【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー

番外編2 海幸と呉

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 あれから幾日が経とうとしているだろうか。
 己に関わる事件全てを終えて、亜弓の郷に戻ってされたことは、まず海幸に、にっこり笑われてから、一瞬で形相を鬼に変えて殴られたこと。
 それはまだ良い、だが現在の状況はいかがなものかと不満な呉だった。

「あーゆー! 鮎坊、言って、言って! ほらほら!」
「んー? 好きだよ、みゆー」
「鮎兄ちゃん! ぼくにも、ぼくにもー!」
「好き好き好きー!」

 にこにことして亜弓は、周囲に愛を振りまく。
 己にだけに言って欲しい言葉なのに、亜弓は近所の子供どころか海幸にまで、好きだ好きだと他の同胞が言えない分、口にする。
 呉はその度に奥歯を噛みしめ、凶悪な顔つきを子供達に見せては本気で泣かれて、海幸にはにやにやとむかつく顔を見せつけられる。
 折角甘い生活が始まるか、と期待も少ししたのに、これでは初めて郷に来たときとあまり変わり映えはない、否、それより状況は悪くなっている。
 特に、海幸とか海幸とか海幸とかが亜弓の側にいて邪魔をするから。
 夜は別々のテントに寝かされるし、朝におはようのキスをしようとすると海幸が遮って挨拶してきて、亜弓はそれを忘れて、次期族長だからか同族の皆に挨拶に行ってしまう。昼は少し一緒に居られるかとほっとしていると、子供達が亜弓に遊び相手を頼み、亜弓は遊びに行ってしまう。

 はっきり言ってしまえば、かなり鬱憤が溜まっている。

 亜弓と話す時間も少なければ、スキンシップなんかこれっぽっちもない。
 どうして、漸く結ばれたと思えば、こんな目に遭うのだといい加減呉も堪忍袋の緒が切れそうだった。
 

「え、君も今日から僕のテントで寝たいって?」
「そうだ、文句言わせねェからな」

 呉は焼きトウモロコシを口にし、薬草で出来たサラダを見て凶悪犯面を更に凶悪なものにする。
 今は昼で、昼食だけでも一緒に食べようという約束のもと、こうして一緒に二人きりで食べている。
 そんな時に、呉は話をきりだした。

「お前は寂しくねぇのかよ」
「え?」
「――その、一緒に居る時間が、少なくてよォ」
「……僕、とうとういかれたかも。やばい、やばい、可愛い、呉、可愛い! 呉が可愛く見えるなんて、やばいいいい!!! ねぇ、どうしてそんな拗ねるの! 子供みたいだね!」
「るせぇ! お前よか年下だっつっただろ! ……――大人ぶるには、もう余裕がねぇんだよ。いっつもいっつも誰かに邪魔されて、お前との二人きりの時間は少ない。それもこれも海幸が邪魔してくるからだ……!」
「んー、まぁ、うん。夜、テント別にしなさいって言ったのは海幸君だけどね」
「……――何でだよ」
「子供の教育に悪いから、だって」
「――それじゃあこう言ってやれ。この民族を増やそうとしてる奴らは良くて、何故オレたちゃ駄目なんだ、って」
「呉、呉!!」

 呉の言葉に、亜弓は耳まで真っ赤にして、ばばばばばばとどもったあとに、大声で馬鹿! と怒鳴りつけてから、呉を睨み付けた。
 呉は馬鹿と怒鳴られても、最早久々の会話に胸弾むだけで、痛くも痒くもなかった。

「何、興味ねぇの?」
「――そ、それとこれとは別っていうか、僕、まだそこまで君を受け入れられないっていうか!!」
「興味はあるんだな?」
「う、ううっ。僕だって、健全じゃないけど男の子だものっ。文句あるかい?!」
「ないね。大いに賛成だぁ! ……よし、待ってろ、オレが海幸と話しつけてくる」
「え、あ、おい、呉! 薬草サラダ、食べてよー!」

 呉は亜弓にそう言われると渋々一旦サラダを食べに戻り、一口で一気に食べると、薬草臭いその口で、唇をかすめ取り、さっさと去ってしまった。
 残された亜弓はしかめっ面で、一人焼きトウモロコシを、もしょもしょと食べていた。

「何さ、呉の馬鹿。老け面。のっぽ。――し、し、した、したいなんて僕、一言も言ってない! いや、その、興味はあるけどさ、仕方ないよね、男の子だもん。でも出来て精々、こう、ほら、その、ねぇ? キスとかだけだよ、だって僕より年下の呉に手出しなんて出来るわけないじゃないか。僕のが年上なんだから、その辺はしっかりしないと! せめて清い交際したいじゃないか……ただでさえ、次期族長なのに、子孫絶やすんだから」

 亜弓は、そのままぶつぶつと呟き続けて、いつの間にか焼きトウモロコシを全部食べ終わって芯だけになっていた。
 
 

 
 
「海幸、何処だ?」
「おー、呉ちゃんじゃないのよさー。あたいはここよー」
「キャラ変えるな、不気味だ」
「っふ、存在感の薄い俺は忘れられるに決まってるだろ。つかお前も不気味だ」
「……――五月蠅い。それよりな、テメェどういうつもりだ?」
「んー何が?」

 海幸は焼きトウモロコシを一族の皆の為にどんどんと焼きながら、にっこりと微笑む、爽やかに、されど胡散臭く。
 その爽やかな兄貴面がとてつもなくうざく感じた呉は、拳を作って振り下ろしたかったが、何とかなけなしの理性で堪えた。

「亜弓を取られた腹いせか?」
「何のことかしら? おにーさんてばね、記憶力ないんだ」
「間抜けのふりはよせ。お前はとんでもなく利口な狼だ」
「失礼しちゃうー! 俺はとっても好青年って郷で評判なんですぞ。……んまぁ、冗談はともかくね、何が言いたいかは大方察しはついてる。だけど、今此処で話すようじゃ、お前に話す資格はまだないっつーことだ。黙って嫌がらせだと、勝手に思ってなさい」

 海幸のつんとした言い方――ではなく、呉は言葉に引っかかった。
 勝手に思ってなさい? それではまるで、何か別の思惑があるようではないか、と呉は感じて、眉をひそめて、少し黙り込む。
 海幸はその間にも、鼻歌を歌いながら焼きトウモロコシをどんどん作っていき、ある程度溜まったら、火だねを消して、焼きトウモロコシを皆に配るために動こうとする。
 監視するように眺めていると、海幸は呉にまで渡してきて「手伝え」と嫌な笑い方をした。
 呉は、むっとしながらも、もしかしたら手伝った後ならば話してくれるかも知れないと思い、とりあえず黙って手伝った。
 
 一通り配り終えると、海幸は己のテントに呉を招いた。入りたくはなかったが、話はしたかった。勿論、亜弓についてだ。
 海幸はテントに入るなり、作りかけの薬草を練った薬をごりごりと乳鉢で擦りながら、話し出す。

「お前ね、鮎坊が何で好きなのにお前に踏み出せなかったのか、よく考えたか?」
「――人目が怖いから」
「そう。そうなのに、あんな場所で話したら誰が聞いてるか判らないだろうが、お馬鹿。いいか、この郷はな閉鎖的なんだ、他の民族より。強い繋がりで、驚くほどの狭さで。そして珍しい物なんて珍獣扱いになるかもしれない。今、お前と鮎は少しそうされてるだろ?」

 言われてみれば確かに、未だに物珍しい目で見られるし、戸惑いで接されることがあるが、それらは己を恐れていてだと思っていた呉は目から鱗だった。
 呉は話しに聞き入り、続きを促す――海幸はすると、乳鉢の中に薬草サラダに入っていた薬草を一つ入れて、ごりごりとまた乳棒でこすり、よく練る。

「俺は、少しでもお前らがこの郷に馴染むようにしてるワケですよ。お前のためじゃない、可愛い可愛いあゆのためだ。ふられたって、可愛いもんは可愛いし、あいつは弟みたいなもんだ。――だから、あいつが次期族長なのに肩身の狭い思いをすることになるのは避けたい。お前だって、鮎がしんどい顔してこの郷に居るのは嫌だろ?」
「そんなことになったら、攫ってオレの別荘で暮らすけどな」
「鮎坊奪ったら、追っかけて殺しちゃうわよっ! まぁ、そーだな、とりあえずお前らの同性愛への見方を少しずつ慣れさせていこうとしてるだけだ。まだだ、いきなり同じテントで激しいことしたら、吃驚するだろ、郷の連中、皆。世間はそんな簡単にいかねぇんだぞ。俺なんかさ、鮎坊に告白したってだけで女の子からどん引きされたよ。今は何とか大丈夫になったけどな」
「……――そういう、ものなのか」
「そういうもんなの。此処の世界は、他の世間より狭い狭い孤島の世界だと思いなさい。だからな、悲しいけど、残念だけど、少しずつ慣れさせていくしかないのよ」
「……会話が少ししか出来ないのも、か?」

