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第六部~梅花悲嘆~
第二十八話 正解をくれよ
しおりを挟む「テメェはまだ、子供なんだ。仕方ねぇさ」
「おや、一緒に過ごしてきた年数をあげるなら、誰よりもご主人に近いほど大人なんだけどね。まぁいいや、ご主人、手伝ってくれないかね」
「――妖術が利かないときは、占いだ。なぁ、字環? それとも、テメェが仕組んだのか?」
蒼刻一は指をぱちん、と鳴らすと、悪魔座の隣に突如字環が現れる。字環自身も相当驚いたようで、持っていた水晶を落としかける。
わたわたと水晶を持ち直し、落ちないところで安堵の息をつく。
字環はそれから、蒼刻一を睨み付け、眼鏡をかけなおす。
「あのなぁっ、いきなり呼ばないでくれないか!」
「妖仔を主人の都合で呼んで、何が悪い?」
蒼刻一は字環が苛ついた声をぶつけてくると、ははは、と心底嬉しそうに笑った。
それから悪魔座に向ける暖かな目とは違う色の暖かみで、字環を見つめる。その視線に慣れてないのか、字環は嫌そうな顔をする。
「僕の主人は柘榴様で、命令していいのは白雪様だけだ」
「――その二人に共通して、テメェの心も離さない陽炎。本当、変な奴だな。わっかんねぇよ、ただの凡人が何でそこまで非凡を惹きつけるか」
「蒼、お前は勘違いしてる。陽炎さんだって、非凡だ。――僕は、長きにわたって、あの黒玉に封印されていた。だからどんな奴が主人だったか覚えている。どんな扱いを受けていたのかも、ね。陽炎さんは、兵器でもなく、奴隷でもなく、ただ家族として扱った、非凡な異常者だよ。害のない異常者」
字環は水晶を己の衣服でこすって、曇りを取り除くと、水晶に映る月を見つめ、ふと空を見上げる。空には満天の星。何と綺麗な夜空だろうか。
陽炎が非凡だったのは、夜空を欲しがった、それだけの理由で痛み虫を集めたということくらいだろうか。
寂しがりな人。孤独に弱い、人間。己が、その孤独を癒せたら、と当初は思っていたが、もう鴉座と思いが通じ合ってからは、そんなこと微塵にも思わない。
ただ、あの二人の関係を壊し尽くしたいと思うだけ――。
幸せに笑う姿は、己の手で作りたかった。悲しみも喜びも己で左右させたかった。彼の全てを独占したかった。
でも、二度とその願いが叶わぬというのならば――壊すしかない。
彼らの関係を、徹底的に叩くしかない。
恋しくて憎い。大嫌いで愛しい。複雑で歪んだ思いが、鴉座によってもたらされる陽炎の笑顔を見る度に、疼いていく。
「陽炎さんは、僕のこの仔――水晶のような存在だ。この仔が全てを左右する」
「ははっ、それ全部仕組みなのになァ。そういう仕組みを、月は背負わされてる。それは全部予め仕掛けられた作り物の思いなんだ」
「――鴉座クンだって、そうだった。でも、今は違う。じゃあ例外は、一つだけとは限らない。そう例えば、蟹座クンだとか」
蒼刻一はそれを聞くと、くつくつと面白可笑しげに笑い、世にも残酷で美しい微笑を見せる。
蒼刻一もそれなりに顔が整っているのだった、と悪魔座はふと思い出した。
「それで? 嫉妬したテメェが、糸遊に何かしたのか?」
「そうだよ――僕が、彼の運命を狂わせたのさ。占いと、この月である力を使って、ね」
「陽炎に何をしたんだね、アザワさん」
悪魔座は目を見開き、おそるおそる尋ねた。悪魔座は、字環に対してどういう感情を抱けばいいのかよく判ってない。
蒼刻一の思い人だ。だが月であり、鴉座たちには敵だ。その立ち位置は非常にアンバランスで、どういう扱いをすればいいのか、掴めなくて、悪魔座は態度もどうすればいいのか判らなかった。
字環は悪魔座に興味なさそうに、だけど質問したものが良かったのか機嫌良さそうに答える。
「事故を起こした。ちょっとゴロツキどもに欲が強くなる術を使って、陽炎さんを襲わせたのさ。それから、後は僕の望み通りの結果になる運命の仕組みを変えた」
「わぁ、凄いね。運命なんて見えるんだ。変えられるんだ」
「だって僕は、運命が見えるからその所為で取り合いされた身だからな」
ふぅん、と悪魔座は頷くと、それで、と言葉を続ける。
「それで、陽炎さんの居場所は分かってるのかね?」
「占いと妖術は別だからね。占えばすぐに判る――でも、君には教えない。鴉座クンに情報がいくからね」
「……――じゃあ、カラス兄さんには言わないから。ぼくだけで探す」
「それなら、教えてもいいよ――どうせ、別の人が君に関わってくる。そいつだけじゃ、どうにもならないってもう見えてるし」
見えてるというのは、未来のことだろうか、と悪魔座は不思議に思いながら、字環から陽炎の居場所を教えて貰う。運命なんて変えてやる、と心の裏では笑って。
礼を告げて、悪魔座は出かけることにした。
「待て、悪魔座」
「――? 何だね、ご主人」
「……――作られて、良かったか? 僕が主人だった頃と、柘榴が主人の今、どちらが過ごしやすい?」
蒼刻一は、幽霊座が眠ってからずっと考えていたことを、素直に珍しく聞いた。
悪魔座はきょとんとしてから、きししと笑い、蒼刻一の両頬にキスをして、頭を撫でて消えた。
卑怯だ、これでは返答になってない――だが、何処か心が温かくなるのを感じる。
字環を生き埋めにしてから、永久に、凍り付いていた心が。
「――お前は星座の誰をも求めないかと思っていたんだが、闇の十二宮だけは求めるんだな」
「……――思い入れがあるんだ。勿論、僕は月にも思い入れがあるぜ? アザワ先生ェ?」
「残念だな、蒼。作られた仕組みとやらで、僕はお前なんかより、陽炎さんを愛してるようだ。お前のことは、ただの友達としか思えないな」
字環はくす、と笑うと、姿を消した。瞬く間の時間で。帰るのが早い奴だと、蒼刻一は苦笑した――苦笑した途中で、その笑みは、切なさを臭わせる。
苦しいのに、苦しいという単語を知らなくて、口に出来ないもどかしさを味わっているような笑み。
手を、虚空に漂わせ、蒼刻一は銀の瞳に月を、黒の瞳に星を映す。
「――僕は、何者だ? 僕は、これから先、本当に彼らに憎まれたいのか? ……――憎まれれば、生きる糧になると思った。でも今は判らねェ。……ホーリーゴースト、正解をくれよ。僕は、どうやってこのトコシエを過ごせばいいんだ? 忘れられるのは、大嫌いだ。忘れられないためには、憎まれる以外、どうすればいい?」
永久を約束された、死の敵対者は今初めて、戸惑いを覚える――。憎まれたいと願っているのか、憎まれたくないと願えばいいのか、判らずに。
柘榴ならば、また道を照らしてくれそうな気がした――だが、安易に彼に頼るのは、いけない気がした。
柘榴は、己の所為で、ガンジラニーニの郷に帰るのを許されなくされたと聞いた。
――……当たり前だ。己を許すなんて大罪、聖霊が許すわけがない。それに、今は説歌いが居ないのだし。居たとしても、柘榴のように寛容ではない。
……それなのに、あの聖霊は己を許した。
馬鹿な奴、と嘲り、蒼刻一は闇夜にとけ込んだ。
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