【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー

第二十六話 諦観

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 鷲座を入り口付近において、動かないよう命じて、己は階段を上る。
 柘榴は四階に行くと、そこに眠る呉の姿を見つけた。
 呉は亜弓から眠りの妖術をかけられたようで、何か大きな出来事でもないと起きないようだった。
 白雪が裏切ったとはいえ、蓮見には罪はない――だから、蓮見を助けるために、それと亜弓の居場所を探すために術を解こうとした。その時……威圧感を感じた。絶対的な力の圧迫感、そんなものを自然体に持つ男なんかこの世でただ一人としか、幸い知らない。
 振り返れば、表情も感情も読めない男が、そこに。
 
 
「白雪!」
「やぁ、聖霊――」
「……あんた、その手に持ってるモンで、どうするつもりだよ」
「呉を殺すつもりだけど?」

 白雪は自然なことのように、さらりと答える。
 やばい、と本能的に思った。白雪に関しては陽炎ほど敏感ではないが、白雪の怒りには陽炎より悟ることが出来る自信はある柘榴は、思わず一歩後退る。
 白雪は大分呉に対して怒っているようで、無言で退け、邪魔するな、と命じてる様子に柘榴はため息をついた。
「血に濡れた手で、蓮見ちゃんを抱けるか?」
「――……ふふ」
「羊さんを、その手で抱きしめられるか?」
「……――聖霊の仔、いつまでも正攻法じゃあ、回避できる危機を、受け入れなきゃいけない」

 白雪は、目を細めて、苦笑を浮かべた。
 何もかも諦めた笑み――そう、母国について語る時のような、目をしている。
 この笑みは全ての物を捨てる覚悟の時の、笑みだと陽炎が言っていた。
 白雪の笑みには、大まかに四種類あって、一つは純粋な笑み、もう一つは企んでる笑み、もう一つは威嚇する笑み、最後の一つは――諦めた笑み。
 それを見分けるのは難しいと陽炎は笑っていたが、諦める笑みだけは見分けやすいのだな、と柘榴は少し同情した。
 せめて、純粋な笑みが分かりやすければ、喜びや嬉しさを共有出来るのに、諦めでは苦痛を共有など出来るわけがないのだから、特に国王になりかけたという苦しみなど。
 
「でも、正攻法じゃなきゃ、羊さんも蓮見ちゃんも嫌がるよ」
「悪役が、運命だったんだよ――憎まれても、あの二人が母国に行かないなら、それでいい」
「それで父親の責任を果たせたと言うのかい? かげ君ならこう言うだろうさ、死んで諦める方が楽でいいよな! って――」

 柘榴が射抜くような鋭い眼差しで白雪にはっきりとそう言うと、白雪は片手で顔を抑え、無言で笑みを浮かべる。
 髪をかきあげ、痒くもないのに、焦りから掻き、片手のレイピアを光らせる。

「……――ははっ、言いそう。聖霊の仔、……じゃあどうしろっていうんだよ。このままじゃ、……また攫われて、母国に渡る」
「いっそ母国と正面からぶつかって、父親に言ってこいよ。蓮見ちゃんは渡さないって」

 白雪は手に握るレイピアをぎゅっと握りしめて、それを柘榴に向ける。
 目を細めて睨み付け、威嚇する笑みを柘榴に向ける。
 切っ先はきらりと光るが、悲しい銀色をしていて、まるでこの悲嘆の空気を切り裂くような鋭利さだった。

「――……あの国がそう簡単にいくと思う? 君たち聖霊を裏切れる国だよ?」
「あんただって、おいらをハンターに売ったじゃん。対抗出来るよ? 卑怯さなら」
「君ってさ――何を根拠に簡単に言い切るの? 全部、簡単な出来事のように言ってくれる! ……この世には、何一つ最後まで保証出来るもんなんて、ないんだよ。それを一番知ってるのは、君たちガンジラニーニだと思うのだけれど? 約束を破られて、分かったことじゃあないか……?」
「……――根拠、そうだね。ないなぁ――でも、自信ならあるよー? だって、あの国はあんたが居ないと何一つ出来ない。出来ることはあるけど、あんた以上の策士は居ない。だから、あんたは対抗出来る、何人来ようと――それに、プラネタリウムっつー最強の武器があるっしょ。あんたのためなら使わないけど、蓮見ちゃんのためなら使うよ?」

 柘榴の言葉に白雪は目を見開き、それから目元を笑わせて、苦笑を浮かべる――酷く儚い笑み。それは優しく、それは清らかで、白雪の名に恥じぬ笑みだった。
 柘榴はこの笑みはどの種類の笑みだろうか、とぼんやり思いながら、真面目な表情を一切崩さない。
 陽炎が、白雪を見逃そうとした甘さが、今なら理解出来る気がする。
 あんな寂しい笑みを浮かばれるくらいなら、いっそ許してこういう笑みを浮かばれた方がまだ何か思うことが出来る。
 まだこの笑みを浮かばれた後のほうが、恨める気がする。彼が「通常」に戻ったようで。
 それが例えどの種類の笑みだとしても、彼なりの真理を口に出来る証だから。
 膝をついて謝る彼なんか、彼ではない。そんな弱気な彼は見たくない。いつも白雪にはにこりと微笑んで欲しい。
 
「君は馬鹿だね。他の策士なんて山ほど居るよ。それに、それは許すと言ってる……。前に許さないと言ったじゃないか。君たちはどうしてそこまで、底なしに甘いんだ? オレを、指さして、言えばいいじゃないか。裏切り者、って」
「そんなことしたって何にもならないだろ? ――あんたの為じゃない、かげ君たちの為だ。かげ君たちの為に、プラネタリウムの妖術を貸してやる」
「……蒼刻一といい、君たちは随分と寛大だこと。偽善的で吐き気と頭痛がする……、下が、騒がしいね」
 
 白雪はふと、後ろを見ると、何やらそこから冷気が漂ってきていて、一瞬で呉が起きる。
 それは理屈を越えた愛故に、妖術を破った目覚め。
 目を覚ますと、亜弓の名を小さく呟き、移動しようとする――。この冷気は覚えがある、確実にあの忌まわしい鳥のものだ。あの孔雀が亜弓の内より目覚めたことだ、亜弓が死へと一歩近づいたことだ。呉は心臓が凍え、早く行こうとする。だがそれよりも先に、白雪が呉にレイピアの切っ先を向け動けなくさせる。
 呉は苛々としながら、レイピアの先を掴み、血が出るのも構わずへし折り、蓮見をぽいっと放り投げるように渡し、その場から去る。
 蓮見という人質よりも亜弓の方が大事だと言うような態度。
 だがそれで許す白雪ではなかった――蓮見を抱えて、短い数式を唱えて、一瞬で呪いを呉にかける。
 数式には敏感で、呉はすぐに何かされたことに気付くと立ち止まり、振り返る。

「何を、した?」
「孔雀に会った瞬間、孔雀の力が強くなる呪い――君は、亜弓に会えないね」
「……ッ!」
「大切なものを奪った報いだよ――オレから家族を奪う奴ァ容赦しねぇよ」
「……こっちだって容赦しねぇ。亜弓は、俺の夢なんだッ! 今度こそ逃がしちゃいけねぇ大事な、金貨五百枚以上の品なんだよ!」
 
 呉は白雪に蹴り掛かろうとしたが、柘榴がその呪いを解いて、呉と白雪の肩をぽん、と一回ずつ叩いてから、「今はそんなことしてる場合じゃないよ!」と二人を引きずって降りていく――。
 二人は階段の度に足を痛めて、柘榴に文句を言いながら、にらみ合い、呉と白雪は互いにいがみ合った。
 
 
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