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第六部~梅花悲嘆~
第二十六話 嫉妬が止まらないんです
しおりを挟むかつ。足音がただ一つしただけだ。
それだけで鴉座は扉をばんっと開けて、己の部屋をノックしようとしていた悪魔座に驚かれる。
悪魔座は目を見開き、鴉座の憔悴ぶりに少し狼狽える。鴉座は、望んでいた待ち人ではないことに、がっかりとしていた。
「――カラス兄さん」
「何です? ――今、お前の相手をちゃんとできるほど、私は穏やかではない。用件を手短に」
「――……ちょっと、励ましにきただけだね」
悪魔座は首をこきりと鳴らすと、溜息をついた。
――嫌な目撃情報が届いた。この家に。陽炎が菫と居たが、攫われ、暴れ馬に乗ったまま壁に衝突して、そのまま行方をくらませたという情報。
最初は鴉座も見過ごしていたが、三日経っても帰ってこない上に、実際に噂の現場に行ってみれば、夥しいほどの血痕が残っていた。
柘榴に見て貰えば、それは陽炎の血だということが判明し、菫や陽炎の居場所を探っても、超能力の保護壁により、妖術が感知してくれない。
実際に足で探してみても、見つからないのだ――。
そのことに鴉座は苛ついていた。否、鴉座だけではないな、と悪魔座は判っていた。
柘榴も、蟹座も、鷲座も、獅子座も――というより、星座一同、落ち着きがない。
落ち着いているのは、己と射手座くらいではないだろうか、と思った。
「陽炎は死なないね」
「何故、断言できるんですか?」
「運命力があるからだね」
「意味が分かりませんよ。――……第一、何故私に黙って菫と出て行く?」
鴉座は、片手で額を抑えると、はぁと溜息をついた。表情には疲れが表れていて、この様子ではずっと眠ってもいないし、食事もしていないのだろうと、悪魔座は少し心配になった。
妖仔には食事は本来必要ないが、睡眠は必要だ。そりゃ、主人が眠るなと言うのなら、何日でも耐えることが出来るし、無理ではない。ただ、疲労が酷いだけで。可能だが、辛くないかどうかと問われれば、また話しは別なのだ。
「陽炎の死体がないってことは、菫が面倒を見てるってこと。だから、生きてるのは確実なんだから、そこで安心すればいいね」
「――……子供には、まだ判らない感情でしょうね。それとも、判りますか? 例えば、カレンを特別視してる者が、お前の知らないところで世話になってる」
「実際経験してないから何とも言えないがね、少し過保護ってやつなんじゃあないかね? カレンはともかく、陽炎はいい年こいた大人だね。誰と話そうと、誰の家にいようと、勝手ってもんじゃないかね」
達観している悪魔座の言葉に、鴉座は尤もだという気持ちと、いや違うという気持ちが相反し、ごっちゃになり、何とも言えない気持ちを味わう。
悪魔座は頬をかいて、それから腰に手をあて、扉をしめて、中へ入る。
「カラス兄さん、あなたらしくない。冷静になろう。何が、あなたから冷静さを奪わせている?」
「――……あの人、拒まなかったんですって」
「何を?」
悪魔座は、鴉座をソファに座らせて、己も向き合う形で椅子に座る。
そして机の上に置いてあるクッキーに手を伸ばして、ぼりぼりと食べれば、そこらにあった出がらしのお茶でも飲んで、一息つく。
「菫が酒場で迫ってきたのに、拒まなかった――んですって」
「……――なるほど。それは、焦りもするってわけ、だぁね。不安になるよね」
悪魔座はもう一枚、と今度はチョコチップが交じってるクッキーに手を伸ばし、それからちらりと鴉座の表情を伺う。
鴉座は此方を見てはおらず、悪魔座は苦笑した。
「ゴーストがまだ起きてた時。亜弓を慕っていた。でもぼかぁ、本気で焦ったりなんかはしなかった。――でも、ぼくの言いつけを破り、カラス兄さんの元に、ゴーストが行ったと知ったとき。ぼかぁ少し不安になった。その時過ぎればよかったのは、あなたのモデル――アトューダ様の記憶のこと。だけど、過ぎったのは……」
悪魔座はクッキーを半分に割る。屑が少し、カーペットに落ちた。
「――恋心ではないか、という気持ち。一度、そういう気持ちが宿ると、駄目なんだね。どうしても、疑ってしまうものだね」
「――どうしてでしょうね。信じたいのに、信じたい気持ちは見えなくなる一方で、疑いばかりが目立っていく。白が黒に染まって、灰色になる。灰色になると、白も交じってることも忘れて、黒のイメージしかつかなくなる」
鴉座は柘榴の作った薔薇のジャムの瓶をあけて、悪魔座につけて食べてみろと無言で勧めた。己は、別のジャムをスプーンで掬うと、紅茶に入れて、ブランデーを少し入れる。そしてロシアンティーにして、落ち着かせようと、また溜息をついた。
それを見た悪魔座はクッキーにジャムをつけながら、鴉座を心配そうに見やる。
「――少し、寝たら?」
「何故? 妖仔は本来、眠らなくてもいい生き物だ」
鴉座は悪魔座が何故そんなことを言うのか、というのを判った上で、足掻いた。眉間に皺を寄せて、抵抗を口に放った。
「煮詰まった頭を冷静にするには、一度熱を取り除きなさいね。眠れば、混乱した頭も落ち着くもんだね。きっと、陽炎が拒まなかったのも、何か理由があるもんだね」
「――……だと、いいんですけれどね。そういえば、カレンの様子はどうですか?」
「寧ろ、そっちに起きていて貰いたいね。いつ起きるか、判らないもんさね。――いつも通り、規則正しい呼吸で眠っているよ」
「……もしも、一生起きなかったら、どうするつもりですか?」
鴉座は瞳に暗い色を宿し、話題転換をする。話題転換をされれば、今度は悪魔座が切ない笑みを見せる番だった。
悪魔座はクッキーを口にして、己はジャムをつけないほうが好きだな、なんて思いながら、紅茶をずずっと一口飲んで、喉を潤す。
「一生面倒見るんだね。長い刻が約束されてるんだね、ぼかぁ。あなたも、ね。あなたが消えるなんて、嫌だよ、ぼく。二度も、その姿が消えるのは見たくないんだね」
「左様で」
鴉座は新しいけれど、冷たいお絞りを、広げて、己のまぶたの上に置いて、顔の上部を覆う。目を閉じれば、陽炎のことを思い出してしまって。
目をあけたままでも暗闇に囲まれると落ち着くのは、己が根暗だからか、なんて自嘲してると、悪魔座が立ち上がった気配がした。
「おやすみ、カラス兄さん。情報集めは、任せてくれてもいいんだね」
「――頼みます。あの人に、早く会いたい」
早く、あの人の優しく笑いかけてくる表情が見たい。
否、どんな顔でもいい。一刻も早く会って、生きているのだと、安心したい――。
少し、そんなことを考えていると、いつの間にか闇は降りて、体は休息していた。
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