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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
番外編3 鴉座と陽炎
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主人が出来、己が現実に具現化することが出来た。
それはいいことだ、自分が愛属性なのもこの主人ならば仕方がないと思えるし、可愛いから文句はない。同性なんて壁は気にしないで、口説き続ければいつかはおちるだろう。
だが困ったのは、主人はまだ幼いということだ。
幼い癖に肉奴隷にされかけていた、今思うとあそこであの黒玉を拾ってくれて良かったと心から思えるのだが、主人は幼いから、仕事に就かせるわけにはいかない。
さて、どう生きさせようか、賊は嫌がるだろうな、と鴉座は苦笑し、眠る主人を背負い、歩く。
「綺麗ですねぇー陽炎様、見えまして?」
眠る主人に語りかけても、主人はぼろぼろの体を震わせて眠っている。
これは資金繰りを先にするべきか、と拾われてまだ一日の鴉座は思った。
「さて、どう資金繰り致しましょうか――……」
その時、鴉座の足下に転がり込んできた紙は、運命だったのかもしれない。
――ひとまず、一ヶ月分の生活は保障される程度の賞金首。
それを見て、鴉座は人間というのは殺し合うのか、なんてことを今更思うわけでもなく、こんなぼろい商売があったのか、と思った。
「賞金首――ね。ハンター……鳥が、ハンターになるというのも変ですが、いいでしょう、やってみましょうか」
*
「それでお前がハンターを密かにやってるのを見て、俺も影響されて、俺の担当分野にするから、お前は情報収集出来るっていうし、それを頼むってことになったんだ」
陽炎から、鴉座は昔の己の話を聞く。
彼のハンターをすることになった切っ掛けが、まさか自分だったなんて思わなかった。
今ならば、昔の自分を叱ってやりたい。好きな人を危険に巻き込んでどうするのだ、と。
鴉座は複雑な心境で話を聞き終えると、柘榴の作ったパイを一口分フォークで切り分け、はい、と陽炎に向ける。
陽炎はフォークを奪い、真っ赤になりながら「自分で食える」とフォークごと囓るように口の中に入れてしまった。
「幼い頃の陽炎ですか――可愛かったでしょうね」
「んー、可愛くないと思うけど。だって、可愛かったらさ、そんな奴隷市場で安売りするわけないじゃん」
「――何度聞いても、慣れませんね。この悲しみは。貴方が、奴隷……」
「んな顔するな。助けてくれたのは、お前だ」
陽炎はフォークを口から抜き出して、皿に置き、水を一口喉に送る。
乾いたさくさくの生地だと、どうにも水分が欲してしまう。紅茶が本当は合うのが判っているが、水の方が好きな陽炎は水を口にすると少し綻んだ表情を見せる。
「美味しいですか、バナナパイ」
「うん、うまい。流石柘榴だよなぁ。あ、でも俺、そのうち鴉座の料理食べてみたい」
「え? 私の料理、ですか?」
「うん、お前、出来るよ。集中できれば、昔は作ってくれていたから」
「……――ふぅん、じゃあ、愛しき貴方のためにこの腕をふるいましょう。では今夜ふるいますので、買い物お付き合い願えますか?」
「ん、いいよ。何作るんだ?」
陽炎がそういって支度を調えるためにテーブルを片付け、立ち上がると、鴉座も立ち上がり、少し目を宙に彷徨わせて思考する。
「そうですねぇ、何か喉越しが良くて、栄養があるもの……なんていうと、スープしか浮かばないんですけれどね。安い物があったらそれを買って、それでメニューを決めましょう」
「な、なぁ……それって、俺だけ食うのって、駄目……か?」
「――独り占め、したいと?」
鴉座は陽炎の期待の籠もった瞳を見やると、一瞬きょとんとしたが、すぐに何処か香しい笑みを浮かべて、男性でもどきりとするような仕草で、陽炎の顎に手をあてて、くいっと己の方へ向かせた。
顎を固定されると陽炎は頷くことが出来ず、かといってこの男から視線をそらすことも出来ず、少し居心地が悪そうに、そうだよ、と答えた。
「他の奴に知って欲しくねぇの、お前の味」
「――それはそれは、嬉しいですね。貴方にも独占欲があったなんて、身に余る光栄です」
「嫌味か、それは」
陽炎は鴉座の言葉に、口の端をつり上げて、少し苛つきながら笑った。
苛々としているのを隠さない様子に鴉座は、開き直ったか、と確信し、くすくすと笑う。
こうして己を求める欲が、眼に見えると嬉しい。陽炎は、あまりにも淡泊で、中々甘えると言うことも苦手なのか、してこないから。
以前、柘榴が陽炎のことを「あれは、懐かない猫だね、路地裏とかにいそうな。餌あげても、素知らぬ顔する感じでさ。でもああいうのが一旦懐くと、すっげぇ可愛いんだよねぇー」と比喩していたが、まさにその通りだと思った。
甘え方を知らない、茶色の猫。そんなことを陽炎に言ったら、この笑みは怒り顔に変わって、恥じ入ってるのを隠す代わりに、八つ当たりで引っかかれるのだろうな、と苦笑した。
「いいえ。本心です。私が貴方を思ってるくらいに、貴方が私を思ってくれているようで、とてもとても。嗚呼、私の栗色、どうかこの愛の奴隷に、お情けでいい、口づけをくれてやってはくださいませんか?」
「――いちいち、回りくどいんだよ、お前は」
陽炎が上目遣いに睨み付けてくる――睨み付けても、すぐに目を閉じるということはこの唇をかすめとっていいということだ、鴉座は妖笑を浮かべると、陽炎を抱き寄せて、口づけた。
濃厚な口づけをされれば、陽炎はとろんと蕩けるような瞳を鴉座に向けて、しがみつくように――服の裾を掴む。
こんな時は抱きつけばいいのに、と鴉座は思いながら、甘え下手の陽炎の背中に手を回して、――ふと思いつき、手の指を背中に這わせる。
「ッ?! な、何……」
「何て、書いたでしょう? それを当てることが出来れば、料理独り占めして結構ですよ」
「……――お前なぁ、昔からやること変わらないんだな!」
陽炎は、少し、昔を思い出す。
己が背中を向けていると、悪戯をしてくる昔の鴉座を。
(私の思いを、貴方の背中に込めました)
そう言って、毎回、描くものは決まって――。
「スキ、だろ」
「――正解。何だ、昔からやってたんですね。つまらない。じゃあ次は判らない言葉でも書いておきましょうかね」
他の言葉、それでもこの男が描く文字は何処か想像がつく。
次は、きっとダイスキ――。
それはいいことだ、自分が愛属性なのもこの主人ならば仕方がないと思えるし、可愛いから文句はない。同性なんて壁は気にしないで、口説き続ければいつかはおちるだろう。
だが困ったのは、主人はまだ幼いということだ。
幼い癖に肉奴隷にされかけていた、今思うとあそこであの黒玉を拾ってくれて良かったと心から思えるのだが、主人は幼いから、仕事に就かせるわけにはいかない。
さて、どう生きさせようか、賊は嫌がるだろうな、と鴉座は苦笑し、眠る主人を背負い、歩く。
「綺麗ですねぇー陽炎様、見えまして?」
眠る主人に語りかけても、主人はぼろぼろの体を震わせて眠っている。
これは資金繰りを先にするべきか、と拾われてまだ一日の鴉座は思った。
「さて、どう資金繰り致しましょうか――……」
その時、鴉座の足下に転がり込んできた紙は、運命だったのかもしれない。
――ひとまず、一ヶ月分の生活は保障される程度の賞金首。
それを見て、鴉座は人間というのは殺し合うのか、なんてことを今更思うわけでもなく、こんなぼろい商売があったのか、と思った。
「賞金首――ね。ハンター……鳥が、ハンターになるというのも変ですが、いいでしょう、やってみましょうか」
*
「それでお前がハンターを密かにやってるのを見て、俺も影響されて、俺の担当分野にするから、お前は情報収集出来るっていうし、それを頼むってことになったんだ」
陽炎から、鴉座は昔の己の話を聞く。
彼のハンターをすることになった切っ掛けが、まさか自分だったなんて思わなかった。
今ならば、昔の自分を叱ってやりたい。好きな人を危険に巻き込んでどうするのだ、と。
鴉座は複雑な心境で話を聞き終えると、柘榴の作ったパイを一口分フォークで切り分け、はい、と陽炎に向ける。
陽炎はフォークを奪い、真っ赤になりながら「自分で食える」とフォークごと囓るように口の中に入れてしまった。
「幼い頃の陽炎ですか――可愛かったでしょうね」
