251 / 358
第六部~梅花悲嘆~
第二十七話 健気なその姿の君にだけは弱い
しおりを挟む悪魔座が部屋を出ると、そこには己の主人、柘榴が居た。
柘榴が片手をあげて、いつもの彼にしては少し黒い笑みを見せた。ああ、苛立ってる人だらけだ、と悪魔座は苦笑したくなった。
「ど? 鴉のにーさんの様子」
「焦燥してるね。ぼくでは効果はなかったんだね」
「――皆、それぞれ特効薬になる人に、励まさせてるんだけど、どれも無理。やっぱり星座に好かれやすいんだなぁ、かげ君は」
「――聖霊にもね」
悪魔座が笑うと、柘榴は苦笑して、溜息をついた。それから、腕を組み、目をふせて、これから先を考える。
陽炎を無くした、蓮見は大きい。それらを白雪が知ったら、どうなるか。まだ帰るのは当分先らしいが、怖くなる。
だがそれよりも先に怖いのは、陽炎が――あの出血量で、生きていること。
確実に、人でない何者かが関わっている証拠。そして、己たちの家に帰ってこないのも、それが原因では、と勘ぐってしまう。
もしかしたら怪我のせいで、滞在を長くせざるをえないのかもしれないけれど、嫌な予感がするのだ。
「――あくまん、能力を使うのは厭うかい?」
「あんまんみたいに呼ばないで欲しいね。――そりゃそうさ。ぼかぁ人を、狂わせる力だ。誰だって狂う人間なんか、見たくない。そうだね? ぼくちゃんを、そういう人だとお見受けしたんだけど、ぼかぁ」
悪魔座はにこっと微笑み、柘榴を試すような視線を送る。どう答えるのか、どう反応するのか、それによって此方も態度を変えるぞ、とでも言いたげな。
柘榴は、また溜息をついた。
(――おいらって、そんなに純粋な人に見えるのかな。前回の白雪が言ってきたことといい。おいらだって、汚いことを思うときだって、あるさ! それにこれから先、汚いことを覚えなければ、やっていけない。蒼刻一を見ているとそう思うんだ)
柘榴はすぐには返答しなかった。
少しの間、空を見つめ、ぼんやりと陽炎を思う。
(でも、君を思うと、汚くなったら駄目だと考えてしまう。君の前では、正論をいつだって言えるような立場で居たいんだ)
今頃、陽炎は何をしているのだろう。帰ってきたら、まず何を言おう。怒るのが先か、喜ぶのが先か――。そこまで考えて、悪魔座が己に返事を求めてることを思い出す。
「そんな人に、なれたらいいね」
柘榴は曖昧に、返事を濁して、去っていった。
背中を見つめ、悪魔座は肩を竦める。
(――陽炎、ぼくちゃんの影響力は凄いんだね。白と黒を、逆にする力が、あるんだね。この家の人は、殆どがぼくちゃん次第だ。だから、早く帰ってきて貰うよう、動こう。一番陽炎に無関心な人、ぼくが動かないと、皆が落ち着かない――)
――黙り込んで、どこから探ろうか考えていると、ふと大きな力の気配を感じる。
外に出て、屋根にあがれば、空に蒼刻一がいた。
悪魔座は、嬉しそうに喜び、飛びつく。
「ご主人!」
「――落ち着きねぇな、どうしたんだァ? あァ? っと、抱きつくんじゃねーよ、気持ちわりぃ」
「へへっ、だって会いに来てくれるとは思わなかったね!」
蒼刻一は口では文句を言いつつも、素直に甘えてくる悪魔座を撫で、笑みを浮かべた。
悪魔座は知っている。己ら水子にだけに向けられるこの笑みを。
誰も知らない、あの街を知ってる者しか知らない笑みだ。あの街で生まれた己だからこそ、この笑みを向けてくれるのだろう。
蒼刻一は悪魔座を撫でると、身を引き離し、どうどう、と諫めた。
「何か暇だったから、来てみたんだが、どうした? 僕のホーリーゴーストの気が乱れてやがる。何かあったのか」
蒼刻一は今まで、白雪から与えられたダメージを修復するのに時間をかけていた。その間は、誰かの情報を取ってくる暇なんかない。だから、今の彼は地獄耳の状態から、少し抜けているのだろうと悪魔座は悟った。でも、数日すればすぐに世界情勢に詳しくなるのだろうけれど。
「陽炎が消えたね」
「あァ? あの眼鏡が? そりゃねーだろ。星座がいるし、柘榴もいる。奴が消える道理がねぇ」
「――……それがね」
悪魔座は溜息をついて、内緒話をするように、耳打ちをする。
蒼刻一は銀と黒のオッドアイを細めて、ふぅん、とつまらなさそうに返事した。
陽炎のことには、蒼刻一は一切興味がないようだった。多分、もう字環が生まれた状態だからだ。
蒼刻一の興味を引くのは、字環と柘榴だと悪魔座は知っている。
「まぁすぐに戻ってくんじゃねーの? まだ三日だろ? そんだけ怪我してて、痛み虫がないのなら、時間は普通かかるだろ?」
「だけど、ぼかぁカラス兄さんを安心させたいんだね。――まるで、父ちゃんが苦しんでるみたいに、見えて。重ねちゃいけないって判ってるんだけど、ね。理想通りにはいかないんだね」
悪魔座が困ったねーと苦笑して見せれば、蒼刻一も苦笑してみせる。
蒼刻一は、悪魔座が鴉座とアトューダを重ねないよう、努力している姿を見る度に、申し訳ないことをしてしまった気がする。
彼らの思い出を汚してしまったような。ただ、己だけがアトューダの子供だと、彼らを覚えているのが嫌で、鴉座にはあの姿を与えた。エゴだ。それでも、悪魔座はそれを喜び、だが重ねないように努力し、違う喜びを味わおうとする。
健気なその姿は、何処かもの悲しい。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─
藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。
そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!?
あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが…
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊
喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者
ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』
ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
Rシーンは※をつけときます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる