191 / 358
第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第五話 不老不死という嫌がらせ
しおりを挟む――暗い母体。
暗い羊水。羊水は己を衝撃から守ってくれるために存在する。暖かな温もり――その温もりには心から安心できる。
だからなのかは分からないが、眠るとき、蝋燭をつけて部屋を暗くし、そのまま眠ると決まって羊水に漂ってる浮遊感がするのだ。
いつまでも羊水に包まれて眠っていたい、そんな感覚が彼を襲う。
――だがいつまでも羊水に浸っているわけにはいかない。
蝋燭の火を消して、部屋の電気をつけて、ぱっと部屋を明るくする。
羊水の感覚から抜け出して一気に、生まれたような夢からの目覚めで白雪は部屋に居る気配に、感覚を研ぎ澄ます。
部屋の隅にいる、黒い影は不機嫌そうな顔をして、白雪を睨んでいた。
「――陽炎さんは鴉座くんと結ばれているの?」
「……言わなくても分かってるだろう、察しの良い君には。それとも手にある水晶玉で占えないのかな?」
「……占いは嫌いだ。そう、でも鴉座くんのことは忘れさせよう。忘れさせる能力があるから、僕には」
「……字環? オレを怒らせるような真似はご遠慮願いたいな――君には、感じるはずだ。オレへの絶え間なき恐怖を」
白雪がそっとサングラスを持ち上げる動作一つでさえ、字環は警戒をしなければならない。
白雪は己の行動を制限出来る唯一の存在だから――そう、彼の言うとおり、恐怖を感じるのだ。
陽炎に過去、心の痛み虫を与えた本人だということもあって、酷く怖く感じて仕方がない。
――白雪はそんなことを見透かしているようで、くすりと笑ってから、本を一つ手にとって、サングラスをしまい込む。
「大人しくしてくれよ――それで、それを言いに来たの?」
「違う……蒼のやりたいことが分かったから、報告に来たんだ」
「そう。彼の狙いが分かったとして、君を信じて良い可能性は? 君は人を謀りそうなイメージがあるからね」
「……信じなくても良い。僕に信じて貰って得るメリットはない――」
「メリット? あるよ。オレに怯えなくて良いと言うことだ――」
白雪はそう言うと、持っていた本を字環に投げつけて、字環が本に気を取られてる隙に一気に間合いをつめて、字環の首を片手でゆるりと締め付ける。
そっと触れるだけの力なのに、それは物凄い圧迫を感じる――恐怖も。底知れぬ恐怖も感じる。
つつっと喉を撫でるように、締め付けてくる手を上下させられた……何処か艶めかしい動作なのに、恐ろしい光景に感じる。
多分、普通の存在で彼に恐怖を感じない人間として生まれていても、恐怖を感じていただろう。
「どうだい? 怯えたくないだろう?」
「……信じて、くだ、さい。白雪様」
「――情報を聞いてから、だね。判断は。このままの体勢で教えてくれるよね? いつでも君を消滅出来るように……。出来ないと思うだろう。君は。だけど、オレは君たちを消滅に近く出来る式をもう見つけたんだよ――」
「……ッ話を聞け! いいか、陽炎さんと柘榴様が狙われてる! 狙いは二人を、不老不死にすることだっ! 蒼は二人を不老不死にしてから、僕に殺されるのが狙いなんだ!」
「……殺されたがる人間が、居るのかな? 不老不死のあいつが?」
「不死は嫌だと彼は常に言っていた!」
「じゃあ、彼が死にたがりだとしよう、ね? それで――」
白雪は上から見下し、薄ら笑いを浮かべる。
きっと妻にも見せたことのない酷薄な異相で、字環は背中が汗ばむのを感じた。
嫌な汗だ、嫌な汗が滝汗のように流れている。
それを見透かしたように、この男は笑って恐怖心を煽っている。
「それで、どうして彼らが不老不死にされようっていうの? 何の意味が?」
「前に言っただろう! あいつのやることには意味があることから、ないことまであるんだ!」
「――確実に信じられる材料を集めてから、出直しておいで。それまで陽炎君に会うのも許さないよ……勝手に会ったときは……」
白雪は、笑う。
優しい顔で、父性を感じさせるような笑みで――だからこそ、恐ろしい。
「君に消える恐怖を、味わわせてあげる――」
白雪が手を放せば、すぐにも消える気配。
それと同時に部屋に入ってきたのは、射手座。射手座は鬼面を片手で少しあげて、仮面の中からでは見にくい白雪の表情を見やり、少し驚く。
白雪がサングラスを外す事なんて滅多にないからだ。
「――? どうされた、白雪」
「いいや。何でもないよ、人馬の妖仔。陽炎君に会いたいんだけれど、彼は今忙しいかな――?」
「御屋形様の同胞が訪ねてきて、話してるで御座る」
「……そうか。じゃ、彼の言ってることも、少しは信用出来るのかな?」
「? 白雪?」
「……何でもないよ。ねぇ、気づいてる――かい? 人馬の妖仔」
「――……そなた様の国のことか?」
「うん……最近、この家に母国の兵士が、変装して来ている……感じがする。蒼刻一が何かやったのかもしれない。調べてくれないかな」
「それが、尼の幸せになるのなら、何でも致そう――さらば」
白雪が言うなり、すぐに扉を閉じて何処かへ駆けていく射手座。
その姿を見て、白雪はため息をついて、己も部屋から出て行こうとする。
「……――不老不死、か。大層な嫌がらせだこと」
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる