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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第二十七話 大事な友達になれたとおもったのに
しおりを挟む「蟹座――?」
陽炎は、訳が分からなかった。
己を一番大事に扱っていて、ふった後でも大切に大切に、宝物を愛でるように見守ってくれていた存在。
彼が己に刃を向けるのはここ最近では少なくなってきたので、すっかり彼の鋏の色を忘れていたが、まさかこんな時に思い出されるとは――。
陽炎は刃物の指を見てから、改めて蟹座に視線を合わせる。
「蟹座?」
「何だ」
もう一度問うても、彼は冷たい声、冷たい目で答えるだけ。
否、冷たくもないかもしれない――何も、映っていないかも知れない。
それでも陽炎は、それが信じられなかった。
いつだったか、鴉座がまだ己に警戒してるときの蟹座との会話を思い出す。
(陽炎、オレだけは何があっても、お前らを見守る――柘榴より、優先しよう。必要ならば、鴉の体に乗り移ってオレの武力を利用したっていい)
(何だよ、突然)
(――お前がいつまでも、ゼロの痛み虫だからだ。見てて危うい。だから、な――何かあったら、オレを頼れ。武力だけでも、相当頼りがいはあると思うぞ)
(――うん、そうだな。お前の力強さは、もう思い知ってるからなぁ)
(嫌味か。――……いいか、陽炎。決して、一人で解決しようとするなよ? お前には、星の守護がついている。偽物だがな)
走馬燈のように、一瞬でその言葉を、光景を思い出した陽炎は、目の前の蟹座を見て、悲しくなる。胸が――痛む。酷く痛み、何かの病のように感じる。
見えぬ誰かを、仕掛けた誰かを睨むように、鋭い眼差しで陽炎は、漸く声を出す。
「――誰にやられた」
「誰に? 何の話だ」
「くそっ――くそっ!」
陽炎は足で鉄格子を蹴り飛ばし、何回も何回も蹴る。
がぁん、がぁんとその度に牢屋に五月蠅く響いたが、それでも蹴らずには居られない。
悔しくて仕方がない、一番の悪友を失ったような気持ちだ。蟹座もきっと本来の意識があったなら本意ではないだろうに、その悔しさに、何度も蹴る。
陽炎は一段落すると、蟹座に手を伸ばし、その衣服を掴み、鉄格子の近くにまで引っ張る。
「蟹座、しっかりしろよ!」
「……黙れ、今すぐ殺されたいか? あと一時間ぐらいは、生かそうと慈悲をかけたんだが、無駄だったようだ――」
「蟹座!」
陽炎の目は、悲愴を宿していて、その目を何故か見たくないと思ってしまう蟹座。
蟹座は顔をしかめて、陽炎の表情から五月蠅そうに目を離す。
それに怒った陽炎が、大きく名を呼ぶと、蟹座は、目を見開き、その手を振り払い、首を振る。
何かが、心の何かが揺さぶられたような感覚――陽炎の声が、己を大きく揺さぶったのに、一気に揺さぶられるとその途端に視界が真っ黒になる。
急に夜中が訪れたような、暗闇どころか、瞳が真っ黒のペンキに塗りたくられたみたいだ。
「――何故だ。突然、見えなくなった……お前がやったのか、陽炎!」
「違う、俺じゃない――字環、字環だな!? 字環、テメェッ……!」
「これじゃ殺せない――どうしたら、見える、目が……」
「蟹座、蟹座! しっかりしろ、俺が、居る!」
陽炎は蟹座の手をがしっと掴み、力強い瞳で蟹座を捉える。どうか、己の声で意志を取り戻して欲しい、そう願いながら。今にも、陽炎は泣きそうな表情だ。
蟹座は、きょとんとしてから、怪訝そうな表情をして、唸る。
「何故。敵である貴様が居たからって、どうしようもないだろ」
「――ッ敵じゃない、敵じゃないんだ。蟹座、俺は、お前に助けて貰った、プラネタリウムの元主人だ」
「元、主人?」
「そう、そうだ」
蟹座がプラネタリウムという単語に反応したので、こくこくと頷き、言葉を必死に紡ぐ。
こんな思い、したくない。
彼が敵に回るなんてこと、ありえちゃいけないのだ――そう己の心が叫ぶ。昔ならば、敵に回れば「やっぱりか」って笑って済ますことが出来たのに。
「――俺はいつだって頼りなくて、お前らに守って貰ってばっかりだった。そのくせ、プラネタリウムの仕組みを変えたりしていた。無意識に。でも、だからお前は、柘榴が主人になっても、俺を鮮明に覚えていてくれていた」
「……――かげ、ろう?」
「そうだ、俺は陽炎だ。お前は、強くて、俺を大事にしてくれた。俺の恋路がうまくいくといいって言って、鴉座に味方したりもした――だから、鴉座の相談に乗ったりしてくれていた」
蟹座が片手で頭を抑える。何か五月蠅い音が、彼の中を蝕むのか、ぐっと呻き、目を強く瞑る。陽炎が掴んでくれている手が己を救ってくれそうな気がした蟹座は、その手を離さない――心細そうに、ぎゅっと握る。子供が父親の手を縋るように、頼りない力で握る。
陽炎の手に赤い線が走るが、陽炎は少し痛みに顔を歪めても、気にしない――さほど切れてはいないからだ。
「頭の中が、五月蠅い。お前の顔が、浮かんでは消え――別の声が聞こえる」
「……――俺の声だけを、聞いてろ、蟹座。お前と、俺は、友達だ」
「――友達」
「そう。大事な、大事な友達だ――なぁ、しっかりしてくれよ、俺、嫌だよ。お前が敵にまわるのが、こんなに怖いことだったなんて思わなかった。嫌だよ――嫌だ!」
大声でわめく。どんなに見苦しく見えるか、そんなこと関係ない。どんなに見苦しく見えたって良い、己の悔しさが伝われば。陽炎は、緩く頭をふり、ぎゅっと蟹座をつかみ続ける。
陽炎の涙がとうとう地面を湿らせたとき――蟹座が残酷に笑う。
くくっと喉奥で笑い、それは陽炎の恐怖心を刺激してくる。嗚呼、やはり無理だったのか、字環の力には勝てないのか、字環は特別なのか――その所為で、彼と己の関係は崩れるのか、と怖くて。
その顔を見れば陽炎ですら怯えるような程、鮮やかな元悪役に似合う笑みで――陽炎に不安が過ぎる。
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