209 / 358
第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第二十三話 本物の聖者
しおりを挟む
「……――忘れて欲しくないから」
「?」
「僕ァ、字環に遅かれ早かれ殺されるだろう。その時、僕を忘れないで欲しいんだ。寂しいだろ? 何年も、何千年も生き続けた阿呆が、たった数年で忘れられるんだ。こっちは何千年とその世界に生きてきたのに、たったの一世紀で忘れられるんだ! 字環を見てみろ! あいつはかつて世界中に名を残せるだろう聖者だったんだ! でもテメェは知らないだろ!? ほら、人はすぐに――忘れる。だから、だから、テメェらには僕のことは覚えていて欲しかったんだ……!」
「おいらだけなら兎も角、人嫌いのお前が何故かげ君まで……」
「僕の妖仔たちが寂しがるだろうからだ――僕の、妖仔には、生きる意味を見つけて欲しい……主人の都合でいつでも消せる存在なのに、消せなくなっちまったんだ……馬鹿だよなァ」
蒼刻一はくっと喉奥で笑っているのに、その顔は笑みの形には見えない――だから、柘榴はつられて笑うことが出来なかった。
馬鹿だ、世界最強のくせに何と変なことで怯えるのだろう――そう笑ってやれば良かったのに、柘榴はそれをしなかった。
蒼刻一に歩み寄り、そっと白いその頭を撫でた。
――幾つもの人と出会い、幾つもの人に撫でられただろう、その頭。
だけど、いつからか、恐れられて誰も触れることが出来なかった、その頭を。
「――おいらは、妖術は嫌いだ」
「……知ってる」
「――おいらは、お前を許さない」
「今更言うなよ」
「――……おいらは、でも、お前がおいらの手以外で殺されるのは嫌だ」
「……――ホーリーゴースト」
「でもね、お前が死ぬ所なんて想像出来ないんだ――死ぬのも嫌だ、世界中がお前を忘れて、お前がガンジラニーニに何故呪いをかけたかを忘れるのも嫌だ。お前が、世界の何に怒ったのかも――……。なぁ、おいらは、だからお前を許すしか、選択肢がないんだ。許して、お前が嫌がる姿を見るしか」
それを言った瞬間、蒼刻一は穴が出来そうなほど柘榴を見つめて、目を見開く。
柘榴は笑ってなんか居なく、真顔で嫌そうな顔でそう言っている。
偽善的な笑みを浮かべてないからこそその話の真実みが増す。
心底嫌そうな顔で、だりぃと呟き、蒼刻一を双眸で見つめる。
――まさか、この男から、あの聖霊の子孫から、許すなんて言葉が生まれるとは思わなかった。
死ぬのが嫌だ、なんて言う人が出来るなんて思わなかった。
だから、蒼刻一は眉をひそめて、言葉に困ったような顔をして、あー、とか、うー、とか呻いている。
何を言って良いのか、何を言うべきなのか、どんな反応をするのか、困っているのだろう。
柘榴は、苦笑を浮かべて、蒼刻一をそっと抱きしめて、耳元で「許すよ」と呟いた。
「ホーリーゴースト……何の、策だ」
「さぁね、お前次第だぁね」
「……――僕は、今でもテメェら聖霊にしたことは、後悔してないぞ」
「うん、不器用なお前の守り方なんだよな、それが? おいらだけ、理解してやるよ、胸くそわりぃ。本当、損な役目だよ、おいらはさ」
蒼刻一は目を見開く。
柘榴の姿に、遠きあの日の女を思い出す――初恋の人を。
己を頼ってきた、勇ましき女勇者を。
彼女は青白いけれども、美しい珠のような肌をローブで隠し、己を見つけると、いつも手を掴んでくれた。
(蒼様は、いつも倒れそうなほど真っ白だから――消えそうで怖いですね)
あの子は気高く、いつも強気だった。
だが優しさは忘れず、彼女の説く言葉は歌のように詩的だったから、そこからか説歌いという役目がつけられた。
あの娘が、自らが死ぬ覚悟で「愛してる」と目の前で、叫んで、愛する者を守るために死刑台に上った娘が、再び目の前に居るような感覚。
