【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー

第二十三話 本物の聖者

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「……――忘れて欲しくないから」
「?」
「僕ァ、字環に遅かれ早かれ殺されるだろう。その時、僕を忘れないで欲しいんだ。寂しいだろ? 何年も、何千年も生き続けた阿呆が、たった数年で忘れられるんだ。こっちは何千年とその世界に生きてきたのに、たったの一世紀で忘れられるんだ! 字環を見てみろ! あいつはかつて世界中に名を残せるだろう聖者だったんだ! でもテメェは知らないだろ!? ほら、人はすぐに――忘れる。だから、だから、テメェらには僕のことは覚えていて欲しかったんだ……!」
「おいらだけなら兎も角、人嫌いのお前が何故かげ君まで……」
「僕の妖仔たちが寂しがるだろうからだ――僕の、妖仔には、生きる意味を見つけて欲しい……主人の都合でいつでも消せる存在なのに、消せなくなっちまったんだ……馬鹿だよなァ」

 蒼刻一はくっと喉奥で笑っているのに、その顔は笑みの形には見えない――だから、柘榴はつられて笑うことが出来なかった。
 馬鹿だ、世界最強のくせに何と変なことで怯えるのだろう――そう笑ってやれば良かったのに、柘榴はそれをしなかった。
 蒼刻一に歩み寄り、そっと白いその頭を撫でた。
 ――幾つもの人と出会い、幾つもの人に撫でられただろう、その頭。
 だけど、いつからか、恐れられて誰も触れることが出来なかった、その頭を。
 
「――おいらは、妖術は嫌いだ」
「……知ってる」
「――おいらは、お前を許さない」
「今更言うなよ」
「――……おいらは、でも、お前がおいらの手以外で殺されるのは嫌だ」
「……――ホーリーゴースト」
「でもね、お前が死ぬ所なんて想像出来ないんだ――死ぬのも嫌だ、世界中がお前を忘れて、お前がガンジラニーニに何故呪いをかけたかを忘れるのも嫌だ。お前が、世界の何に怒ったのかも――……。なぁ、おいらは、だからお前を許すしか、選択肢がないんだ。許して、お前が嫌がる姿を見るしか」

 それを言った瞬間、蒼刻一は穴が出来そうなほど柘榴を見つめて、目を見開く。
 柘榴は笑ってなんか居なく、真顔で嫌そうな顔でそう言っている。
 偽善的な笑みを浮かべてないからこそその話の真実みが増す。
 心底嫌そうな顔で、だりぃと呟き、蒼刻一を双眸で見つめる。
 ――まさか、この男から、あの聖霊の子孫から、許すなんて言葉が生まれるとは思わなかった。
 死ぬのが嫌だ、なんて言う人が出来るなんて思わなかった。
 だから、蒼刻一は眉をひそめて、言葉に困ったような顔をして、あー、とか、うー、とか呻いている。
 何を言って良いのか、何を言うべきなのか、どんな反応をするのか、困っているのだろう。
 柘榴は、苦笑を浮かべて、蒼刻一をそっと抱きしめて、耳元で「許すよ」と呟いた。
 
「ホーリーゴースト……何の、策だ」
「さぁね、お前次第だぁね」
「……――僕は、今でもテメェら聖霊にしたことは、後悔してないぞ」
「うん、不器用なお前の守り方なんだよな、それが? おいらだけ、理解してやるよ、胸くそわりぃ。本当、損な役目だよ、おいらはさ」
 
 蒼刻一は目を見開く。
 
 柘榴の姿に、遠きあの日の女を思い出す――初恋の人を。
 己を頼ってきた、勇ましき女勇者を。
 彼女は青白いけれども、美しい珠のような肌をローブで隠し、己を見つけると、いつも手を掴んでくれた。

(蒼様は、いつも倒れそうなほど真っ白だから――消えそうで怖いですね)

 あの子は気高く、いつも強気だった。
 だが優しさは忘れず、彼女の説く言葉は歌のように詩的だったから、そこからか説歌いという役目がつけられた。
 あの娘が、自らが死ぬ覚悟で「愛してる」と目の前で、叫んで、愛する者を守るために死刑台に上った娘が、再び目の前に居るような感覚。
 死ぬ前に彼女に会いに行くと、彼女は牢屋で頼んできた。

(お願いよ。蒼様、あたしの一族を、否、皆を見守っていて? 貴方が使った妖術できっと皆は貴方を恨んでいるでしょうけれど、本当は恨むような立場じゃないのよ、死ぬ寸前になって分かったの。ガンジラニーニの全部の望み、夢、願い……貴方はそれに答えただけの被害者だって、漸く分かったの。ごめんなさい――最後まで自分勝手でごめんなさい。貴方は、皆を思って世界に怒ってくれたのよね。でも、蒼様、いつかきっとガンジラニーニ達も貴方が被害者だって分かる時が来る。――貴方が許される時が来るの)

 娘はそういって己の冷たい手を両手で握った。

(ごめんなさい――貴方を一人にしてごめんなさい。貴方がいつか天に召される日を待っているわ……貴方はきっと許される。時間はたっぷりあるのよ、いつの日にか、きっと許されるわ……。肌色をくれた優しい人だから。だから分かり合う努力をして。お願いよ、蒼様。あたしが切っ掛けなのに、貴方が嫌われ続けるなんていやよ――蒼様、お願い、誤解を解いて)
 
(違う、肌色をあげたのは美しいテメェらに――好かれたかったんだ。誰かに、好かれたかった。誰も、居ない。もう僕には誰もいない――置いていくな)
 
 そう言っても彼女は、次の日には死んでしまった。天に向かって、自分の子供と愛する者の名を叫んで。
 
(許される日なんて来るわけがない。別に誤解でもない――だから、憎まれるのに慣れよう。そうすれば余計な期待はしなくてすむ。許される日なんて、来るわけがないんだよ――)
 
 そう、思っていたのに。
 
 そう、覚悟していたのに、あの娘の血を濃く引く男が、あの娘の眼差しの、面影がある男が、そんなことを言うなんて、卑怯に近い。
 
 説歌い、ただの説歌いなんかじゃない。
 
 これでは、聖者だ――。
 本物の聖者の出現に、蒼刻一は遠い昔の記憶から帰ってきて驚く。
 
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