183 / 358
第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~
第十五話 金貨五百枚でお前を売れ
しおりを挟む呉は海幸に案内をされて、亜弓が果実を頬張るテントに向かった。
中に入れば、赤を基調とした模様がテント内に広がっていて独特の雰囲気を持っていた。
赤がそういえばこの郷は多い。理由を尋ねると、昔、青に対抗するには赤色しかないだろうと発言した者が居たらしく、それ以来赤を基調とすることにしたようだ。
亜弓はテント内で、果実を大量に食べていて、二人に気づくと手をひらひらとふる。
「やぁやぁ、二人とも」
「あゆー何食べてるの?」
「クウエルの実ー。美味しいんだよ、喰う?」
「いや、いらないけど……」
「呉、有難うね。頼らないつもりだったけれど、やっぱり頼ってしまった」
亜弓は気持ちよく話を切り出して、すぱっと謝った。
その気持ちよさに呉は苦笑を浮かべて、構わないと答える。
「もう外敵は居ないだろ、俺は帰ろうかと思う。他の月獅の同族は、蒼がお前らに手を出してきたらそれ相応のことをするだろう。あれは見せしめの一つなんだからな」
「え……もう?」
亜弓は一気に寂しげな顔をして、懐いた犬がキューンと鳴くような顔を見せた。
呉は二人を見やり、無表情に「世話になったな」と言葉をかけて、それから族長に礼を告げてから去ろうとした。
だが亜弓が寂しげな顔を俯かせると、呉はため息をつき、亜弓の頭を撫でてやり、子供扱いをした。
「いつかまた会える」
「――……本当?」
「ああ。だからな、ちゃんとこいつに返事をしてやるんだ、お前は。関係を引きずるとろくな事はないぞ」
「う……うん。海幸も早く返事、欲しいの?」
「いや、俺は焦ってごめんなさーいよりかは、じーっくり考えておっけー大好き海幸ー! のがいいかなぁ」
「そっか。でも、なるべく考えを纏めるよ」
亜弓は苦笑してから、立ち上がり、上着を羽織る。
その動作に二人は首を傾げるが、亜弓はきょとんとした顔で送るよ、と口にする。
「僕が連れてきた人間だ、僕が無事に送り届ける。それに最近体なまってるんだ、歩かないと」
「あゆ……でも、危険だろ? 俺が……」
「駄目。海幸は族長に報告もあるだろう? 待っていたら日が暮れちゃうよ」
「――……鮎坊」
気を遣わなくてもいい、と言えばいいのに、呉はそれを口にしない。
何故だかその発想が出来なかったのだ。ああ、見送るのか、怪我しないように見張ってなければ、とかそういうことばかりしか頭に巡らない。
海幸は少し寂しげな顔で、いってらっしゃいと見送り、二人は郷を出て行く。
「呉ー。何だか寂しいね、僕が君を連れてきた当人だから余計にさぁ」
「……まぁこれで暫くはその暑苦しい前髪を見ずに済む」
「つんでれか!? つんでれなのか、呉?」
「だとしたら、デレはどこだ、デレは」
森林浴しながらそんな会話をし、亜弓はあははっと大声で笑い、呉の背中をばしばしと叩く。
「デレはゴーストがやってくれるよ、ねぇゴースト、居るんだろう?」
“は、はいぃい……い、ます。でれ……?”