「んー、可愛くないと思うけど。だって、可愛かったらさ、そんな奴隷市場で安売りするわけないじゃん」
「――何度聞いても、慣れませんね。この悲しみは。貴方が、奴隷……」
「んな顔するな。助けてくれたのは、お前だ」
陽炎はフォークを口から抜き出して、皿に置き、水を一口喉に送る。
乾いたさくさくの生地だと、どうにも水分が欲してしまう。紅茶が本当は合うのが判っているが、水の方が好きな陽炎は水を口にすると少し綻んだ表情を見せる。
「美味しいですか、バナナパイ」
「うん、うまい。流石柘榴だよなぁ。あ、でも俺、そのうち鴉座の料理食べてみたい」
「え? 私の料理、ですか?」
「うん、お前、出来るよ。集中できれば、昔は作ってくれていたから」
「……――ふぅん、じゃあ、愛しき貴方のためにこの腕をふるいましょう。では今夜ふるいますので、買い物お付き合い願えますか?」
「ん、いいよ。何作るんだ?」
陽炎がそういって支度を調えるためにテーブルを片付け、立ち上がると、鴉座も立ち上がり、少し目を宙に彷徨わせて思考する。
「そうですねぇ、何か喉越しが良くて、栄養があるもの……なんていうと、スープしか浮かばないんですけれどね。安い物があったらそれを買って、それでメニューを決めましょう」
「な、なぁ……それって、俺だけ食うのって、駄目……か?」
「――独り占め、したいと?」
鴉座は陽炎の期待の籠もった瞳を見やると、一瞬きょとんとしたが、すぐに何処か香しい笑みを浮かべて、男性でもどきりとするような仕草で、陽炎の顎に手をあてて、くいっと己の方へ向かせた。
顎を固定されると陽炎は頷くことが出来ず、かといってこの男から視線をそらすことも出来ず、少し居心地が悪そうに、そうだよ、と答えた。
「他の奴に知って欲しくねぇの、お前の味」
「――それはそれは、嬉しいですね。貴方にも独占欲があったなんて、身に余る光栄です」
「嫌味か、それは」
陽炎は鴉座の言葉に、口の端をつり上げて、少し苛つきながら笑った。
苛々としているのを隠さない様子に鴉座は、開き直ったか、と確信し、くすくすと笑う。
こうして己を求める欲が、眼に見えると嬉しい。陽炎は、あまりにも淡泊で、中々甘えると言うことも苦手なのか、してこないから。
以前、柘榴が陽炎のことを「あれは、懐かない猫だね、路地裏とかにいそうな。餌あげても、素知らぬ顔する感じでさ。でもああいうのが一旦懐くと、すっげぇ可愛いんだよねぇー」と比喩していたが、まさにその通りだと思った。
甘え方を知らない、茶色の猫。そんなことを陽炎に言ったら、この笑みは怒り顔に変わって、恥じ入ってるのを隠す代わりに、八つ当たりで引っかかれるのだろうな、と苦笑した。
「いいえ。本心です。私が貴方を思ってるくらいに、貴方が私を思ってくれているようで、とてもとても。嗚呼、私の栗色、どうかこの愛の奴隷に、お情けでいい、口づけをくれてやってはくださいませんか?」
「――いちいち、回りくどいんだよ、お前は」
陽炎が上目遣いに睨み付けてくる――睨み付けても、すぐに目を閉じるということはこの唇をかすめとっていいということだ、鴉座は妖笑を浮かべると、陽炎を抱き寄せて、口づけた。
濃厚な口づけをされれば、陽炎はとろんと蕩けるような瞳を鴉座に向けて、しがみつくように――服の裾を掴む。
こんな時は抱きつけばいいのに、と鴉座は思いながら、甘え下手の陽炎の背中に手を回して、――ふと思いつき、手の指を背中に這わせる。
「ッ?! な、何……」
「何て、書いたでしょう? それを当てることが出来れば、料理独り占めして結構ですよ」
「……――お前なぁ、昔からやること変わらないんだな!」
陽炎は、少し、昔を思い出す。
己が背中を向けていると、悪戯をしてくる昔の鴉座を。
(私の思いを、貴方の背中に込めました)
そう言って、毎回、描くものは決まって――。
「スキ、だろ」
「――正解。何だ、昔からやってたんですね。つまらない。じゃあ次は判らない言葉でも書いておきましょうかね」
他の言葉、それでもこの男が描く文字は何処か想像がつく。
次は、きっとダイスキ――。
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