死ぬ前に彼女に会いに行くと、彼女は牢屋で頼んできた。
(お願いよ。蒼様、あたしの一族を、否、皆を見守っていて? 貴方が使った妖術できっと皆は貴方を恨んでいるでしょうけれど、本当は恨むような立場じゃないのよ、死ぬ寸前になって分かったの。ガンジラニーニの全部の望み、夢、願い……貴方はそれに答えただけの被害者だって、漸く分かったの。ごめんなさい――最後まで自分勝手でごめんなさい。貴方は、皆を思って世界に怒ってくれたのよね。でも、蒼様、いつかきっとガンジラニーニ達も貴方が被害者だって分かる時が来る。――貴方が許される時が来るの)
娘はそういって己の冷たい手を両手で握った。
(ごめんなさい――貴方を一人にしてごめんなさい。貴方がいつか天に召される日を待っているわ……貴方はきっと許される。時間はたっぷりあるのよ、いつの日にか、きっと許されるわ……。肌色をくれた優しい人だから。だから分かり合う努力をして。お願いよ、蒼様。あたしが切っ掛けなのに、貴方が嫌われ続けるなんていやよ――蒼様、お願い、誤解を解いて)
(違う、肌色をあげたのは美しいテメェらに――好かれたかったんだ。誰かに、好かれたかった。誰も、居ない。もう僕には誰もいない――置いていくな)
そう言っても彼女は、次の日には死んでしまった。天に向かって、自分の子供と愛する者の名を叫んで。
(許される日なんて来るわけがない。別に誤解でもない――だから、憎まれるのに慣れよう。そうすれば余計な期待はしなくてすむ。許される日なんて、来るわけがないんだよ――)
そう、思っていたのに。
そう、覚悟していたのに、あの娘の血を濃く引く男が、あの娘の眼差しの、面影がある男が、そんなことを言うなんて、卑怯に近い。
説歌い、ただの説歌いなんかじゃない。
これでは、聖者だ――。
本物の聖者の出現に、蒼刻一は遠い昔の記憶から帰ってきて驚く。
「?」
「僕ァ、字環に遅かれ早かれ殺されるだろう。その時、僕を忘れないで欲しいんだ。寂しいだろ? 何年も、何千年も生き続けた阿呆が、たった数年で忘れられるんだ。こっちは何千年とその世界に生きてきたのに、たったの一世紀で忘れられるんだ! 字環を見てみろ! あいつはかつて世界中に名を残せるだろう聖者だったんだ! でもテメェは知らないだろ!? ほら、人はすぐに――忘れる。だから、だから、テメェらには僕のことは覚えていて欲しかったんだ……!」
「おいらだけなら兎も角、人嫌いのお前が何故かげ君まで……」
「僕の妖仔たちが寂しがるだろうからだ――僕の、妖仔には、生きる意味を見つけて欲しい……主人の都合でいつでも消せる存在なのに、消せなくなっちまったんだ……馬鹿だよなァ」
蒼刻一はくっと喉奥で笑っているのに、その顔は笑みの形には見えない――だから、柘榴はつられて笑うことが出来なかった。
馬鹿だ、世界最強のくせに何と変なことで怯えるのだろう――そう笑ってやれば良かったのに、柘榴はそれをしなかった。
蒼刻一に歩み寄り、そっと白いその頭を撫でた。
――幾つもの人と出会い、幾つもの人に撫でられただろう、その頭。
だけど、いつからか、恐れられて誰も触れることが出来なかった、その頭を。
「――おいらは、妖術は嫌いだ」
「……知ってる」
「――おいらは、お前を許さない」
「今更言うなよ」
「――……おいらは、でも、お前がおいらの手以外で殺されるのは嫌だ」
「……――ホーリーゴースト」
「でもね、お前が死ぬ所なんて想像出来ないんだ――死ぬのも嫌だ、世界中がお前を忘れて、お前がガンジラニーニに何故呪いをかけたかを忘れるのも嫌だ。お前が、世界の何に怒ったのかも――……。なぁ、おいらは、だからお前を許すしか、選択肢がないんだ。許して、お前が嫌がる姿を見るしか」