 練った薬が、粘りを出すとそれを摘み、手のひらで転がす海幸。
 少し考えて、知的さを思わせる顔つきをしてから、微苦笑をした。

「それは、鮎の立場上、だな。あゆは、次期族長だ。本当だったら、柘榴だったんだけれどな、柘榴からちょっと困った手紙が来てな」
「困った手紙?」
「あゆには内緒だぞ――あいつ、死と敵対を考えてるみたいなんだ。その上、……俺らの怨敵を許した」

 その時、海幸の声が少しだけとげとげしさを持ったのを、呉は感じて、目を細めた。
 そういえば蒼刻一からそんな話を聞いたような聞かなかったような。
 呉の表情がよっぽど面食らった顔をしていたからか、海幸は、あ、と呉に気付き、笑った。

「お前の前で、あの死に神の悪口はやばいか。お前、あいつが親だもんな」
「……――まぁ、お前らの事情は仕方ないんじゃねぇの? 別に構いやしねぇ、そこまで親しいわけじゃない。育てて貰った、それだけだ」
「んー、じゃあ言わせて貰うけれど、さ。あいつは、俺達から、この長い歴史の中で、ずっとずっと綺麗な言葉を奪ってしまったわけ。益々迫害される理由を作ったわけ。お前、鮎があの言葉を言えて、心底うれしがっていたのを見れば判るだろ、どんなにアレを言えないのが辛いのか」
「――オレは、亜弓と会うまでは、それは庇護の代償だと思っていた。だが、実際に好きになると言われないのは辛い。……それを、柘榴が許した?」
「そう、あのよりによって最大の悪を、あいつは許して、俺たちを裏切った! ……元から人を憎むのに向かなかった奴だけど、元からあいつを憎むなって説いてた奴だったけど、そこまで……聖者だったなんて、思わなかった。まぁ許すまでなら、まだいいが……死と敵対? 俺たちと違う時間を歩く? ……そこまで材料揃ったら、あいつはもうガンジラニーニじゃない。あいつは、説歌いの柘榴じゃない。妖術師の柘榴だ」

 海幸は少しだけ表情を歪めて、辛そうに呟いた。
 ここで慰めようとかしないあたりが、呉らしいが、その方が海幸には有難かった。柘榴という、この郷では無理をしないと与えられなかった太陽のような存在を、知らない彼に彼を失ってどんなに悔しいかなんてわかりっこないのだから。
 柘榴は山ほど、子供達を正しき道へと導いた。亜弓のこともちゃんと救った。己の役目から逃げ出すこともしなかった。土樹の勉強以外は。
 その彼が郷から飛び出した時から、うっすらと予感はしていたが、まさか本当に、今の族長が彼を追い出す、なんて言うことになるなんて。
 手紙では、それを知らせても、「まぁおいらは見守り続けるから」なんてことが暢気そうな字で書かれていたが。
 
「――で、お分かり頂いたかしら? 俺がお前らを、分けた理由」
「――ああ」

 呉は苦そうな表情でため息をつく。
 ここまで言われてしまったら何も言えない。お互い、亜弓を大事に思ってるのは信じられることで、お互いにむかつくところなのだから。

「まぁ、ジェラシーが九割だけどな」
「この野郎ッ、やっぱりそうだったか!!!」

 だが海幸の本音に、呉はきれる。
 テントの中にあるものを、呉は海幸に投げ続けて、海幸は外へと逃げる。
 くすくすと笑いながら。
 
 
(――だって、やっぱりまだ可愛い鮎坊を手放したくないんだよなぁ。でも、鮎坊はもうお前のもんだから、さ。こうして意地悪するしかないってわけ。みじめーな男だよな、俺ってばサ。でも、あの時、あの妖術を使わなくて良かったと思えるから、不思議。不思議なライバルだったよ、お前さんは)
 
 海幸は、遠くから呼ばれる亜弓の声に反応し、中で呉が暴れてるよ、と密告し、テントの中で喧嘩する二人を見て、苦笑をするのだった。
 
 
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