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第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~
第十七話 子供のやりとり
しおりを挟むがぁん、きぃん、何かが砕ける音、何かが斬られる音。
その全てが何処に居ても耳に響く。幽霊座は呉がどうなるかを見ていられなかった。
あれだけ怖かったが、己には悪いことをしたとき以外は何もしなかった、妖仔を奴隷のようには扱わなかった人間が、一番か二番目に慕う蒼刻一の出した妖仔達と対峙し、倒されるのを見るのが怖かった。
無茶だ。
彼らしくない、何て無謀なことをするんだろう。
妖仔達を相手して、もう何十日も経つ。不眠で戦い続け、とうにもう三月は経った。
幽霊座は蒼刻一が与えてくれた己の部屋で、落ち着くために、玩具の車で遊んでいた。
からからと木で出来た絡繰りの玩具が、音を立てて、幽霊座を慰める。
それでも幽霊座は、少しも気分は晴れなかった。
漸く大好きな蒼刻一のもとに帰ることが出来たというのに、こんなにも暗くなるなんて。
「見ないのかね、ゴースト」
「あ、くま……」
「そんなんじゃ仮ご主人が、怒るんだね」
悪魔座は己の扉を開けて入っているのに、入ってる状態でとんとんとノックをした。
それに怒ることもなく、幽霊座は車の玩具を置いて、振り向く。
その顔は憂いげで、悪魔座はため息をついて、幽霊座をずるずると引っ張り、部屋から出そうとする。
幽霊座はそれに気付くと、嫌だと小さな声で呻くが、悪魔座は無言で引きずっていく。
やがて城内で、よく呉の戦いが見られる場所にまで移動すると、幽霊座の頭を手で固定して、「よく見るんだね」と言う。
「あれが、人を愛するということなんだね」
「……怖い、よ」
「人を真剣に愛すれば、怖い人になるんだね」
「……カラス様も怖い人、なのかな……陽炎を愛し、てる」
「うん。いいかい、ゴースト。カラス兄さんとアトューダ様を重ねてはいけないね。別人なのだから。――今、この状況を打破することが出来るのが、二つある」
その言葉に、幽霊座は反応し、振り返ろうとするが、首を固定されてるので振り返るのはかなわなかった。
悪魔座は厳しい声のまま幽霊座に二者択一を与える。選べない二者択一を。
「一つはカラス兄さんが十二宮に目覚めて能力を覚醒し、聖霊の呪いを食べること。もう一つはぼくちゃんが聖霊の所に行ってきて、この騒動をやめろと仮ご主人に説教させることだね」
「ぼ、ぼくぅ、カラス様に会いたい!」
「――でも、それはぼくぅが許さないね。いいかい、ゴースト、カラス兄さんに関わるべきではないんだよ、ぼく達は。絶対に関わっちゃいけないね。ぼくちゃんは絶対に重ねちゃうから、アトューダ様と。ぼくちゃんなんて、兄貴が誰だか聞いてしまうだろう? それも聞くべきじゃないんだね……」
悪魔座に言われると、幽霊座はしょげて、休憩時間を与えられた呉に反応する。
呉は今にも倒れそうな程ぼろぼろで、それなのに強く立っている――その姿を見て、どうにかしたいと気持ちが動き出すのは、自然なことだった。
「……アトューダ様も、誰か分からないけど死んだ双子の、お兄ちゃんも褒めて、くれ、るよね……。ぼくぅ、亜弓様のところに行ってくる……」
「ん、それでよし。ぼかぁあれは見てられないからね、あんな狂騒早く終わって欲しいね。じゃあ、ぼかぁご主人の気をそむけさせるから」
「仮ご主人様を見殺しにしちゃやだよ、アクマ。……えへ、へ。アクマも、お兄ちゃん、みたいだ、ね」
幽霊座の言葉に、悪魔座は一瞬止まったが、苦笑を浮かべて、切ない声で、「待って」と声を掛けた。
「ゴースト、きみにとってぼかぁお兄ちゃんでしかないかね?」
「え?」
「ぼかぁきみに許されない思いを抱いてるんだ――気付いていたんだろう、きみは。薄々。その全てを冗談にするなんて酷い人だね」
「……――ぼくぅ、……アクマが、お兄ちゃ、んだったら、いいなって思う。でも……それ以外には見えない」
「これでもかね」
悪魔座は幽霊座の後頭部を掴み、しっかりと逃げ道を防いでからキスを唇で押しつぶすようにした。幽霊座は突然のことに思わず黒目が戻り、悪魔座をまじまじと見てしまう。あまりの出来事に抵抗する発想も起きなかったようだ。
肉厚の物が口の中にぬめりと入りそうになった時に、漸く抵抗を思いだし、幽霊座は、悪魔座の背中を叩く。叩くと言っても、さするような程度の力だから痛くはないが、代わりに悪魔座の心が痛かった。
悪魔座はゆっくりと口を離す――嫌われる前に、でも好きよりも一歩踏み込んだ好きになりたい気持ちが葛藤する。
(だけどぼかぁ許されないんだね、きみにだけはこの思いは許されないんだね。きみがせめて、ただの人間だったら、ただの妖仔だったらと思ってしまうね)
幽霊座は火の玉になり、ふらふらとしているので、悪魔座は苦笑を浮かべて、「行っておいで」と手をひらひらさせた。
「で、でも……」
「ぼかぁ気にしなくていいね。――……お兄ちゃんでいいね」
幽霊座は居たたまれなくなったようで、消えてしまった。
悪魔座はげらげらと笑いながら、額を抑える――。
「……純粋な子供ほど、真実を見つけやすいってのは、本当だね。ねぇ、アトューダ様……ぼかぁ何であんな臆病者を好きになってしまったんだろうね」
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