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第六部~梅花悲嘆~
第二十三話 考えれば考えるほど嗤いたくなる
しおりを挟む「スミレ、中で待ってくれてても良かったのに」
「いや、あの中はあんま好かん。でっかい屋敷で落ち着くのって、赤蜘蛛さんとこだけなんや。蓮見ちゃんが庭に出ててくれて助かったわ」
「はは、そうか――で、あれか、飲みの誘いか?」
「っへ、ばれたか――牡丹には敵わへんなぁ。あ、せや、これ土産や」
「ん? 有難う――わぁ、凄い。何、この箱。初めて見た。たっかそー!」
陽炎は目を細め、警戒するように箱を四方八方の角度から見やり、首を傾げた。
しまった、陽炎は高い品物っぽくみえるものは開けない主義だろうか、と思ったら案外簡単にあけた。
中には何も入ってなかったが、透明の煙が入ってるはずだ――。
「……っけほ、けほ!」
「ん、どないした?」
「――何でも、ねぇや。うん。で、この箱が土産?」
「売れば大層な値段になるんとちゃうの?」
「ばか、そんなんならいらないよ」
陽炎は苦笑して、菫に玉手箱を返し、歩を進める。
菫は、くすくすっと笑い、玉手箱をこの場から、消し去って、陽炎に続く――。
その消し去った箱を、蓮見がキャッチしてるとは知らずに。
「何これ? ……けほっ、けほっ……」
咳き込むのはきっと何かが入っていた証。蓮見は思わず、それを菫が送る予定だった場所へ送る。
蓮見の妖術の腕は着実にあがってきている――。
だからきっとその腕が、味方に向けられたときの予想なんか誰でもつくのに、誰もがこの時、予想がつかなかった。
ましてや、一番好きな相手――父親を、蓮見が大嫌いになるなんて。
白雪が帰ってくれば、地獄が待っている――白雪の地獄と、蓮見の地獄が。
これが魔王になる原因。
*
「昼間はどうするんだ? まさか昼間から酒たぁいかないだろ」
「昼間はせやなー何処かで話せへん? 昔の話とか聞きたい。オマエが捕まって、どうなったか――」
「……ああ。判った、じゃあセレールでいいな。あそこ何時間も紅茶だけで粘れるから」
「あれ、水が好きやったんとちゃうかったっけ?」
「紅茶も飲めるようになったんだよ」
くす、と陽炎が笑うと、菫の胸が締め付けられて、またきゅううんとする。
それを隠すように菫は不機嫌そうな顔をして、そうかと頷き、歩くことにした。
陽炎は店を案内し、そこで何時間も話し込んで、菫が賊を引き継いだが、赤蜘蛛に捕らえられたとき彼の弟子になり、改心したこと、解散させたこと、赤蜘蛛の義理の息子になったことを話した。
そして菫が話し終えれば、陽炎は自分のことを、言葉選びが苦手なのか時間を掛けて、丁寧に話していく。たどたどしかったが、それでも何とか話し終える。
菫は陽炎が言葉を選んで懸命に話しているのを、微笑ましげに暖かな視線を送って、見つめていた。
その視線に気付いた陽炎が、苦笑を浮かべた。
「悪いけど、俺、愛してる人、いるからさ」
「別れてまえ。またいつ裏切るか判らへんよ? 一回裏切った奴なんて、何度裏切るか判らんやないか」
それは賊の頭領としては正しい決断。だから菫は迷いもなくそんなことを言う。
だが、前回、やむを得ずに己を裏切った白雪を知ってるために、何度裏切られても信じたいと願った。
柘榴が以前言っていた。
「かげ君って、白雪以上に手を汚すのを嫌がりそう」と。
許した後での嫌味だと気付いたのはすぐにだったが、柘榴は慌てて謝った。その時は虫の居所が悪かったと。八つ当たりだったと。
でも外れではない気がした。今まで、自分が動いて手を汚した事なんて、あの皆が崇められた場所から解放するときくらいだし、後は流れに任せてる気がする。
だから字環の言葉が怖かった。
彼の言う運命とやらは、流れに任せて生きている者のことなのでは、と思ってしまった。
ぼんやりとしていると、菫が名を呼ぶので、陽炎は首を振った。
「何でもない――俺はでも、鴉座を信じたい。もうあんなことをしない人だって」
「わっからん奴やなぁ! 恋人になったら、裏切らん保証があるんか?」
「あるよ。好きな人裏切りたくないし」
「――っへ」
菫は心の奥底で、嘲笑った。
(それなら、今夜、オマエはその保証をびりびりに破り捨てることになるなあ?)
そう内心笑ったのだ。それはそれはとても楽しい計画事のように。
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