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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第三十一話 死のスパイス
しおりを挟む鴉座の手から抜け出して、幽霊座は亜弓の背中から抱きつく。
尾羽が邪魔で、尾羽を抱きしめる形になったけれど、氷が徐々に己を蝕んでいき、幽霊座は冷たさに震える。
何という冷たさだろう、こんなに冷たいと手の感覚も体温も麻痺していくような気がする。逆に熱いような気がしてくる、そんなことを思いながら、幽霊座は震える。
「ゴースト、何をしている」
呉は少し間を挟んで、目を見開き驚く――何が起こっても驚くことのなさそうな顔なのに。その顔には今は凶暴性が見えない。だからか、幽霊座も微笑むことが出来た、仮とはいえ漸く主人に、微笑めた――。
「ご。ごめんな、さい。仮ご主人様ぁ……でも、嫌。尊者達が、たた、かってる姿は、嫌――ぼくぅが我慢すればいい話」
その言葉で、鴉座は一気に幽霊座の話を思い出す。
(あの、ね――亜弓様の、呪い、って、もし、ぼくぅが呪いを上掛けしたら、呪いが混ざって一気に、食べられ、ないの?)
(――お前の呪いが何かは分からないですが、多分スパイスを最良の物を選んでも……かけたお前が、いつまでも眠る反動がくると思います)
(……いつまで、も?)
(いつ起きるか分からない、呪いの呪詛返しですね――それも食べることが出来たとしても、お前は一生涯眠るかもしれません)
(……ぼくぅが眠るか、亜弓様が、死ぬ、か……ですかぁああ?)
(……――そうなりますね)
幽霊座は、己のいつ目覚めるか分からない眠りを犠牲に、亜弓を解放するつもりだ。
幽霊座の目は現に、己にその後食べろと訴えかけている。
あれだけ怖い、怖いと怯えていたのに。
今もその怯えた表情を覚えている――鮮明に頭に残っている。その表情は、今の彼の顔つきとは別人のようだ。
鴉座が悟り、躊躇ってるのに気付くと、幽霊座は鴉座にも、にこぉと微笑む。
「カラス様ぁ、ぼくぅ、嬉しかった。カラス様が、一緒に遊んで、くれて、うれし、かったぁ……昔から、夢だったぁあ。死ん、だときから、尊者に会うのが楽しみで――蒼様がいつか、会わせ、るって、言ってて……本当に、叶って、嬉しいぃい」
「馬鹿ッ! そんだけ嬉しいなら、もっともっと側にいるんだね! まだ間に合うね! あと少しでご主人が来てくれる筈だからっ! だから、ぼくちゃんは良い子にして待ってるね!」
悪魔座が必死に説得しようと、声を荒げる。荒げて、必死にやめろと叫ぶ。やめろと叫び、叶うならば今すぐ引きはがして頬をはり倒してやりたいが、あまりの冷気に悪魔座は寒さに弱すぎる為、近づけない。だから、この状況を知ったときも近づくことが出来なかったのだ。
それなのに――彼は、笑う。
己が胸をときめかせてしまうような笑みを浮かべる。いけない思いを、再燃させる。
「駄目。アクマ。有難、うね。心配し、てくれて。亜弓様、限界だぁよ……ずっとずっと、寒そうで、青くなっている……。もう死んじゃうよ、このままじゃ。ぼくぅは、居なくなればいい。死を司る幽霊、なんて、いな、ければ、いい。死の呪いしか、持たないぼくぅなん、て……カラス様、お願いですぅう……スパイスは……」
幽霊座の体が光り、その目に黒目が宿り、優しい表情が見えた――。
陽炎は、その表情を見るだけで、初対面なのに、何処か悲しい気分になり、思わずそっと手を伸ばすが、それを見て幽霊座が微笑む。
「スパイスは、死のスパイスだよ――ぼくぅの能力と、お揃い」
幽霊座の周りに黒い煙が集まってくる――煙突から出たような、黒い煙が、しゅうしゅうと亜弓と幽霊座に歩み寄り、亜弓の体から孔雀が出てきて、黒い煙と戦っている。
呪詛返しと能力が戦っている――悪魔座が幽霊座の名を呼び、幽霊座は、あの臆病な幽霊座が悲鳴をあげることなく痛みに耐えて、孔雀からの攻撃を受ける。
痛くないことなんて、ないのに。きっと痛いはずなのに、苦しいはずなのに、辛いはずなのに、幽霊座は言葉を一言も出さず、目を閉じる――。
――亜弓がそぅっと目を覚ます。
「ごー、すと?」
その声で幽霊座が嬉しそうに反応し、目をあけて、痛いのにそれを隠して、精一杯の笑みで亜弓に祝福を向ける。
「亜弓様、呉様と幸せにね」
「ゴースト……」
亜弓は目をまた閉じる。寒さに耐えられないようで、身を刺すような寒さから身を守るように丸くなる。
それはまるで、孵化した卵が、ふたたび卵のからに閉じこもるように――。
幽霊座は、視線で呉に訴える――呉がそれを見て、鴉座! と、叫び、呪いを食べるよう催促するように怒鳴る。
鴉座はびくっとして、その時の呉の目があまりにも恐ろしかったので、つい言うとおりに、死のスパイスを選び、黒い煙を孔雀にかけて、それを摘む。
一口では食べられなかったので、何回も噛んで、一口一口、口に入れる。
そして、全ての孔雀を食べ終わったとき――幽霊座と亜弓が倒れ込む。
幽霊座を悪魔座が支え、落ちてきた亜弓を呉が抱える。
悪魔座は寂しげな表情を浮かべ、柘榴の背中へ視線をちらっと一瞬向けた。
これから、やってくる真の主人に――。
悪魔座は幽霊座を抱えて、力なく笑いかける――惜しみなく、笑おうとしてるのに、力が抜けてくる。あまりの出来事に。泣きたくなってくる。悪魔座は、声を、体を、震わせる。
「ッこんなときだけの兄貴面くらい、許してくれよ……普段、きみを弟として見られなかったから、こんなことが起きたのかね? 君に恋した罰かね? カレン。いいさ、これが罰だというなら君が目覚めるまでずっとずっと待ち続けるさ……君のように、玩具で遊んで、ね。ねぇ、ご主人?」
よろけた蒼刻一が、字環と鷲座に支えられてやってくる。
蒼刻一は、遠い目で意識のない幽霊座を見やり、悔しそうに奥歯を噛んだ。
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