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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第十七話 大事な者を取り返しに
しおりを挟む柘榴は眠気を飛ばす、ガンジラニーニの妖術と一般の妖術を組み合わせたものを、本能的に唱えると、一気に眠気が覚める。
亜弓は柘榴のベッドに倒れるように眠ってしまっていて、柘榴だけが起きていることに気付くと、白雪が寂しそうな声を出す。
ゆらりと向き直り、己のサングラスをかちゃりと掛け直す。
「――君とオレはやっぱり、敵対する運命なんだな」
「巧い妖術唱えるね。祈りに見せかけた数式だなんて。最初は弱い術だから、髪の毛も紫にならないしね。……どうして、裏切った?」
「それは、陽炎君も聞きたいんじゃないかな? そうだな――呉が来るまで、話そうか? ねぇ、陽炎君、聖霊――」
柘榴は獅子のような血走った眼で白雪を睨み続ける、だが白雪はしゅんとした声で、表情は決して変えずに、陽炎の回復をするために、最後の数式を唱えた。
陽炎が完全に体を回復されて、目をゆっくりと覚ました。体が完全に回復出来てないときでも、返事は出来なくても、会話は聞いていたようだ。
目を覚ますことは出来たが、体は動かないようにされていた。
「兄さん。――また、裏切ったの?」
陽炎の声は、か細かった。信じていた者に裏切られる――過去の鴉座たちに裏切られたような気分をまた味わうなんて思わなかった。
だが白雪ならば、何か事情があるのだろうとぼんやり考えられる程、余裕はあるということはさほど怒っていないんだな、と己のブラコンぶりに陽炎は苦笑した。
すると白雪は、人差し指を口元にあてて、暫く考え込む。
「……ごめん。蓮見を、人質に取られて居るんだ。本当に、すまない――オレ、初めて心から悪いと思っている。でも、でも、蓮見を母国に送られそうなんだ……」
「じゃあ仕方ねぇや」
「かげ君?」
陽炎は苦笑を浮かべて、白雪に笑いかける。
その笑みは仏のようで、今度こそ白雪は神に祈るような言葉を陽炎に吐きかけ、膝を地面についてしまう、崩れるように。
白雪の表情は罪悪感で歪んでいて、声も少しだけ揺らいだ。いつだって白雪に罪悪感を与えるのは陽炎で、表だって許すのも陽炎だ――。
ふがいない兄に、出来た弟。その関係は、そんなに長い間で結ばれたワケではないのに、いつの間にか自然とこうなっている。
陽炎は余程のことが無い限り、余程の策が無い限り、白雪は犠牲を出そうとしないのを知っているので、白雪に苦笑する。
「すまない、すまない――すまない!」
「いいって。蓮見のためだもんな。牡羊座だって、心配してたんだろ?」
「うん……かなり狼狽えていて、泣いていた。あの子が泣いていたんだ……」
「――泣いていたのなら、仕方ないさ」
「仕方なくなんかない!」
柘榴は大声で怒鳴った。それに陽炎が驚いている。驚いていたって構うものか。どうして、この親友はこんなにも甘いのだろう。そうやっていつも甘いから、陽炎自身が被害を被るんじゃないか、と柘榴は内心怒り滾っていた。
前回の裏切りも酷いが、今回も酷い。己達の命も危ない状況を許した彼を、どうしたら許せる? それ程甘くないし、馬鹿じゃない。柘榴は苛立ち、白雪を殴りたい衝動にかられる。
ぎらぎらと瞳を燃え上がらせ、陽炎と白雪を睨むと、陽炎が己を窘めるように名を呼ぶ。
柘榴が陽炎を見やり、否定をしようとしたとき、窓が開き、そこから呉が来る。
呉は目を細くし、幽霊座に陽炎を、悪魔座に柘榴を、亜弓は己が背負って帰ろうとした。
だが柘榴が抵抗を見せる。
柘榴が抵抗を見せると、陽炎が柘榴! と怒鳴ったので、それによって柘榴は一瞬止まるが、やはり抵抗し、己だけは助かる。
陽炎を救おうと、柘榴は彼に手を伸ばすが、届かない。
「白雪、柘榴が連れて行けないぞ」
「……――聖霊、頼むよ。蓮見が……」
「知った事じゃない! おいら、あんたにはいい人やんないんだ! っだからさ、おいらからそっちに行ってやるよ。そっちで決着つけようじゃねーの。呉。あゆちゃんをおいらが助けに行く、かげ君もだ」
「――大事なものを賭けるワケか。なら、白雪も来るんだな。デビル、見せろ」
悪魔座の手の内に、ぽうっと明かりが点ったかと思えば、いつの間にかそこには眠る蓮見が居て。
白雪は膝をつき、手を伸ばし、言葉にならない言葉をぱくぱくと口にする。
「……お前!」
「ゴースト、デビル、行くぞ」
一同が去ると、残されるのは、白雪と柘榴と水瓶座だけ。
「……白雪。おいらは許さない。だから別行動しよう」
「……馬鹿だな、オレは。守られる約束なんて、悪人にはないのにねぇ」
水瓶座の優しい寝息が聞こえる。
水瓶座をそこに残したまま、柘榴は立ち去り、白雪はゆっくりと立ち上がる。
そして何か暫く考え事をした後に、部屋に入ってきた気配に気づき、其方を力なく見やる。サングラスの下の視線は今日は、やけに弱々しい。
弱々しかった――のだが。
「……字環。……――怒らせる真似はしないでね、と言ったよね?」
「……――そっちが脅さなければいい話だろ? 簡単じゃあないか?」
「……――字環。君は、どうして現れたの? もしかして、オレが君に何も出来ないと思っている……?」
弱々しかった白雪の目が、獣の色を宿し、地獄からの使者のような恐ろしい笑みを浮かべる。
そして、何かを唱える。
その数式は妖仔を消しかけることが出来る妖術――だから、字環は意外な攻撃に、叫び、逃げまどう。
逃げまどう姿を見ても、楽しむ余裕のない白雪は、いっそこのまま彼を殺してしまおうかと思ってしまう。それとも永遠にこの数式を与え続けて、消えないのに痛みだけは確実にいつも伴うようにしてしまおうか、とも考えてしまう。
それでも、それをしなかったのは、それこそ蓮見は母国に送るだけでは済まされなさそうだったから――。
少しだけ、ほんの少しだけ鬱憤を晴らして満足し、字環を解放すると、字環は己を強く睨み付けて、指を差す。
「何をやっても、蓮見という子供は向こうの国に預けられる」
「――脅し?」
「違う、忠告だ! 僕だって酷い目には遭いたくない! さっきので、分かった、貴方に逆らうのは無理だ!」
「……――そう。ねぇ、今ね、機嫌がよくないのよ、オレ。だからさ……帰れ、糞ガキが!」
白雪の声色が揺れる。
穏やかなものが、柄の悪いギャングのような恐ろしい音程になり、口調も変わる。
白雪がキレてるのが分かった字環は、それ以上言葉を残すことなく、帰る。
それと同時に鴉座と蟹座がやってきて、白雪に大丈夫か問いかける。
陽炎を一番に思う者たちに対しては、白雪は罪悪感で一杯なので、白雪は頭を垂れる。
「白雪、貴方はこれに手を貸していたのですね」
「……――うん、ごめんね」
「白雪――お前は大人しく蓮見を助けに行け。オレはこの気障男を補佐せねばならん」
「……どういう、こと?」
白雪は目を見開き、心から分からない顔をする。世の中にはまだ己が分からない事があるのかと、当たり前のことを不思議そうに思いながら。
蟹座がにたり、と鴉座に笑いかけ、鴉座の肩に肘を乗せる。鴉座は苦笑を浮かべて、薄ら寒くなる笑みを作り直す。
二人とも完全に何か悪巧みするときの、組み方だ。笑い方だ。
この二人が企む姿を見るのは、白雪は初めてなため、少し意表を突かれた行動だった。
「白雪、私は、ね。唯一、この中で存在する闇の十二宮です。闇の十二宮は私の見目、性格に誰かを重ねて、恩を感じている。だからね、それを利用して、彼らの敵地に入るんです」
「どうやって?」
「――ふふ」
鴉座が笑った瞬間、蟹座が消えて、鴉座が滅多に見せぬ下卑た笑みを見せる。
鴉座のなかに、蟹座がいるのだろう。
鴉座だけが救いに行くというのならば不安だが、蟹座の武力が鴉座にあるのなら、任せられる。
白雪はほっとした笑みを浮かべて、いってらっしゃい、と手を振る。
「オレの居ない間は、頼んだぞ――柘榴に悟られるな。どんな形で会ったとしても、オレを信じろ。ついでに、この馬鹿鴉もな」
「うん――何とか、誤魔化すね。オレも行くから、さ。先に行って、頑張ってて?」
鴉座――と、蟹座がばさばさと扉から飛び立ち、空に消える。
白雪はそれを眺めて、己も頑張ることを誓う。
「パパさ、頑張るから、背中を見てね。蓮見」
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