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第六部~梅花悲嘆~
第十九話 照れ隠しだって分かってよ!
しおりを挟む「って、そうしてるうちに陽炎来よるしなぁー。よ、陽炎」
「あれ、菫?」
陽炎が遠くから鴉座と一緒に駆け寄って、蓮見を見つければ、蓮見! と声をあげて、歓喜で思わず、抱きつく。
そしてほおずりを何回もして、喜ぶ――それを見て、菫はまた暖かい眼差しを陽炎に送る。
その視線に気付いたのは、蓮見だけでなく、鴉座も。
鴉座は菫と目があうなり、お互い何か感じるものがあるのか、一瞬で目つきを鋭くした――。
(こいつ――)
(絶対――)
(ライバルだ――)
お互いに思うことは一緒だった。
陽炎は蓮見を抱き上げて、腰を抜かしてる賊どもを見やり、首を傾げて、菫を見やる。
「お前が助けてくれたのか、蓮見を?」
「そらな、皇太子様の御子やし――間に合ってよかったわ」
「有難うな! お前、思ったより、良い奴なんだな!」
きゅうううん。
菫は、思わぬ陽炎からの破顔に、胸をときめかせてしまい、心臓をばくばくとさせ、顔を真っ赤にしてしまう。視線を陽炎から、そらしてしまい、拗ねたように顔をしかめる。
ああ、諦めようと思っていたのに、どうしてそこまで心を鷲掴みにするのか。
これでは諦められなくなる、諦め癖が常の己が!
「いや、僕は別に――その」
「蓮見が無事じゃなかったら、俺、白雪に何されてたかわかんねぇ!」
「は?! ま、まぁええわ、僕……」
「かげろちゃん、菫ちゃんって、ブルーチャイルドなんだって」
「こ、こら、蓮見ちゃん!」
陽炎は一瞬目を細めたが――妙に耳に馴染むその単語を聞けば、目を見開き、混乱が生まれる。
確か、己が居た賊の名前は――……。
ああ、それでは、この男は、この拗ね顔の男は……。
「スミレ――……」
「……思い出したのか、牡丹」
「……ん、牡丹、か、そう呼ばれたな。嫌なあだ名覚えてるんだな、お前。俺の名前は陽炎、だけどその前のあだ名は牡丹だったんだよなぁ、牡丹肉が好きだったから……って、一人だけそう呼んでくる奴が居たな」
「陽炎?」
「え? あ、わり、鴉座……俺、さ。賊だったときがあったって話はしたよな? そこの賊が、同じ賊なんだ……スミレと」
「……ああ」
道理で眼差しが他の者への優しさと違うわけだ。
蓮見に向かう視線の中にも優しさはあるのに、何処か陽炎との違いが、陽炎に恋心を抱く己には明確に分かる。
鴉座は牽制でもしておくか、と内心舌を出したが、すぐに菫に心を読まれてしまった。
「何やて!? おま……えええ!?!! オマエ、牡丹と恋人なんかあああ!?」
「はい、そうですが。何故お分かりに?」
「僕ぁ、心が読めるんや! うわぁあああ、牡丹、やめときっ、こんな男! この男、オマエを裏切ったことあるんやろ!? 赤蜘蛛さんから、話はきいとる!」
「ははは、まぁ、うん、それは俺の心を読み取って、汲んでくれないかな」
菫にそう言われると、陽炎は切なく儚い笑みを浮かべ、本当に外見だけは上品に育ったな、と陽炎の今は名を失った第二皇子という立場を改めて思い知る。
素材が一流ならば、環境など関係ないということだろうか、これは。
菫は感心しながら、陽炎の惚気一つですら聞くのが嫌で、頑なに首をふって、やぁやと言い切る。
「僕、オマエをこいつにやるくらいなら、かっ攫っちゃるわ」
「は?」
「――僕、昔からオマエのこと好きやったねん」
……恋人の前で、正々堂々と告白とは、また、と鴉座は腹の底がどす黒くなる感覚を取り戻す。
嫉妬深い彼の前で、それをどう受け止めるかで、己の夜が左右される。それを判ってる陽炎は、鴉座をちらりと見た後、鴉座のやっぱり怖い目に愛想笑いを浮かべて、菫を見つめる。
「スミレ、俺はお前のことは友達だと――」
「僕は最初からちゃうかった。僕は最初から、オマエのこと特別やったわ! せやから、大事に大事にして、側におった……なのに、オマエときたら、僕のこと忘れとるし!」
菫はぎっと睨み付け、陽炎に近づく。
そして、蓮見を抱き上げてる陽炎をあっという間に、鴉座の側じゃなく己の側に居させ、抱きしめる。
「――忘れてたら、そのまま忘れてたら、もう諦めるつもりやったのに、オマエが悪いんやからな」
「スミレぇ、お前のこと思い出せたの嬉しいけれど、ちょ、あの恋人の前でこの体勢はやめてくれないか……」
「やぁやー! 僕、オマエともう離れん!」
「菫――でしたっけ? 私の人から、離れてください。この人の心は私のものなんですから、諦めてください」
「――ふんっ! 絶対に、寝取ったるからな!」
「あんな痛ェこと誰がするかああああああ!!!」
陽炎からの、蓮見アタック。それに菫はがふっと伸され、床に転がってる。
この恥じらってる調子では、きっとCまでいったのか、Cまでいってしまったのだな、と少し悲しくなった菫だが、へこたれない。
「牡丹、絶対に僕がオマエを正気に戻したるからなっ!」
菫はそう言うと、げふげふと咳き込みながら、去っていってしまう――。
何というか、嵐をこの目で見た瞬間だった――そして、暗黒の嵐はこれからだ。
鴉座がにこにこと微笑んでいる――。
本能的にやばいと思い、後退る陽炎――、だが、鴉座は笑うのをやめない。
「あんなこと――そう、我が愛しの君には、あれはあんなことでしかなかったのですか。私からの精一杯の愛情表現でしたのに……苦痛を伴うだけでしたか」
「いや、あの、そういう意味じゃなくてっ!」
「では今夜は出来るだけ優しく、優しくあれがどんなに愛ある行為か、時間をかけてお教えしましょう。楽しみですね?」
「……う、ううううう、……うわあああああ!!!!」
陽炎は鴉座の言葉に真っ赤にぼんっと爆発したように反応したかと思えば、言葉につまり、挙げ句には逃げ出してしまった――。
今日はどんな色仕掛けを使おうとも、誰かと一緒に寝て貰おう――そう思いながら。
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