【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー

第十四話 もしも僕が勇気をだしたら

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 そいつは、木の陰で眠っていた。
 すやすやとあどけない寝顔で、此処にいることがまるで全ての罪から救われるとでも言われたような、安らぎ方で。
 一晩中、此処にいたようで、誰かを捜していたのかも知れない。
 鴉座はそれを放ったまま洗濯物を干したが、干し終えるとどうにも気になって仕方がなかった。
 
 寝顔だけは、あどけない少年のよう――だが、どう見ても図体がでかいので少しいかつく見える。目を開けば多分人相が悪い。目を閉じていれば、可愛らしい顔なのに、趣味の悪い柄シャツが彼の印象を分からなくさせている。
 綺麗な蒼に近い水色の髪の毛は、そよそよと風に弄ばれている。

「全く、誰なんですか――」

 鴉座はいい加減見つめるのも飽きて、彼に歩み寄りすやすやと寝ている彼の頭を叩き、起こす。
 起きた彼はぐすっと泣いたが、すぐに鴉座に気づくとぱぁっと明るい笑みを見せる。
 
「カラス様ぁ!」
「どちら様ですか」
「え、あ、あと、幽霊座、ですぅ」
「お前が?」
 
 鴉座はきょとんとして、相手の白目を見つめる。焦点を中々合わせられないようで、いつも白目を剥いているようだった。
 幽霊座――彼は前回己を、闇の十二宮として覚醒するヒントをくれた、プラネタリウムの同胞だ。
 彼は口元だけで笑い、えへ、と子供のような声を出す。
 それから、両手を合わせたり、離したり、指先を弄ったりしながら少し物事を頭で整理しながら話そうとする、必死に。
 
「カラ、ス様ぁ、漸く、お会い、できま、したぁああ……ぼくぅ、ずっと待ってました……」
「勝手に待たれても困る」

 一刀両断。鴉座は陽炎と女性――蠍座除く――以外には冷たい。それは此処に居る者ならば分かり切っていたことだが、知らない幽霊座は傷つき、ショックを受け、おどおどとする。

「す、すみま、せん……。でも、でも、……カラス様とどうしても、お話、した、くて……」
「――ねぇ、どうしてお前はそんなに私に構うの? 私はお前など知らないよ」

 鴉座は冷たくも残酷に、己の心情を伝える。
 少し眉をひそめて、その顔はいかにも迷惑だと言いたげで。
 それでもその表情が見えないからか、それとも意外と図太い神経なのか、幽霊座は頬をかいて、それから苦笑を浮かべる。
 
「尊者が例えアトューダ様であっても、知らないと、思う、の、おお……」
「……――アトューダ、とは、私の姿の?」

 以前、鷲座と陽炎が入った絵本に、己のような姿を持つ神官が出てきて、その名がアトューダだった筈だ。
 彼と重ねているのだろうか、一瞬嫌な気分を催したが、それを悟った幽霊座がすぐさまに頭をさげる。
 
「大丈夫です、すいま、せん……ちゃんと、アトューダ様、じゃあ、ないって、分かって、いますぅうう……尊者は、カラス様。アトューダ様じゃない」
「――アトューダではないのですが、彼が何をお前にしたか気になりますね」
「……――ぼくぅ達は、蒼様の街の水子……――闇の十二宮は皆、アトューダ様が蒼様に頼ん、で、妖仔にしてもらった魂……、勿論、尊者、以外ね……」
「水子――」
 
 ――生まれることの出来ない赤子達。堕胎されたり、不幸な事故でこの世に生を授かることが出来なかった者。
 体無き無垢なる魂。
 ――鴉座は、言葉を無くす。
 そう言われると確かに幽霊座の性格は、大きな図体のくせに子供のようで、成る程と納得がいく。
 少し動揺した己を落ち着かせ、己が動揺する理由なんか無いじゃないかと己に言い聞かせ、鴉座は言葉を紡ぐ。
 
「でも、彼が生きていた時代と、黒玉が作られた時期は違いますよ?」
「いつか、妖仔、に、してほしい、って、魂を、蒼様に託されたぁああ……」

 幽霊座はにこにこしている。言っては悪いが、彼がにこにこしても可愛らしくなく、先ほどの寝顔のほうが可愛らしかった。
 幽霊座は何か気配を感じ取ったように、身を竦めて、悲しげな顔をする。
 
「――時間が、ないぃい。アクマ、が、来ちゃううう」
「アクマ――悪魔座?」
「時間が、ないぃから、尊者は聞く、だけして? あの、ね――亜弓様の、呪い、って、もし、ぼくぅが呪いを上掛けしたら、呪いが混ざって一気に、食べられ、ないの?」
「――お前の呪いが何かは分からないですが、多分スパイスを最良の物を選んでも……かけたお前が、いつまでも眠る反動がくると思います」
「……いつまで、も?」

 幽霊座は不安げな顔つきで、鴉座の言葉をオウム返しする。
 それに鴉座はこくりと頷き、己の予測出来うる反応を答える。いつからか、呪いに対しての反応が分かるようになってしまったのだ、それも十二宮に目覚めてからだ。

「いつ起きるか分からない、呪いの呪詛返しですね――それも食べることが出来たとしても、お前は一生涯眠るかもしれません」
「……ぼくぅが眠るか、亜弓様が、死ぬ、か……ですかぁああ?」
「……――そうなりますね」

 鴉座は取り込んだ洗濯物の籠を持ち直して、幽霊座を見つめ直そうとしたが、いつの間にかそこには居なかった。
 
“カラス様ぁ、……ぼくぅ、怖い。ぼくぅ、力になれるかなって、思った、んだ、けど、……そんな怖い反動があるなら、出来、ない……”
「柘榴様が解決なさるのをお待ちなさい」
“……うん。聖霊、様、なら、解決、できるぅうよねえぇ? ……アクマ、きちゃうから、サヨナラ”
 
 弱気な気配は消える、その言葉を最後に。
 鴉座は快晴の空を見上げて、雀の声を耳にする。
 幽霊座と話している間も鳴いていたのに、まるで時が動き出したかのように、新しくその鳴き声は耳に入った。鳥の鳴き声、それらが全て懐かしく愛おしく思える。
 鴉座は空を見上げて、消えた無垢な魂に向かって、にや、と薄ら笑いを浮かべた。
 
「――残酷なこと、一つ、増えました。お前の親近感、利用させて貰いますよ、幽霊座」
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