それを言った瞬間、蒼刻一は穴が出来そうなほど柘榴を見つめて、目を見開く。
柘榴は笑ってなんか居なく、真顔で嫌そうな顔でそう言っている。
偽善的な笑みを浮かべてないからこそその話の真実みが増す。
心底嫌そうな顔で、だりぃと呟き、蒼刻一を双眸で見つめる。
――まさか、この男から、あの聖霊の子孫から、許すなんて言葉が生まれるとは思わなかった。
死ぬのが嫌だ、なんて言う人が出来るなんて思わなかった。
だから、蒼刻一は眉をひそめて、言葉に困ったような顔をして、あー、とか、うー、とか呻いている。
何を言って良いのか、何を言うべきなのか、どんな反応をするのか、困っているのだろう。
柘榴は、苦笑を浮かべて、蒼刻一をそっと抱きしめて、耳元で「許すよ」と呟いた。
「ホーリーゴースト……何の、策だ」
「さぁね、お前次第だぁね」
「……――僕は、今でもテメェら聖霊にしたことは、後悔してないぞ」
「うん、不器用なお前の守り方なんだよな、それが? おいらだけ、理解してやるよ、胸くそわりぃ。本当、損な役目だよ、おいらはさ」
蒼刻一は目を見開く。
柘榴の姿に、遠きあの日の女を思い出す――初恋の人を。
己を頼ってきた、勇ましき女勇者を。
彼女は青白いけれども、美しい珠のような肌をローブで隠し、己を見つけると、いつも手を掴んでくれた。
(蒼様は、いつも倒れそうなほど真っ白だから――消えそうで怖いですね)
あの子は気高く、いつも強気だった。
だが優しさは忘れず、彼女の説く言葉は歌のように詩的だったから、そこからか説歌いという役目がつけられた。
あの娘が、自らが死ぬ覚悟で「愛してる」と目の前で、叫んで、愛する者を守るために死刑台に上った娘が、再び目の前に居るような感覚。
死ぬ前に彼女に会いに行くと、彼女は牢屋で頼んできた。
(お願いよ。蒼様、あたしの一族を、否、皆を見守っていて? 貴方が使った妖術できっと皆は貴方を恨んでいるでしょうけれど、本当は恨むような立場じゃないのよ、死ぬ寸前になって分かったの。ガンジラニーニの全部の望み、夢、願い……貴方はそれに答えただけの被害者だって、漸く分かったの。ごめんなさい――最後まで自分勝手でごめんなさい。貴方は、皆を思って世界に怒ってくれたのよね。でも、蒼様、いつかきっとガンジラニーニ達も貴方が被害者だって分かる時が来る。――貴方が許される時が来るの)
娘はそういって己の冷たい手を両手で握った。
(ごめんなさい――貴方を一人にしてごめんなさい。貴方がいつか天に召される日を待っているわ……貴方はきっと許される。時間はたっぷりあるのよ、いつの日にか、きっと許されるわ……。肌色をくれた優しい人だから。だから分かり合う努力をして。お願いよ、蒼様。あたしが切っ掛けなのに、貴方が嫌われ続けるなんていやよ――蒼様、お願い、誤解を解いて)
(違う、肌色をあげたのは美しいテメェらに――好かれたかったんだ。誰かに、好かれたかった。誰も、居ない。もう僕には誰もいない――置いていくな)
そう言っても彼女は、次の日には死んでしまった。天に向かって、自分の子供と愛する者の名を叫んで。
(許される日なんて来るわけがない。別に誤解でもない――だから、憎まれるのに慣れよう。そうすれば余計な期待はしなくてすむ。許される日なんて、来るわけがないんだよ――)
そう、思っていたのに。
そう、覚悟していたのに、あの娘の血を濃く引く男が、あの娘の眼差しの、面影がある男が、そんなことを言うなんて、卑怯に近い。
説歌い、ただの説歌いなんかじゃない。
これでは、聖者だ――。
本物の聖者の出現に、蒼刻一は遠い昔の記憶から帰ってきて驚く。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる