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第六部~梅花悲嘆~
第三話 覇王の予言
しおりを挟む蓮見はあれから、三歳児の姿になっていた。
目に入れても痛くない蓮見を、陽炎は抱き上げて、かいぐりかいぐりしていた。だが蓮見の表情は何処か暗い。陽炎はそれを見て、額と額をあわせて、励ましてやった。
玄関を出て門までやってきた白雪は、その光景を見てため息をつく。
果たして本当にこの選択を選んでよかったのか、なんて自信はないけれど、それでも仕方がない。蓮見も、家内も、聖霊の綺麗事を望むであろうから。
「まさか今更、母国が蓮見を狙うなんてね」
「全く、嫌な国だよ。そのくせ、でかい国だしな。良い思い出って、あんまりあの国には俺はないね」
陽炎がそう言って蓮見の柔らかな頬に己の頬でほおずりする、白雪はそれを見ながら苦笑を浮かべて、サングラスをかちゃ、とはめ直す。
この光景は愛おしい。とても愛おしい物が凝縮されてるような空間で、名残惜しさを感じてしまう。その名残惜しさを隠すように、白雪はいつもより更に濃いサングラスを選んだ。
「かげろちゃ、痛い~」
「ああ、ごめんな、蓮見。でも、この頬の柔らかさは異常だ! これが若さか……」
「かげろちゃも、やーらかい」
蓮見がにこぉと笑い、陽炎に抱きつく。それに感激した陽炎が、甥馬鹿になり蓮見をぎゅーっと抱きしめる。
そして、名残惜しそうに白雪に渡すために、地面に下ろす。
「本当に、この子連れて行かないのか?」
「下手に連れて行くより、聖霊の仔に見張って貰った方が良さそうだ。もし攫われても、向こうに行ったらオレがいるしね――」
「妖術使うなよ」
「――分かってるよ」
白雪は荷造りし終えて、最後にサックの口のヒモを絞ると、荷物はまとまり、出て行く準備が出来た。
サックを背負い、蓮見を最後に抱き上げて、キスをすると、白雪は出て行こうとする。
これから彼が目指す場所は――陽炎と白雪の母国、ユグラルド。
ユグラルドは最近蓮見をつけ回し、白雪をつけ回し、妖しい動きを見せている。
何かが起こるその前に、白雪が自ら出向き、蓮見に何かするのはやめさせるよう言ってくると、決めたのだ。
その旅は、白雪一人で。
牡羊座もついていこうとしたが、それは制されて、己一人で行くと説得したようだった。
「蓮見が心細くなるでしょう」と。
父親ッ仔の蓮見は、ただでさえ父親が居なくなるのをぐずったが、牡羊座の叱咤により、泣く泣く諦めさせられて、父親の首根っこを最後に抓る嫌がらせをして終わった。
小さくなっていく白雪の背中を見て、蓮見は泣きそうになっている。
白雪は振り返りもしない――それが決意の固さのように陽炎は思ったが、蓮見から見ればまるで自分のことを要らないと言われてるような感覚だった。幼子は事情をよく分かってないから。
泣きそうになっている蓮見を慌てて、陽炎はあやすために抱き上げて、頭を撫でる。
「よしよし、よく我慢したな。大丈夫、おじちゃんがいるから」
「かげろちゃ、パパ、行っちゃった……うわぁああん」
「泣いたらパパが困るだろー? オレだって蓮見の泣き顔見たくないよー?」
「……――我慢する」
蓮見は両手で涙を拭いて、ぐすぐすと鼻水を服でこする。
陽炎は苦笑し、屋敷に入ろうとするために、門から玄関を目指す。
だが。
「ねぇ」
その時に、呼び止められて、陽炎は振り返る。門にもたれ掛かるように、そいつはそこにいた。
「白雪様、何処に行くんだい?」
「――字環」
「嫌だなぁ、そんな毛虫を見るような目をしないでくれない?」
字環はにやにやと陽炎を見つめて、歩み寄ってくる。
陽炎は字環を警戒するように、だけど蓮見には何もさせないために下ろして己の後ろに蓮見を隠し、睨み付ける。
そんな陽炎を見て、字環は苦笑を浮かべる。
「そこまで嫌い?」
「ああ、大嫌いだ――虫ずが走る」
「……――それは光栄だね。何も思われないより、何か思ってくれた方が有難い」
「お前、蒼刻一に似てきたな」
陽炎が真顔でそう言うと、字環は嫌そうな顔をした。
最近の発見だが、字環は蒼刻一の話になると嫌そうな顔をする。心底毛嫌いしているような顔とはまた違って、何処か言い得ぬ嫌な顔をするのだが。
「で、何のようだよ?」
「白雪様の子供は、無理だよ。覇王の一人だ」
「覇王?」
「ああ。元占い師の名を使わせて予言させてもらうなら、その子はとても手に負えない子供だよ。捨てちゃえば?」
「ふざけんな。帰れ」
捨て子だった己にそんなことを言うなんて。陽炎は、一瞬かっとしたが、何とか押さえ込んだ。
陽炎は言い捨てると、ポケットから劉桜から以前貰ったナイフを取り出し、いつでも字環の首を掻き切る準備をする。
字環はくすりと笑うと、陽炎の眼前にまで歩み、陽炎に息をふぅっと吹きかける。
その息にくすぐったそうにした陽炎に、字環は頭を撫でて、陽炎から手首を切られかける。
うっすらと一筋の血が流れると同時に、字環は陽炎から手を放す。
「随分と警戒心の高い猫だな。爪で引っかかれた」
「……は? 猫?」
「うん、猫。似てない? まぁ、精々その子供が大人になることを防ぐんだな」
字環は流血したまま、手をひらひらとふると、血が滴ると同時に消えていた。
陽炎は目を細めて、字環の狙いを探ってみるが、よく分からなかった。此処まで分かりにくい性格の人間に出会うのは初めてで、初期の蟹座が可愛く見えてくる。
「何したいんだろうなぁ、あいつ」
「かげろちゃの、ひとりじめ」
「独り占めって何処で覚えたんだ、そんな言葉」
後ろに隠した蓮見にげらげらと陽炎は笑うと同時に、屋敷へ入るよう向かった。
「陽炎さん――愛してる。だから、君の役立つこと嫌なこと、したいんだ――。もっと嫌ってよ。最愛の人になれないなら、一番嫌いな人は僕にしろよ。僕は君に、世界で一番憎まれるよう努力しよう」
遠くから字環は、薄く笑う――。
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