接してくれている。
無垢な彼を汚すわけにはいかない。
これがもしも陽炎なら――? 陽炎なら、憎まれ口を言われても、笑える。嫌われても、まだまだこれからと踏ん張ることが出来る。睨み付けられても、それがそそる。……なんだ、それなら最初から己は、陽炎という存在を求めていたのか、と菫は気付く。
歩いてる途中で、店の呼び込みに気付き、ふと立ち寄った店にあったのは指輪。ローズクォーツが嵌った指輪で、女の子がするようなものだった。
だけど、そこに書いてあった「恋のお守り」という文字が、無性に気になった菫はそれを買うことにした。
それに己の力を込めてしまえば、渡せる理由ができる。少し、菫は浮かれた。
(牡丹――陽炎、僕は……僕は、オマエが、欲しい。どんな手を使っても欲しいと、思った。せやのに……)
「何でかな、虚しいんや……お人形相手にしとる気分なんや――なぁ、おかしいやろ。僕が欲しいのは、牡丹、オマエやなくて、陽炎なんや。長年の片思いやなくて、一瞬の一目惚れをとりたくなってしもうた……遅いか」
菫は泣きそうな顔を片手で押さえて、息をついて、ゆっくりと体内を巡る悪い気分を吐き出そうとする。
だがそれと共に、口端から流れる紅い線――口中に広がる鉄臭さに菫は、嫌な顔をする。
どうして、どうして。そんな言葉しか浮かばない。
(どうして、彼の十数年の中に、僕は入っておらんの? オマエが捕まらなければ、変わっておったか?)
口端を拭っても、また流れる紅い紅い糸のような吐血。
それはまるで己の生命線のか細さを現すようで。
「……何で、こんな寿命なんや。普通に生まれたかったわ、ボケ! 何がミシェルじゃあ!」
菫は転がっていた空き缶を蹴り飛ばすと、咳き込み、道に倒れ込む。
見かねた人々が助けようとしたが、菫はすぐには起きあがらず、地面の冷たさを感じて、少し目を瞑る。
(いつ眠る? この地の底に――そん時、陽炎、オマエは泣いてくれんのか?)
じーわ、じーわと蝉の鳴き声が五月蠅い。
徐々に冷たい床も、己の体温で暑くなってきて、菫は起きあがり、何事もなかったかのように、帰路につく。
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