「ゴーストはデレデレだからなぁ」
“仮ご主人様、でれでれって何……? ぼくぅ、わか、んない”
「分からなくていいさ」
呉は珍しくくすくすと笑いを声に表し、ゴーストの声に答えた。
亜弓は呉の笑い声を聞くと満足そうな表情で、にーっと笑い、立ち止まる。
「ねぇ、呉。呉は僕に出会えて良かったかい?」
「……まぁ、損が三割かな」
「あ、ひっでぇ! まぁ別に良いけれどさ、僕は良かったと思うよ。孔雀を抑えてくれるからじゃない。何か呉って、安心するんだ」
「何故だ?」
「んー、昔、ね。幼い頃、柘榴兄に連れられて月獅民族の近くの郷をうろついてたときがあったんだけどね、そこで知り合った男の子に似てるんだ」
嬉しい予感と、怖い予感がする。
まさか、そんなあり得ない。だってあの子供は崖から落ちて死んだはずだ――。
崖から落ちそうになった自分を庇い、落ちていった筈なのに――。
「――その男の名は?」
「覚えてない。でも崖から落ちそうになったのを助けたのは覚えてる。それを柘榴兄が遠くで見ていたらしくてさ、着地寸前で浮遊させて止めてくれたんだよね、落下を」
「……――あ」
亜弓、と名を紡ぎたかった。
だけど、紡げばまたあの時のようにこの子供は消えてしまうのではないだろうかという不安で呼べなかった。
何より、心を許せば亜弓は死んでしまう――。
呉は悔しかった。
夢に気を取られ、亜弓に昔会った子供の面影を思い出せなかった自分に。
夢に気を取られたいたばかりに、亜弓に心奪われたことを告げられない己に。
(何だよ、お前。離れないっつった癖に、離れて――でも、呼んでくれたな、俺を。返事して、くれたな、名前。名前、聞いてくれたな。……お前は、何っつータイミングで……嗚呼、もう)
亜弓は、へらへらと笑っていて、懐かしいなーと思い出している。
そんな懐かしげな顔をしている彼に、どう告げよう、この嬉しさを。
まず何から話せばいい。話しても良いものなのだろうか?
(本当に――最悪なタイミング)
「今頃はあの子供、僕より背が小さいんだろうぜ? ふっふっふ、何せ年下だからなぁ」
「いや、でかいと思う……」
「なにおう!? 僕が小さいってか?! 身長はこれでも気にするんだよッ!」
「……なんとなく、だ。お前は十分に小さいが」
呉はまさか己が妖術により見かけが老けているので背丈が今高いから、と言えないので心の中で笑っておく。
今までと違って随分と穏やかな顔つきだったので、亜弓はそれに一瞬目を見開き、少し赤面するが、きっと睨み付け、過ぎった感情を誤魔化す。
「呉、君はね、何処か一言余計な気がするよっ。君は黙っていれば美形――にはならなけど、凶悪犯……いやいや、それは流石に…」
「亜弓、俺は人攫いだ」
呉は一つ決意をした――。
「うん? 知ってるよ、それが何?」
「金貨五百枚でお前を売れ。俺が買い取る――攫いに行くから、海幸に食われるんじゃねぇぞ」
「え? ――わぁ」
亜弓の唇に口づけを。
一瞬時が止まり、亜弓も呉も身動きしなかったが、数秒後、呉が放す。
亜弓は何故だか抵抗する気が起きなくて、そのまま受け入れてしまった後、顔を赤面させて、キスではなく、売れと言った方に怒る。
「僕は売るとかそういう言葉は嫌いだッ」
「――じゃあ寄越せ、お前の全てを。だから、待っていろ。全て、解決する日まで……待ってろ」
「――呉?」
「お前を、いつか郷から攫う。覚悟していろ」
「――ッ呉!」
呉は決意したのだ。
蒼刻一と敵対してでも、亜弓を手に入れると。
その為ならば何だってしよう――蒼刻一が孔雀の呪いを解いてくれるなら、何だって。
そして解けたならば、迎えに行こう。
「愛してる」、そんな言葉を携えて。
呉はゴーストに連れられて浮き、何処かへ行ってしまった。
唐突過ぎた言動に、亜弓は唖然として――それから、キスが嫌じゃなかった理由を考えてみる。
(――僕、あれだけ人目を厭がっていたのに……一瞬、気にならなかった……。あれ? あれ? 僕、僕ってばそうなの? 呉のこと……)
「マジで……?」
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─
藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。
そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!?
あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが…
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊
喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者
ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』
ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
Rシーンは※をつけときます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる